天気のお姉さん
梅雨前線が俺の街に侵攻し、空にはどんより曇が一面に広がっていた。天気予報の綺麗なお姉さんが、午後から雨が降ると言っていたので、本日の登校は自転車でなく徒歩に決まった。
決して綺麗なお姉さんだから従うのではなく、自分の第六感が働いて、たまたま綺麗なお姉さんと同じ結果になっただけで、ストライプ編みのタイトニットが胸でストライプの線が歪んで豊胸を目立たせていた所はさながら「ボンッ」と表現が相応しく、そこからウエストにかけてはストライプ線が収縮してボディラインが「キュッ」と締まった体の綺麗なお姉さんに目と心を奪われた訳ではない。
・・・・・・誰に言い訳をしているのだろう。とりあえず、休み時間に名前を調べて画像を探そう。
傘を持ちながら緑に生い茂った桜並木を歩いていると、前の方でキョロキョロと生徒の顔を見回す生徒がいる。その生徒の片手には、クマのストラップを付けた携帯を持ち、携帯画面を見ては生徒達の顔を見る不審な行動を繰り返していた。
俺は朝から不審者に声を掛ける気分でもないし、ましてや挨拶や世間話しをする間柄でもない。だから、何もアクションを起こさずにその生徒の前をただただ歩き登校をした。
自分の席に着くと、まず初めに自分の後ろと横に誰も居ない事を確認して、朝のテレビに映っていた綺麗なお姉さんを検索した。
・・・・・・堀北鮭華か~。他の番組には出ているのかな?
鼻の下を伸ばして携帯を見ていると、学校の予鈴が鳴り各々席に着き始めた。隣の蕾蜜も席に着いたが、呼吸が荒くどうも様子がおかしい。
ひとまず、目で体調の具合を聞くように蕾蜜の顔を見ると、豹が怒り今にも跳びかかりそうな顔でこちらを睨んでいた。俺は何も見ていない。まだ何も見ていない。何も無かった。何も見て無かった事にしよう。そっと黒板の方に視線と顔を向けた。
ふと思う。俺なんかした?そんな形相を向けられる程の関わりは無いはずだが!
疑問を抱き恐怖に怯えながら授業を6限も受けた。休み時間の時はトイレとかに逃げる事が出来てまだ良いけど、授業中に隣から伝わる威圧感で俺のTシャツが汗でぐっしょりと濡れ、ホントに気分が悪くなりそうだった。
掃除当番で居残りをしている中、蕾蜜の機嫌の悪かった事よりも堀北鮭華の事を考えていた。どうしたら知り合いになれるのか、そんなしょーもない事を真剣に真面目に本気で妥協せずに考えていた。
まともな案が浮かばないまま、掃除も終わり帰り支度をしていると教室の入口がガラリと開いた。
「あれ、まだ残ってるのか?雨足が強くなる前にさっさと帰れよ!」
教室の戸締りをしに来た担任がそう言ったが、掃除が無かったらとっくに帰ってるところだ。
担任の言いつけ通りに、取り急ぎ支度を行い、教室を飛び出た。昇降口に着き外履きに履き替え、自分のクラスの傘立ての中を見ると、1本の傘しか残ってなかった。目印としてクマのストライプが付いた傘が1本だけだった。
「クソッ。」
自分の傘は完全に盗まれた。一応他のクラスのところに混ざってないか確認するも、壊れた傘しかなかった。
ここは奥義を発動するしかない。
奥義!盗まれた物をさらに盗む。これは、盗まれた物をさらに盗む事によって、被害者が俺から別の人になる。ちなみに、俺は被害者であり加害者で、経済や数時の世界だと損失と利益がプラマイゼロになる訳で、何も失って無ければ何も獲ていない状態と同じだ。それに緊急事態で多少の犠牲はしょうがないものだ。
そして何食わぬ顔でまた明日登校すれば、この事件の容疑者から外される。一応、事件の一端を知っているから、さしずめ容疑者でなくメンバーになるだろう。
そして、誰の物なのか容易に想像出来るストラップ付きの傘に手を伸ばした。
「どうしたの?私の傘なんか持って?」
はい、現行犯逮捕〜!しかもご本人の降臨かよ。ここは逃げ去るのではなく、面と向かって知力と胆力を持って誤魔化せば何とかなるだろう。
「えーー…と、このストラップが目に付いてな!手に取って見たくなったからだよ?このストラップはどこで買ったの?」
