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あそこで大人しくカムラを渡してよかったなんてフレイヴは思わなかった。ケレント・バックヴォーンは世界の裏社会で生きる者たちが耳にしたことのある犯罪組織のトップなのだから。そういう人物なのだ。彼女が欲しいと言っていたのは利用する気なのかもしれない。もしかして、カムラのことを知っていた? 彼は服の上から千切ったページを握りしめた。それに気付いたアルフレッドは「どうした?」と愁眉を見せる。
「お前さん、ケレントに何か言われたか?」
「……いえ……」
言われたのではない。奪われたのだ。大切な友を。心の支えとなってくれた友を。何が『大丈夫だよ。』だ。全く大丈夫ではない。カムラはきっと、ケレントに利用されるだけされて――あとは捨てられるかもしれない。本人の意思に関係なく、動かされるかもしれない。そう考えるだけで、フレイヴは天使物語を調べる気が失せてきた。一刻も早く、彼女を助けに行かなくては。だが、ここで理性が止めに入る。独りで多数の相手と戦うのか、と。無理な話だ。今は武器すら持たないのだ。戦えるわけがなかった。そう思うと――悔しくて、顔をしかめることしかできない。
何か余程のことがあったんだな、とフレイヴの顔を見てアルフレッドは何も言えなかった。それほどまでに目の前にいる少年の気迫力は大きいのだから。まだ子どもなのに、ここまでの気色を見せてくるとは。
気まずい空気がその場に漂っていると――アルフレッドはあることに気付いた。フレイヴの右手で押さえている箇所が光り出したからだ。何事だ、と声を出したいが――見つかっては元も子もない。己の口を塞ぐ。ややあって、口を塞ぎながら「おい」とフレイヴに声をかけた。
「服、服が光っているぞ」
言われて、ようやく我に戻った。ポケットから千切れたページを取り出してみると――カムラは声を出すのだった。
「あたしは何も問題ないよ。あの野郎の好き勝手はやらせないから」
「か、紙がしゃべった?」
「どういうこと? だって、きみはバックヴォーンさんに……。あの人は裏社会を操るような人なんだよ?」
「だから何? それにあたしは手を貸す気になれないし、今はこうだけれども必ずフレイヴのもとに帰ってくるからさ。安心して、クラッシャー野郎の言う天使物語を調べてきて。なんだったら、そこのおじさんにも手伝ってもらったらいい。ね、おじさんは島に逃げた後は何もすることないんでしょ?」
突然、話を振られたアルフレッドは戸惑いながらも頷いた。
「ああ、そうだけれども……」
「じゃ、決まり。フレイヴのお手伝いよろしく」
カムラはそれだけ言うと、また光を失った。そこにあるのはただの紙切れだけ。だが、彼女の言葉に背中を押されたフレイヴは千切ったページをポケットに仕舞い込んだ。そして、アルフレッドに顔を向けてこう言うのだ。
「アルフレッドさん、ぼくたち……こうして会ったのも何かの縁だと思うんです。よかったら、島内で天使物語に関する調査を手伝ってくれませんか?」
逃走する犯罪者に声をかけるのはどうかと思った。それでも、こうしてこの船の中でアルフレッドと出会ったのは偶然ではない気がした。それだから、彼に声をかけるのだった。すると、この誘いの返事をアルフレッドは笑いで返した。それはノーと言っているのだろうか、と思われたが――違った。
「面白いな。本当にお前さんたちただ者じゃないな?」
アルフレッドはフレイヴの依頼を承るのだった。そのときの彼の表情はどこか楽しそうに見えていた。




