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「それじゃあ、気がついたときには村はナズーにやられてしまった、と?」
国の軍人の詰問にフレイヴはただ頷くしかできなかった。その手にはしっかりと赤い本が握られている。カムラだ。彼女にとってこうした彼との触れ合いはただ悲しいと思う。だとしても、それを口にすることはしなかった。自分がしゃべれば、そこにいる軍人はびっくりして、更に問い質してくるだろうから。今のフレイヴには独りという時間がいるだろう。だが、その考えは実現できそうにもない。なぜならば、彼が住んでいた村――悲しみの村で起こったナズーの事件は最悪なことに、その村を地図上で消さなければならないほどだったからだ。事実そうなのである。悲しみの村で生き残ったのは彼一人だけ。他の者たちはナズーに殺されたり、ナズーになってしまったり――。そのため、フレイヴは軍人が訊ねてくるたくさんの質問に受け答えなければならなかった。
あの真っ黒のバケモノは人をナズーに変える何らかの力がある。それを誰かが解明したことはない。世界中の人々は知りたがっている。だからこそ、村で唯一の人間として生き延びたフレイヴを重要参考人として話をしたいのだ。もしかしたらば、ナズーから元の人間に戻せる手がかりが見つかるかもしれないから。だとしても、今の彼にはどうでもいい話なはずだ。なぜか。大切な人はナズーのままなのだから。人間に戻らないのだから。その研究は本当に信憑性が高いものなのか甚だあやしい。ナズーになってしまった人間が元の人の姿に戻った事例はこれまでにおいて一切ない。もはや、そのままにしておくか、軍や非国家間組織の者たちが討伐するのを待つしかないのだ。いくら自分から話を聞いたとて、人間に戻れるなんて夢のまた夢の話。ここで夢物語を語ることなかれ。語るならば、現実を語れよ。やけだ、くそくらえ。
フレイヴは軍人の質問にはほとんど生返事だった。それほどまでに昨日起こった事件を寛容しがたいのだから。どうしてそうなってしまったのかはわからない。だが、その謎を解明するほど自分が解決の手口を得られるとは思わない。誰かに頼むにしてもどれほどの時間がかかるのだろうか。
「これから、きみはどうするの?」
大切な人はいなくなった。だが、フレイヴにはまだ身内がいる。自分の両親から聞いた言葉だ。もしも、自分たちに何かあったらおじいちゃんやおばあちゃんたちを頼りなさい、と。ここから近いのは父方の実家にある町。そこには祖母がいるはずだ。そこを訪ねよう。いや、そうするしかない。唐突のたった独りで生きていくということ。それを今の彼にはできないだろう。肉親を失った悲しみが多過ぎて、大切な人に会いたくて『死』を求めるかもしれないから。
実際にフレイヴは口が勝手に開いた。
「おばあちゃんの家に行きます」
その言葉にカムラも質問する軍人もそれが一番だと思っていた。
国の軍事施設を後にして、本の姿であるカムラは「ねえ」とフレイヴに呼びかけた。
「もしさ。つらいなら、そのことをあたしに書けば、多少は和らぐかもよ」
赤い本の半分のページは白紙だった。その余白に彼の心情を記してもいいと言うのだ。
「でも、そうしたら……」
「いいよ。それでフレイヴの気が落ち着くかもしれないし」
この提案はフレイヴを思ってのことだった。自分に課せられた使命。そちらを全うすることも大事ではあるが、今は一宿一飯の恩義がある彼を気にかけているのである。この使命に制限時間はない。だから、フレイヴが落ち着いた頃には――。
フレイヴは、最初は躊躇していたが、カムラの言葉に甘えるようにして適当に真っ白なページに一言記すのだった。
『寂しい』と。




