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島自治区への渡航を誘導してくれる仲間が港にいると聞いて、やって来てみれば――見た目は完璧に裏社会に関係がなさそうな女性だった。彼女は「兄さんから聞いているわ」と、どうも、ケレントの妹らしい。フレイヴは「あの」と声をかけるも、言葉が見つからない。
「ええっと、バックヴォーンさんの妹さんですか?」
ようやく口にしたかと思えば、それである。このようなことを訊いている場合ではないのに。だが、ケレントの妹はそれを知らないからこそ「そうね」と優しい笑みを見せてくれた。
「私と兄さんは確かに兄妹よ」
確かによくよく見れば、その笑みはケレントに似ているではないか。フレイヴが納得していると「行きましょう」そう、丁寧に道案内をし始める。
「なるべく、私の隣でいてね。軍警備員にあやしまれたら、元も子もないから」
「はい」
兄妹なのに、ここまで性格は違ってくるのか。ケレントは意地の悪い性格なのに。いや、ここで妹の方も同様の性格だったら最悪だ。ただでさえ、カムラを奪われたのに。
フレイヴは警戒しながら着いていく。これからどのようにして島自治区へと向かう船に乗り込むのだろうか。そう思っていると、ケレントの妹は「ここよ」と辿り着いたらしい。時間はほとんど経っていないと言っても過言ではないほど。彼女が案内した場所は資材置き場だった。たくさんの物がそこら中にあふれかえっているではないか。そこへと案内した彼女は「あれがいいかな?」と一つの大きなコンテナに近付いた。
「うん、これの方が見つかりにくいかな?」
これにフレイヴは予想がついた。いや、予想がつくが――一応は訊かなければ。確信がないのだから。
「あの、ぼくってどうやって、島に渡るんですか?」
「どうって……決まっているでしょ? 資材に隠れて密航するの」
答えは、なんとなくわかっていた。だが、いざその事実を突きつけられると――何も言えない。
「きみはお金を持たない外国人なんだから。これ以外に方法なんてない。偽物の身分証明証を作っても……まず、子どもが渡航できないし」
もっともな話、島自治区には子どもが渡れるわけない。渡れるのは選ばれた独立の国の大人のみ。それも更に選ばれた大人だけだ。フレイヴはケレントの妹の言い分に無理やり理解するしかなかった。
早速、軍警備員に見つからないようにしてコンテナの中へと入る。たった独りで。ケレントの妹とはここでお別れらしい。
「いい? ここから先はきみの自己判断になるから。コンテナに出るタイミングもね」
ケレントたちはあくまでも渡航方法を教授するだけ。そこから先は本人の意思と行動任せなのだ。それだけ言うと、コンテナの蓋を閉めた。途端に中が真っ暗になる。荷物と共に人間がここにいるのだ。なんとも不思議な感覚と共に孤独感があった。まさに千切ったページに記したように『寂しい』し、『つらい』。暗闇の中で独り。フレイヴの心がきゅっと絞められた気がしたときだった。
「フレイヴ」
コンテナの中から聞き覚えのある声が聞こえてきた。そう、カムラだ。まさかとは思ったフレイヴはポケットの中に入れていた千切ったページを取り出す。その紙切れは全体的に淡い光を発していた。そこからもう一度彼女の声が聞こえてくる。
「大丈夫?」
「カムラなの?」
「そう、あたし。上手くいったっぽいな。こうして、話せるのも」
「でも、カムラはバックヴォーンさんに……」
「平気。今、あたしの意識はこっちに飛ばしているから」
とりあえず、島自治区に着いてから詳しいことを話す、とカムラはそう言うと、紙切れは光を失ってしまった。光が消えてしまったとき、寂しさがフレイヴの心の奥底から込み上げてくるのだが、先ほどよりかは幾分かマシだった。なぜって、もう会えなくなってしまったと思っていた友人が自分の近くにいるのだから。
こうしてフレイヴは島自治区へと向かうのだった。




