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ナズーを生み出した存在、魔王。オルチェからもらった資料には一切そのことが載っていない。それなのに、どうして知っているのだろうか。フレイヴが混乱していると、今度は「それを知っているのは俺たちだけだ」という言葉にもっと混乱する。知っているのが『俺たちだけ』となると、それ以外の人たちは知らないとなる。これは機密事項なのだろうか。だとするならば、これは有力な情報源ではないだろうか。そんな風にして二人があやしんでいると、彼は灰皿を適当にテーブルの上に置いて、酒瓶の注ぎ口から直接中身を飲んだ。
「『囮役』は事の一切をすべて知らなければいけないらしいからな」
――たとえ、この世界がどのような歴史を繰り返そうが。事実が捻じ曲げられようが。
「俺のご主人様は昔、世界をリセットしようとしていた。ただ単に世界を書き変えるだけじゃ矛盾してしまうからな」
「世界の書き変え?」
「を、ナズーの大将もしている。この世界が気に食わないからな。自分が望む世界に変えようとな」
魔王は己の欲を満たすためだけに、この世界の人々を犠牲にしても構わないという。自分さえよければ、他人なんてどうだっていい。なんという利己主義的だろうか。ここまでのエゴイストは見たことがない。フレイヴがあごに手を当てて、何かを考えていると、オルチェが「どうする?」と訊いてくる。
「聞けば、ナズーのことをもっと知りたがっているようだな」
「もちろん。ぼくの大切な人たちはナズーにされたんです」
「その元凶は魔王だ。お前は魔王を倒すか、それとも倒さないか」
そんなのはわかりきっていた。決めていた。
「倒すに決まっています」
そう言うフレイヴはもう一度カムラの剣の刃をオルチェに向けた。これに彼は臆する様子もなく、またお酒を一口飲む。余程の余裕があるのだろう。不敵に笑みを浮かべるオルチェは「何の真似だ?」と言う。
「なんともまあ、物騒なこと。類は友を呼ぶと言えるな」
「あなたの話を聞く限り、誰も知らない魔王の存在を知っているならば、その魔王とやらの手下に決まっています。これはぼくの意思だ。ぼくが知ってしまったからにはあなたを倒す」
それにカムラも同調するようにして、きらりと光る刃。そんな二人に「危なっかしいな」というオルチェに苦笑い。
「そこまでだ。俺はどっちつかずのお前と戦う気はないんだがな?」
「じゃあ、どうして魔王とやらの存在を知っている?」
「囮役だからだ。言ったろ? 囮役は事の一切をすべて知らなければならない、と。それだからこそ、知っているさ。そこの剣になったお前と魔王の存在も同等だとな」
どういう意味だ、と声を荒げるフレイヴ。それに対して、カムラは「同じ?」と何かを思い出そうとしている。
「同じだって?」
「ああ」
「でも、あんたは『こっち側』じゃない。あたしの敵だよね? それなら話は簡単。目の前の敵は排除すべし」
カムラは躍起になっている。これにより、フレイヴも納得したのか、二人してオルチェに斬りかかろうとした。部屋の中で暴れ回ってはたまったものじゃない、として「止めろ」と大声を張り上げる。
「俺はこれでも戦友軍なんだぞ!? お前たちはナズーや魔王を倒すんじゃねぇのか!?」
「それでも、カムラの敵なんでしょう?」
「確かにそうだが、ここで俺を殺したとしても意味はない。それに俺がお前たちを殺しても何もない。お前が追っていたはずの俺のご主人様も殺された。いなくなった」
「…………」
「それなのに、お前の存在がこの世界にいるというのは、お前は誰かさんに託されたんじゃないのか? 今のクラッシャーを、どんな手を使ってでも倒せってな」
オルチェの言葉にカムラは固まった。フレイヴの手に握っている武器が震えている。
「なんで、あんたが知っている」
「言ったはずだ。だから、お前たちがするべきことは俺を殺すことじゃないってわかっているよな?」
自分たちのするべきこと。それに二人は構えを解いて、じっとオルチェの方を見た。彼の次の言葉を待っているのだ。ややあって、口を開く。
「魔王は二つの国の狭間にいる」と。




