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この状況で戦うことは不可能だった。まず、アルフレッドの得物は柄に血が付着した刃渡りの短いナイフのみ。ここでカムラの剣は使えないだろう。本体は大陸にあるのだから。故にフレイヴは丸腰状態。だからこそ、戦えない。もちろん、引きずられるようにして、走っていたからこそ自分たちに置かれた状況を十分に理解していた。このまま立ち向かえば、必ず死んでしまう、と。一体だけならばまだしも、追いかけてきているナズーは数体である。数は――数えている暇なんてない。走って逃げる方が優先的だから。
「どうしたら……!」
逃げようとすれば、するほど数が増えてきているように見えた。逃げる気満々のアルフレッドはちらり、と後ろを見れば、きちんとナズーが追いかけてきていることの確認ができた。そんな確信は得たくないから。それだからこそ、ナズーを見る度に情けない声で叫ぶ。
「お、おおい! お前ら! あいつらを退ける武器とか、作戦とかないのかっ!?」
「あればこうして逃げていないっ!」
カムラの発言はもっともなことだった。
三人は宛てもなく、ただひたすら走り続けた。時には相手を出し抜こうと軽く二手に分かれて見たりもしたが、どうしようもない。このまま、自分たちの体力切れが原因でナズーになってしまうのか。その考えが恐ろしいと思うフレイヴは後ろを見た。先ほどよりも個体数は減っているが、別の個体たちはアルフレッドのところにいるのだろう。
「本当に、あいつらなんだよ!」
走りながら激昂するアルフレッドと合流した。彼もまた追手から撒けなかったらしい。本格的に詰んだか。そう思ったときだった。自分たちの走る先に建物のような入口が見えた。どれぐらいの大きさの物なのかはわからない。植物に囲まれて、どういう形状の建築物なのかもわからなかった。それでも、逃げ込んでみる価値はあるかもしれないのだ。選択肢が増えようが、減ろうが――行動を起こしてみなければわからない。
しかしながら、アルフレッドは二人が向かおうとしているところに気付くと「冗談だろ!?」と汗だくの顔でそう言ってくる。
「入ってすぐに行き止まりだったら、俺たちはお終いなんだぞ!?」
「でも、何かしらの対策はあるかもしれませんよ!」
これは時間の問題。持久力が無限にあるならば別の話だが、フレイヴたちは至って普通の人間。体力が尽きるのは当然だ。それを渋々認めざるを得なかった。
「ああっ! なるように、なりやがれっ!」
三人は勢いよく、入口へと飛び込んだ。そこに足場はなく、フレイヴの視界には揺れる壁が見えたかと思うと――体にまとわりつく何か。冷たい。何事なのかと思った。何が起きて、どうなったかなんて考える余地ができない。息ができないから考える、という行為ができないのである。自分が今、どうなっているかの把握も上手くできない。
息ができない状態でようやく、自分が水の中にいるとわかった。だが、どこに空気を吸える場所があるかなんて見分けがつかなかった。ぼやける視界。水泡が邪魔してくる。このまま、ここで息絶えて死ぬのか。そう思ったフレイヴの力は弱まろうとしていた。まだナズーになって死ぬよりかはマシ。なんて諦めていると――。
何かがフレイヴの右手を掴んだ。その何かは体を引っ張っていく。何が起きているかはわからないし、確認のしようがなかった。遠退く意識の中、カムラの声が聞こえてくる。
「フレイヴは死なせないっ!」




