33ページ
お金がない。その一言で、幼いながらもフレイヴは「ああ、自分の家は貧困なんだな」と状況を把握していた。だが、自身は子ども。ボキャブラリーは少ない。雰囲気だけしか理解ができない。何も言えなかった。父親は苦渋の決断をしたようで、あるときに自分を連れて情報の町にある酒場へとやって来たのだ。
初めて訪れたこの店の雰囲気は一言で表すならば、二度と来たくない場所である。なぜならば、大人にとって嬉しいはずのお酒を父親は苦い顔をして飲んでいたし、周りの大人たちもあまり嬉しそうな顔をしていなかったから。
「本当にいいのかね?」
カウンターの向こう側にいる、隻眼で背の低い男――店主が表情だけは心配そうに訊いてくる。フレイヴはその言葉が嘘だと見抜いていた。だとしても、子どもである自分が口を挟めるような立場ではないのはわかっている。
「ああ」
頷く父親。まるで最終手段にすがる思いだったらしい。
「これが――」
本当はこれを出したくない。そんな感情がフレイヴにも伝わっていた。父親が出したのは一枚の書類。子どもには何が記載されているのかわからない。今となって、あれは役所関係で管理されているはずの個人情報なのではないかと思った。いや、そうとしか思えない。人のいい父親だ。人の情報を売ろうなんて思わないだろう。もし、そうとするならば、自分を犠牲にする――そんな優しい人間だったからだ。
フレイヴはしっかりと店内の床に足を着けてカウンターの向こう側にいる店主に「教えて欲しいことがあります」と言う。
「世間が知らないナズーのことについて教えて欲しいんですが。もしくは最近、ぼくが住んでいた村にあやしい人がいなかったどうかも……」
その願いに素直に応えてくれることはなかった。
「金はあるか? 父親が金ないなら、息子もないようなものだろ」
この店主、数年前の一度だけだったのに、自分たちのことを覚えているのか。たかが、一人の男の子の存在を。
カウンターの向こう側にいる店主が適当にあしらおうとするのだが、これにカムラが「あのさ」とため息をつく。
「情報を金で買えないなら、情報を情報で買えないの?」
「だったら、お嬢さんは持っているのか? 大層な情報を」
店主は言う。ここはただの情報屋ではない、と。表でも裏でも取り扱えそうにない情報の売買をしている店だ、と。鼻で笑ってくる彼に「あるよ」と不敵に笑った。
「この世であたしだけしか知らない情報、あるよ」
それはフレイヴにも言っていないことだと言う。




