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世界は心を孤独にするほど俺たちを嫌う  作者: 池田 ヒロ
◆第二章 寂しいとつらい◆
22/263

22ページ

 フレイヴが目を覚ましたときは、どれほどの時間が経っていたのかわからなかった。ただ、起き上がったときには悲しそうな顔をしたカムラが窓の外を眺めているようで、その表情が何を表しているのかすぐにわかった。


「カムラ」


 自分の声にカムラは振り返る。


「ここは軍事施設。ここまであの人たちに運んでもらった」


 気絶していたから、と説明するカムラ。だが、訊きたいのはそれではない。知っているはずだ、わかっているはずだ。


「町は?」


 間髪入れずに問い質す。それでもカムラは答えようとしなかった。じっとこちらの顔を見るだけ。その真っ黒で大きな目は何を言うつもりか。ややあって、カムラはゆっくり近付いてきて――。


「ここから逃げた方がいい」


 そうささやいた。その発言にはどのような意味が含まれているのか。なんていう思案を巡らせているとこの部屋の扉の向こう側で人の気配がした、気がした。


「あんまり言いたくないけど、ナズーにやられた」


 なぜに普通に話そうとせず、先ほどの発言を小声で言ったのか。その意図、扉を見て理解する。そうだ、見られていたんだ。人の姿以外のカムラを。見られていたところで、フレイヴにとって彼女が人以外の姿をするのは当たり前だと認識している。だが、他の者はそうとは思えないはずだ。悲しみの村の村長がある意味でよい例だろう。カムラは人ならざる者。それは彼女自身も多少の自覚はある。つまり、軍はカムラをよき存在だとは思わないはず。ここは国の軍事施設だ。『国』に関わることだから、自分から彼女を取り上げられる可能性だってある。


 フレイヴにとって、それは絶対に嫌だった。ただでさえ、ナズーから身内を取り上げられているのに。これ以上の孤独は避けたかったから。彼は大きく頷くと、カムラは無言で赤い本の姿になる。その姿を見て、どこか罪悪感があるように思えた。それでも、離れるということが一番嫌だった。もちろん彼女だって、別れるというのは嫌だった。カムラの場合、寂しいなどという次元ではなく、彼が気になるからだ。これから先、独りになるフレイヴを放ってはおけないし、何より単身でナズーに戦いを挑むかもしれないから。勝てない。それだけは確信が持てた。 カムラは独りでにページを開く。


『窓から逃げよう。』


 この文章にフレイヴは部屋にある窓に足をかける。一つ、大きな息を吐いた。


「…………」


 そして、そこから近くに植わっていた木に飛び移ると、一目散に逃げるのだった。


 やたらと部屋の中が静かになった、と軍人たちがノックをかけて中へと入るのだが――それはすでに二人は軍事施設のある町から脱出した後だった。

 これからどうするのか、と訊かれてようやくフレイヴは足を止めた。これだけ逃げれば、追いかけてくるのも一苦労だろう。だが、この選択は普通の生活から大きく外れている。いや、二人が出会ったときからなのかもしれない。もう戻れない日常。それは思い出の記憶としてしか残らない。そうだとしても、彼は構わなかった。強く決意を胸に固める。


「なぜ、ナズーはこの世にいるのか。なぜ、ナズーは人々を襲うのか。ぼくはそれを知りたい。ナズーの存在となる原因を突き止めたい」


 そのためには、調べなくては。その足はカムラと初めて出会った青色の建物がある悲しみの村に向けられた。二度と足を踏み入れると思わなかったあの村へ。

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