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昔々のお話。誰も知らないような、遠い過去の物語。古めかしい本のページを捲れば、すべては始まった。何もかも。そのお話は変えることができないほど。誰にもだ。たとえ、過去を変えるような力を持つ者がいても、未来を視ることができる者がいてもである。そして、それを実行しようとした者たちは世界を見守っている傍観者たちに制裁を与えたのだ。
彼らは幾度も変わらぬ世界を生きている。そこから脱却することができない永遠のサイクルに。逃げ道のない螺旋階段のように。それを理解したとき、皮肉を込めて誰かはこう言うのだ。
「この世界はつながっている。だからこそ、その輪から抜け出さなくてはならない」と。
別の誰かも言った。
「世界は心を孤独にするほど俺たちを嫌う」と。
ぼくが住んでいる村にこんな場所があるなんて知らなかった。
少し目線を高くしてみれば、周りの木々とは少し違う数本の大きな木。その巨木が青色の小さな建物――小屋といった方が正しいだろうか。この小屋を囲っていた。造りは石のような物で建てられているようで、この青色の小屋に何があるのかをフレイヴは知らない。何のために作られたのかすらも。濃い青色の目が不安だと物語っているようだ。そんな彼の脇には年下の男の子――ゾイが無垢な顔を向けていた。
「だれがすんでいるのかな?」
それはフレイヴにもわからない。生れて初めて見る存在なのだから。恐怖心はある。それでも好奇心も備わっている。それらが交じり合ったとき、人は自分勝手に行動するんだな、と彼は冷静ながらも小屋の扉を開けてみた。軽く触れただけで開いてしまうようで、不気味な音を立てる。もう一度、ゾイは「だれがすんでいるんだろ?」と訊いてくる。だが、そのようなことを訊かれても「知らない」の一言に尽きる。そのため――。
「わからないよ」と答えるしかなかった。あまりにもあやし過ぎる小屋その物。外壁を見れば、とても年季が入ったようにして色が褪せているではないか。土埃や苔が生えている。誰もここを管理しているとは思えそうにない。しかしながら、二人が気になるのは小屋の外だけではない。内装も気になるところ。扉を開けては見たものの、返事はなし。人の気配はないように見えるが、勝手に入ったとするならば、やはり怒られてしまうだろうか。
誰もいないとわかっているくせに、フレイヴが「すみません」と口に出した。この呼びかけに返答はない。二人は顔を見合わせた。どうする? どうしよう? 中に入ってみる? 怒られない? ここまで来てみたのに?
別にこのまま見なかったことにして、自分の村の方に戻るという手もあった。それでも、だ。胸の中でぐるぐると渦巻いていた恐怖心と好奇心を手に取ってみて考えた。結果、気になるという思いから中途半端に開けられたままの扉に手を触れることにしたのである。フレイヴはそっと扉を開けてみた。外は昼間なのに、窓がないせいで薄暗い印象を受ける。気になる小屋の中はどうなっているのか。いの一番に目に入ってきたのは人が一人分入れそうな細長い箱――まるで棺桶のようだ。それが一つ。この棺桶らしきもの、上の部分はガラスでできているようだ。それがわかるのは、割れ具合。上の部分を誰かが割ったような跡が残っていたからである。
そんな棺には人の代わりに一冊の本が置かれているではないか。こちらも小屋の外壁同様に色が褪せた赤い本。一体誰がここに? そもそも、この本はどんな内容が書かれているのだろうか。フレイヴの興味はますます肥大化していった。それほどまでに気になることが多過ぎて。
そう、気になるからこそ、フレイヴは棺桶の中にあった赤い本に手を触れてみた。この瞬間である。謎の本は何かしらに反応するようにして、薄暗い小屋の中を明るくした。もっとも、それは眩し過ぎる光り。思わず彼らは目を瞑らなくてはならなかった。
その光は段々と収束していき、そこにあったのは本ではなかった。本ではなくなった。
「え」
あまりの驚愕的事実にそんな声を漏らした。当然だ。本に触っただけでビカビカ光って、落ち着いたかと思えば、そこに一人の少女が眠るようにして横たわっていたのだから。