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本が少女になって、その少女が本当は男だった衝撃的事実。そうであることを知ってもなお、理解不能状態に陥りそうな設定。これらが同時に訪れてきたことに驚きを隠せない三人。このまま時間が過ぎていくのをただ見過ごすのもどうかと思ったのだろう。フレイヴが「あの」と元男だった少女に声をかけた。
「よくわからないんだけど、元々ここに住んでいたんじゃないってこと?」
「ああ、そうだ。俺はこんな陳腐なところに住みたいとは思わない。というよりも、ここが地理的にどこかによるがな」
「ここは『新王国』っていう国の中央寄りの村だけど」
「は? しん? 黒の王国ってどうなってんだ?」
「知らないよ」
話が吹っ飛び過ぎてついていくことに必死なフレイヴ。いや、この場合は必死に話を合わせようとしなくても問題はないだろう。少女の言いたいことは大体わからなくもないからだ。大体は。一方でゾイはまだ子どもだ。言葉は頭と耳に入ってきても、意味を理解できていないでいた。 そんな置いてけぼり満載の二人のことを放置したまま「まあいいや」と何がまあいいのか。
「ここで会ったのも何かの縁とやら。よかったら、俺……っていうのはおかしいな。あ、あたしに何かしら食べものくれない? お腹がすいてさぁ」
直後、二人の耳にお腹の音が聞こえてくる。自分が女だと自覚した少女はどこか恥ずかしそうに「いいかな?」と訊いてくる。
「見ず知らずの男、じゃないや。そんなやつに関わりたくないだろうけどさ。あっ、なんだったらお礼ぐらいはするぜ。お金じゃないけど」
頼む、とお願いする少女に唖然としたままのフレイヴ。彼のその顔を見上げつつ、ゾイは「ねえ」と再び設問を投げつけた。
「なんで、ほんになってたの?」
「は? 本?」
フレイヴは口を半開きの状態で頷いた。
「赤い本を見つけて、ぼくがそれに触ったら、きみが現れたんだ」
「赤い本?」
少女が首を捻った瞬間だった。彼女の姿は一瞬であの赤い本になってしまった。これに再び二人は声を出す。彼女は本当にあの本だったのだ。
「あれ? 目線が低くなったぞ。俺じゃない、あたしが本の姿になったのは本当だったのか! 本だけに」
「それおもしろくないよ」
そのギャグがつまらないらしい。ゾイが即答すると「なんだと、クソガキ!」――少女の姿へと戻り、小さな子どもに目くじらを立てる。そのままで、何もしないのは彼が可哀想だと思ったフレイヴは彼女を咎めると、この状況をようやく飲み込んだかのように「あの」と口を開く。
「なんとなく話はわかった。もし、よかったらウチに来なよ。事情を話せば、母さんも何か作ってくれると思うよ」
フレイヴの厚意に「いいの?」と頬を綻ばせた。
「悪いね」
「いいよ、別に」
家まで案内するよ、とフレイヴが言うと「ありがとう」そう初めて少女らしい優しそうな笑みを見せてくれた。この笑顔を見ただけでは彼女が元男だなんて想像ができないくらい。だとしても、口調で大体わかるかもしれないが。