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世界は心を孤独にするほど俺たちを嫌う  作者: 池田 ヒロ
◆第五章 ナズーとその黒幕◆
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55ページ

 自分は普通の人間ではない。そう断言するカムラを周りは注目していた。隣の席にいたフレイヴも向かいの席で頬杖をついていたグスカも――開いた口が塞がらない。静寂の店内。しかし、その空気を壊したのは一人の客だった。その発言が面白おかしかったのか「そうかい」と笑う。どうやら、ただのジョークを言ったと思っているらしい。それにつられるようにして、周りの客たちも笑い出す。もちろん、グスカもだ。この本気に思っていない彼らにフレイヴは一安心した。何も口に食べ物を入れていないのに、喉に詰まったような感覚に陥っていたからだ。一方で周りに笑われたカムラは「冗談でもないのに」と口を尖らせている。だが、そちらの方がいい。嘘をつくより、向こうが嘘だと思い込んでいるのだから。それだからこそ、彼は小声で「いいじゃないか」と言う。


「ややこしくならなくて」


「えぇ、でも。だってぇ」


 こればかりは譲れないらしい。どうも、信じてもらえなければ別にいいが、ここまで笑われるのがあまり気に食わないそうだ。それでも、店内にいる客らをカムラが人ではなく、武器であると信じ込ませるにはいささか難しい問題だろう。フレイヴは戦うことを好ましいと思っていないのだから。必要以外でカムラの剣を手に取りたくないのだから。そうして、しばらくすると、彼女の発言を忘れたかのようにして客たちは自分たちの会話に戻っていく。ざわざわと元通りのざわめきに戻ったところでグスカは「面白いことを言うなぁ」と笑いに落ち着きを取り戻していった。


「それで、二人はこの町に、別に俺に用があってきたわけでもないだろ?」


 たかが、手紙一通のために。その言葉にフレイヴは頷いた。カムラも不機嫌そうな表情ながらも同意する。


「ぼくたち、ナズーについて知りたいことがあって来たんです」


「ああ、なるほどな。こちらが提示できる情報資料が欲しいってところか?」


「はい。なるべく、多くの情報を集めているんです。こっちならば、十分な資料があるだろうって話を聞いたから」


「わかった。じゃあ、それを食べ終わったらナズーについて何でも知っているやつを紹介しよう。これも手紙を持ってきてくれたお礼だ」


 ナズーについて何でも知っている人物。それを聞いて、フレイヴは期待をするのだが、カムラはそうではなかった。どこか怪訝そうに、皿を眺めていたのである。


「…………」

 グスカに案内され、戦友軍の本部施設――の中でも少し離れた場所へと足を進める。彼曰く、その人物はこの軍団においての一番の情報屋という。


「ちょっとくせのあるやつだけどな」


 そう言って、一行がやって来たところは今にも傾いて壊れそうな小屋だった。このような場所にナズーに関する情報が眠っているのか。そう考えるだけでも緊張は止まらないフレイヴをよそにグスカはその小屋のドアをノックする。


「おーい、いるか? お客さんだ」


 その呼びかけに、小屋の中から「へーい」となんとまあ、やる気のなさそうな声が聞こえてきた。中に誰かいるとわかったところで、ドアを開ける。その中には――。


 第一の印象がタバコくさい部屋であることだ。木の壁一面には情報書類だろうか。それらが張り出されている。部屋の真ん中にはデスクがあり、その上にも大量の書類が。それらの傍らには灰皿が置かれて、吸い殻を捨てていないのか山盛りだ。今にも崩れて、白い紙に灰がつきそうなほど。このデスクに足を乗せて、誰かが座っていた。書類を見ているのか、顔は見えない。だが、タバコを吸っているということがわかるようにして、煙は見えていた。


「おい、お客さんだ。ナズーに関する資料が欲しいんだとよ」


「資料?」


 ようやくといっていいほど、その人物はこちらに顔を見せた。資料書類から覗かせるその顔を見てフレイヴとカムラは大きく目を見開く。そんな彼らの表情を無視するかのようにして、くわえタバコの男は「ふぅーん」とまだ長いタバコを灰皿に押しつけた。


 見覚えがある、この男。忘れもしない。いや、忘れるものか。フレイヴは拳を握りしめた。それに気付いているのに男はへらへらと赤い髪の毛を掻き上げながらこう言うのだ。「初めまして」と。

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