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この場にいても仕方がないとして、三人は砂利浜から離れることにした。島の散策をしながらカムラは自身の現状をフレイヴに言うのである。
「一応、あたしは実体がない、意識だけここにある状態だから」
「それじゃあ、本の姿は?」
「今はただの本になっているだけじゃないかな? よくわかんないけど」
それに今のところは問題ない、とカムラは自信を持っていた。得意げに「逃げ出すから」と話す。
「バックヴォーンはあたしに足がないと思い込んでいる。それが狙い目。大丈夫、逃げる方法もフレイヴを迎えにくる方法も一緒になって考えてあげる」
「できるのか? ここは警備が厳しいんだぞ」
アルフレッドは内心どうでもよさげであったが、声音だけは怪訝そうにカムラの方を見てきた。どうやら、彼女のことを疑っているようである。この問いに「ばか言わないで」と鼻で笑う。
「できないわけじゃないし。それに、フレイヴに何かされたら困るから黙っていたけれども……あたしたちが天使物語を調べ上げたら、おっさんとはここでお別れ。おっさんはこの島でのうのうと死に逝けばいいじゃん」
「ひえっ、おっかないことを言うもんだな。こうして、手伝ってあげるというのに、ここで野垂れ死ねと言うのかよ。流石は国から追われているだけのことはあるな」
カムラの話を真に受け止めているのか定かではないが、アルフレッドは面白おかしかったらしい。フレイヴの背中をバシバシと叩く。これに彼女は当然だ、というような顔をしているが、彼はそう思いたくなかった。
「カムラ、手伝ってもらう人にそう言ったら失礼だよ」
フレイヴからそう言われて、カムラは口を尖らせる。不機嫌な顔になったようだ。何が不満なのか。それは、彼がアルフレッドを擁護しているからだろう。
「もう、いい。早く行くよ」
カムラを先頭に手入れのなっていない茂みへと入ろうとするのだった。
道なき道を歩き続けて小一時間が経った。天使物語につながるものがなければ、何かしらの手掛かりというものは何もないのである。そこにあるのは緑に包まれた、それまた緑色の植物だ。見ているだけで、うんざりするほど。
しばしの小休憩で木の根元に座るフレイヴは細いため息をついた。その向かい側に座るようにして、胡坐を掻くアルフレッドは「しっかし」と辺りを見渡す。
「何もないとは」
「人一人すらもいませんね。もちろん軍警備員も。この島って、人はいないんでしょうか」
「そこまで俺は詳しくないんだがな。だけれども、ここに逃げてきたのは正解だったかもしれん。本当に人がいなければの話だけれども」
あまり笑えないジョークをアルフレッドが大口開けて笑った。フレイヴも周りを見渡して、耳を研ぎ澄ませる。遠くから動物の鳴き声だけは聞こえるようだ。ここには人の足音はない。だが、彼らにとって一番怖いのは――。
「さてっと、そろそろ行くか? それとも、一旦拠点でも築いて寝床を作るか?」
日はまだ高い。それでも、ずっと歩き続ければ、あっという間に日は暮れてしまうだろう。なるべくならば、早いところ天使物語に関する物を見つけて、大陸の方へと戻りたい。しかし、すべての行動に至って、常に自分たちが安全でなければ、満足な行動はできないだろう。アルフレッドの考えは賢明でもあった。フレイヴは「そうですね」と頷くと、立ち上がった。今晩の寝床でも作りましょう。そう、口にしようとするのだったが――。
「…………」
視線の先には見慣れたあいつ『ら』。それは一つだけではない。それはこちらの発言を待ってくれない。考える時間すらもくれない。そう、そいつらは――。
「ナズー!?」
アルフレッドの情けない声に、カムラはフレイヴとナズーから遠ざけるようにして、服を引っ張るのだった。どうも、島自治区にもこいつらは存在するらしい。最悪だ。




