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何が起きたのか理解するまでは時間はかからなかった。なぜならば、眼前にいる真っ黒なバケモノ――元村長であるナズーが襲いかかってきているから。この嫌なことが起きているからどうにかしたい。その思いがフレイヴの右手に剣となって現れた。奇妙な形をした剣。柄は歯車を彷彿させるような形。刃先は尖っている――とは言いがたい。鋭利には見えない。強いてならば、鈍器に近いだろう。それでも、この武器は斬れるというそんな確信があった。
剣は勝手に動こうとする。自分の意思とは裏腹に。剣が動こうとするものだから、自分の右手も体も引っ張られるようにしてナズーに攻撃を仕掛けた。ちぐはぐな動きのある剣撃。効いているのか、そうでないのかはわからない。それでも、何もないよりかはマシだった。
「えっ、あっ!?」
戸惑いを隠しきれないフレイヴにそれは意思を持っているらしい。剣は「戦え」とカムラの声を出して言ってくる。これには更に驚愕するしかない。というか、驚くこと以外できない。冷静になれという方が無茶な話。
「カムラなの!?」
「お、あたし以外に誰がいるっての? ほら、それよりも周りを見ろ! ここでは戦うか逃げるしか選択肢はないんだから」
こっちもびっくりしているんだ、と言っている割には淡々としているようだが。普通に声音は冷静。ちょっとだけ羨ましいと思ったのはここだけの話である。だが、カムラに言われてようやく現状に気付いた。この村にいる『人間』はただ一人だけ。理性のないバケモノどもは恨めしそうにこちらを見ているではないか。勝てるのか、この戦的状況に。独りで立ち向かえるというのか、孤独に。
決断は簡単だった。フレイヴは逃げることしかできなかったのだから。戦うだって? 何を言うか。彼は昨日今日まで村に住む一般的な少年なのである。特別な能力もなければ、力のある者ではない。平凡と評価をするのが至極当然。それに、国の軍への徴兵は来年だ。それまで軍事訓練などに参加した経験も一切ないのに。そこら辺の十五歳の子どもが普通の人間の倍以上の大きさに加えて、見境なくすべてを破壊しようとするバケモノ相手をできるはずがないのだから。それだからこそ、剣――カムラを手にして逃げた。
――ごめんなさい。父さん。母さん。ゾイ。村長。みんな。
たとえ、いけ好かない人物であっても、フレイヴにとっては大切な人にあたる。そんな者たちをこれから見捨てるのだ。感情論などを無視して、助けるという選択肢を放棄して。 ただ哭くだけ。己の力不足に。負の感情を表すしかない。このどうしようもない現状に。そんな彼を剣状態になっているカムラは無言でいるしかいなかった。何も言えない。言葉が見つからないのだ。この村――『悲しみの村』で起きた惨状を目の当たりにしているフレイヴには。
悲しみ、怒り、不安、嫉妬などの負の感情たちは嗤う。どこまでも、どこまでもそれらから逃れようとするフレイヴは嘆く。それらから逃げることはできそうにない。彼が心に負った傷は深いのだから。




