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独立の国で信仰している教えと言えば、とアルフレッドは一つのことを思い出す。
「確かプトレア教だろ。内容はよく知らないが」
「プトレア教……ねぇ。知らないや」
カムラは知らなくても当然だろうな、とフレイヴは苦笑いをする。だが、自分自身もそこまで知らないのもこれまた事実。そもそも、自分たちが信じてきたのは己の信条ぐらいだ。何かを祀って、それを崇めるようなことはしたことがない。
「ていうことは、ここがプトレア教の聖地の可能性だってあるってわけだ」
「可能性としてはな。おい、カムラと言ったか? お前さんは俺たちに行くべき場所を案内してくれるために現れたのか?」
そうでなければ、何のために現れたのか。気になるアルフレッドがカムラに質問をした。その設問に彼女は「半分はそう」と頷いた。
「約束だったからね。フレイヴに、島に着いたら詳しい説明をするって」
「あ? どういうことだ?」
話を知らないアルフレッドのために、フレイヴとカムラはこれまでの経緯について話すことにした。もう彼女のことも知られているし、隠しても無駄だと思ったからである。そんな二人の話を聞いて、引きつり笑いをするしかなかった。
「て、ことは……あれか? 海に現れたナズーって……」
「多分はあたしに反応して現れたんだと思う。だったら、今頃バックヴォーンの目の前に現れてもおかしくはないね」
「えっ? えっ? ええ? ちょっと待て待て。待てって」
「一応質問は承りますよ」
「いや、色々質問させろ。なんだよ、ナズーを魔王が生み出したって!? なんだよ、クラッシャーって! 誰なんだ、オルチェってやつは!」
いっぺんに説明されても、余計に混乱させるだけだったらしい。そして、同時にアルフレッドは目の前にいる少年少女が、この世界の仕組みに関するとんでもないキーパーソンであることを認識してしまい――。
「えっ……これ、俺って大丈夫なのか?」
頭を抱える始末。変わった連中だと思った。その年の割には密航するのは珍しいと思っていた。あまり深く考えるような背景を背負った者たちだとは思わなかったのだ。ただ、自分のようにして犯罪を起こして、追われている身だと思っていたのに。
「アルフレッドさん?」
混乱するアルフレッドにフレイヴは心配そうに声をかける。その呼びかけに「問題はない」と答えるが、実際に問題は大ありだ。頭の整理が追いつかないのだから。頭の情報処理が上手く回らない中、フレイヴを見た。この人物が世界にとって、救世主となるのか。それとも、彼は新王国の軍に追われていたと言っていた。ならば、世界にとっての悪となる可能性だってある。そんな二人に自分は――。
いや、元より、後戻りができないということはわかっていた。この島に来ようとする時点で。それだからこそ、このゴールが見えない付き合いをするべきだろう。軍に追われている者同士、協力しないことには必要不可欠なのだから。
「あの、ぼくたちの存在は厄介かもしれませんが、天使物語のことを――」
フレイヴはどうも調査をしてもらえないのかもしれない、と思ったらしい。だが、アルフレッドは断らなかった。いいや、断る理由が見つからないのだ。善か悪かわからないような連中が目の前で世界を動かしている。こんな、ただ単に重罪と言われるような犯罪をしただけの小悪党なんかよりもよっぽど大きな存在だ。この世界の行く末を見てみたい、と彼は決意する。
「ンなの、こっちが頼むほどだぜ」
「へっ?」
「俺にも見せてくれよ。お前たちが動かそうとしている世界とやらを」
こちらの方に逃げて、退屈な島生活で余生を過ごそうと思っていたところだ。生憎、退屈は嫌いなんだ。だから、見てみたい。そんな顔付きをしているアルフレッドを見て、カムラは満足そうに笑みを浮かべるのだった。




