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鬱蒼とした森。日の光はほぼ入っているとは言いがたい薄暗さ。夜になれば、辺りは闇に包まれるだろう。今は昼過ぎ、早いところ拠点でも作った方が得策だろうか。否、島自治区での経験から行くと、拠点なんて必要はないだろう。その日、その日で休んでいた方がいい。拠点を奇襲されたら、どうしようもないのだから。アルフレッドは地上へと突き出た木の根に乗り上げながら、茫然と森の中を見ているフレイヴとカムラに「なあ」と声をかけた。
「お前さんたちは、俺が怖くないのか?」
軍人たちが行っていた言葉、殺人鬼。確かにそれは事実だ。アルフレッドは自身が住んでいた町で十数人を殺害した。二人はそれを聞いていた。だが、それは己の意思があってのことではないが、殺害の事実は事実。真実でもあり、嘘ではない。いくら世界の歴史を改変しただの、なんだのと言う相手を倒さんとする彼らは自分のことをどう思っているのだろうか、と思っていたのだ。
二人が人(?)を倒そうとするのは、『殺す』に値するのは間違いないだろう。しかし、それは正義だと貫き通せる。アルフレッド自身がしでかしたことは悪なのだから。少しばかり怖かった。せっかく、自分の居場所を提供してくれた彼らが距離を置こうと思っていたら? 自分を必要としてくれた彼らが突然ここで別れを告げたら? そう考えるだけで、最初から独りで生きていた方がいいのだ。下手すれば、二人を己の意思とは関係なく殺しかねないのだから。愁眉を開くアルフレッドにフレイヴは「よくわかりませんが」とどこか困惑気味に答えようとする。
「もし、アルフレッドさんがぼくたちを殺すならば……あのとき、船の中で殺していたんではないですか?」
「え?」
それはもっともなことだった。あのときは自分以外は敵と思わないと、やっていけない状況だったのだから。裏切られる、という可能性も頭の中に入れておかないといけなかったのだから。それでも、二人は互いを信頼するようにして、島自治区へと決死の渡航をしたのだ。フレイヴが怖くはない、と答えるのに対してカムラも「そうだね」と口を開いた。
「フレイヴの言う通り。フレイヴはどこかで殺されていただろうし、あたしはあたしでおっさんが生き延びるために利用されていたんじゃないの? それこそ、バックヴォーンの野郎みたいに」
アルフレッドが何者なのかは知らない。だが、自分たちの目的を手伝ってくれると約束してくれたのだ。それならば、こちらも信頼してあげようではないか。フレイヴたちの持論はこうだった。
「おっさんが自分の過去を話したくないなら、別にいいよ。ただ、魔王とかクラッシャーに関係のあることだったら根掘り葉掘り訊き出すけど」
「いや、知らない」
「でしょ? だから、あたしたちがおっさんを怖がっているなんて思わなくてもいいんじゃないの? ね、フレイヴ」
そうフレイヴに話を振った。彼は大きく頷く。
「確かに。ぼくはアルフレッドさんがどういう人なのかを、すべて知っているわけじゃないけど……ぼくたちの味方じゃないですか」
この言葉に、アルフレッドの心の奥が熱くなってくるのがわかった。
「アルフレッドさんの過去は魔王を倒してから考えましょう?」
「……ああ」
ありがとう、という頬を綻ばせたアルフレッドは何かに気付いたようにして「二人とも!」と叫んだ。直後、彼が所持していた短い刃渡りのナイフをフレイヴに向けて突き立てようとしてくる。
「危ないっ!?」
突然の出来事に、とっさの判断しかできなかった。フレイヴは避ける、ということ。カムラは唖然とするだけ。アルフレッドはすっと、殺し損ねた彼に刃を向けるのだった。




