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今度はもう逃げる気はない。そこにいる真っ黒いバケモノであるナズーを倒さんとして、フレイヴはカムラの左手を握った。その突然に彼女は声を上げる暇もなく、自身の姿をあの悲しみの村で見せた柄が歯車になった剣に変えられたのである。これは彼が表ににじみ出すようにして感じている怒りをエネルギーとして、自分を剣の形へと変えてしまったのだろうか。そうと考えるならば、この少年は一体何者なのか。ただのどこにでもいそうな少年にしか見えないのに。そもそも、自分が武器になることにまだ慣れない様子のカムラは「戦うの?」と訊ねた。
「相手はバケモノだけど」
「知っている」
当然の返答をすると、だからなんだ? とでも言いたげに、剣を構えた。
「でも、あのときみたいに恐れてばっかりじゃあ、どうしようもない。もう、ぼくは何もできないのは嫌だから。だから、ぼくは戦う」
これ以上、負の連鎖を増やしてはならない。断ち切らないと。あの日の夜、大切な人を見捨ててしまったから。大切な人はもう帰ってこないから。自身が体験したことを町の人たちに味わってもらいたくないのだ。悲しむのは自分だけでいい。このようなことが、もう起こらないためには――。
ナズーが生まれる、人がナズーになってしまうのを止める方法は一つしかない。それはこの世に存在するナズーすべてを消し去ること。一体たりともこの世界に存在してはならない。そうしてしまえば、また新たにナズーが生まれてしまうから。不可能に限りなく近い方法ではあるが、そうしないと――現れてしまうから。なってしまうから。
人が生きるためにある世界に、ナズーがいるせいで、ぼくの大切な人は失われた。それをまた奪おうとしている。誰が許すもんか! フレイヴは今にも泣きそうなその表情を堪えつつ、剣を強く握った。そこから伝わってくる彼の心情を読み取れるようだった。カムラは何も言えそうになかった。それだからこそ、策略なしに突撃するフレイヴを止めることができずにいた。
「まっ」
待って、という言葉。短いながらも、カムラは言いきれない。それを口にする前からフレイヴはナズーに刃を突き立てようとしたからだ。
――って。
すべてを言い終わる前に、鈍い音と何かを弾く音が周りに響いた。逃げ惑う人々はその音に注目する。あれだけ怒号と悲鳴に包まれた阿鼻叫喚だったというのに。呼吸音すらも聞こえない。誰もが息を飲んでフレイヴとナズーの間に起きた音の余韻を感じ取っている。それだけにおいて、大きな音がしたのだ。
ナズーの皮膚を一言で表現するならば『黒い』だろう。だが、それだけではない。その真っ黒なバケモノはもう一つの特徴があった。それは悲しみの村で偶然だと思っていたことではない。これは偶然でもなければ、必然でもない。フレイヴが起こした行動の結果。本来こうなるはずの結果。そう、ナズーの皮膚はあまりにも硬かったのである。彼の奥歯は浮き上がりそうなほど、強く噛んでいたのだった。




