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たかが一回突き刺しただけで、死ぬとは限らない。生きているとは限らない。ここまで来たのならば、目指すは完璧な死。
完璧な死とは何だろうかと思う。呼吸・心肺停止することだろうか。それは完璧な死だと言えるだろうか。死に顔が言うほど醜くなさそうだ。それならば、首切断? いいや、これも完璧とはほど遠い。何かが違う。首と胴体をどうにか、くっついていれば、生きているように見えるのだから。ならば、滅多刺し? ううん、これじゃない。これではない。違う。答えは、この世から姿を消すことだろう。そうだ、ぼくはナズーの完全な消失も考えている。この世界で消え去ってしまった町や村のように。
ぼくの望みはこの世からナズーがいなくなること。それを実現するためには、カムラが必要だ。彼女さえいれば、寂しくもないし、つらくもない。何ならば、あのバケモノどもを倒すことだって、安易だ。
「フレイヴ」
冷静な声によって、我に戻った。今、何をしていたのか。見ればわかる。あんなに美しかったカムラの剣は汚い血の色に染まり上がっているし、その血の持ち主であるナズーに至っては原形を留めていないほど、顔面がぐちゃぐちゃにされていた。そう、フレイヴはずっと肉体を切り刻めばこの世から完全に姿を消すと思い込んでいたのである。
「か、カムラ?」
当然、己のしたことに驚きを隠せないのかフレイヴは声を震わせた。なぜにこのようなことをしたのだろうか。なぜにここまでする必要があったのか。そこまでして、自分の心の闇は深いものなのか。ナズーという存在を許したくないのか。しかし、カムラはこの行動を起こした彼を咎めることなく、人間の姿へと戻った。剣の姿では血塗られていたが、人間の姿はちっとも汚れていなかった。これに少しだけ驚愕する。彼女は広間の奥にある扉を見つめながら「行ってみよう」と声をかけた。
「ここにはナズーがいるという情報だけだったけど、それ以外の情報があるかもしれない」
「うん」
その言葉に、フレイヴは広間の奥にあった扉に手をかけて中へと入った。そこは小さな部屋――倉庫のような場所のようで、ここには不安そうに膝を抱えていた中年男性がいた。
「え」
思わずカムラは声を上げた。なぜにこのような場所で人が膝を抱えているのか。カムラが不思議そうに片眉を上げる傍ら、その中年男性を気にかけたフレイヴが「大丈夫ですか?」と話しかける。これにより、男性は「ひゃっ!?」と小さな悲鳴を上げると、こちらを見た。
「えっ、あの、私は国指定の調査員でして。あのぅ、お恥ずかしい話なんですが……」
「ナズーに追い回されて、ここで過ごしていた、と」
男性――調査員の言葉を待たずして、カムラはそう言ってしまう。これに彼は否定することなく正直に頷いた。フレイヴはもうナズーはいなくなった、と伝えると、彼は嬉しそうな表情へと変えた。
「そうだったんですね! ありがとうございます! もし、よろしければ、私に何かお手伝いさせていただけませんか?」
調査員の言葉にカムラは大きく反応するが、その前にフレイヴが「それじゃあ」と口を開く。
「ナズーに関して、何かしら情報があれば教えてください」
このフレイヴの手伝い願いに、カムラは強く歯噛みをした。そうじゃないだろ。もっと、別のものをせびろよ、と言いたげ。どうせあの嫌味たっぷりなチビ情報屋から聞かされるのに。
ナズーに関する情報と聞いて、調査員はあごに手を当ててしばし考え込んだ。ややあって、彼は言うのだ。「私、こんな噂を聞いたことがあります」と。
「新王国軍が一般市民も知らないようなナズーの情報を持っているらしいです」