やべぇ、途中に何故か疑問系になっちゃったよ。多分気にしてないならいいんだけど……
「ふ〜ん。そうなのね!ふ〜ん。」
・・・・・・疑ってるな。
蕾蜜の目を見ることができないから、興味津々そうにクマのストラップに視線を逸らしていた。多分、目を合わせたらきっと目が泳いでしまうだろう。
「てか、鈴音知らないの?これドンキーにしか売ってない限定のストラップだよ!カワイイでしょ?」
知ってるって!貴女の携帯に付いていた白のクマを踏んづけた時に言ってたし、新品を買って渡してるし、なんなら金額も600円だったことも知ってる。店舗限定色があって、隣の町のドンキーなんかは赤色を売っていることも俺は知っている。
そう思いつつも、初めて知ったように「マジで!へ〜そうなんだ〜。」と多少オーバーにリアクションした。そして早くも会話材料が尽き、無言の空間が生まれる。
1人は傘を盗まれて、そして盗もうとした挙句に現行犯で本人に捕まり、目の前の人の顔すら見られなくなっている人と、もう1人は傘を取られたまま返してもらうのを待って、携帯の画面を見ている、気まずい時間だけが過ぎていく。聞こえるのは雨脚の音のみ。
雨の音は人では聞き取れないハイパーソニックがあり、それがリラックスする状態に促す効果が有るらしい。その効果が発揮するのを待つことにしたが、不意に鳴った電子音で雨の音が遮られた。
俺の携帯ではなく、蕾蜜の携帯からだった。蕾蜜はメールの内容を確認すると、携帯をスカートのポケット中にしまい、こちらを真っ直ぐに見てきた。てか、スカートってポケットあったの?無いものかと思っていた。
「あの、そろそろ傘を返してもらえる?帰れないんですけど…」
「あぁ、そうだね・・・・・・・・・」
そう言って傘を蕾蜜に渡した。蕾蜜は傘を受け取ると、傘に付いているストラップの安否確認をして、クマの無事を確認し安心した表情に変え、そのままこちらを見ずに外に向かって歩き始めた。
俺は蕾蜜が、学校の昇降口から見えなくなるまで見送るつもりだった。そう、傘がない事を蕾蜜にバレないように。
自分でも分かる気持ち悪い営業スマイルでこちらを見ていない蕾蜜を見送ろうとしたが、彼女が傘を開く前にコチラを振り返って戻ってきた。
「どうした?忘れ物でもしたの?」
「そう言えばさぁー、今日は自転車で来てないの?朝早くから探してたけど見つかんなくて、それにさっきも駐輪場を覗きに行ったけど、無かったからもう帰ったのかと思ってた。」
「今日は徒歩で来たからね。それよりも俺になんか用でもあったの?」
蕾蜜が携帯をポケットから取り出した。
「Lead交換しようと思ってた。」
「リード?何それ。イヌの手網?」
「違う。」
「音楽楽器の?」
「No.」
「船は詳しくないけど、駆逐艦の模型は・・・・・・持ってないよ。」
「違う、そうじゃない。駆逐艦ってなに?」
「後は……小惑星ではないよね?」
「なに意味わかんない事言ってるの?携帯アプリだよ!」
「なに意味わかんない事言ってるの?」
「えぇー!嘘でしょ?無料でトークしたり、電話出来たり、ニュース見たり、友達の近状を確認したり出来るのだよ。」
「へぇー。最近のはハイテクになったね〜。」
携帯は、高校1年の時に最新機種のスマホを買ってもらったけど、普段は連絡とかは家族としかしないから、そんなアプリは初めて知った。帰ったら芽紅美 (めぐみ)に自慢と紹介でもしとこう。
「携帯貸して!」
蕾蜜に言われるがまま携帯を差し出した。携帯にやましい画像とか無いから、ロックは掛けてないけど・・・・・・・・・ネットで堀北鮭華の画像を調べていたままだったような〜気がする。しかもコラの方だった気がするからチョット待って。せめて、せめて、ネットには開かないで。2回言ったよ?大事なことは2回言ったよ?口に出してないけど言ったよ?
静かな嘆きの思いも彼女に通じる事は無く、緊張のあまり、変な汗が出てきた。
ヒヤヒヤと彼女がネットを開かない事を祈り見続けると、いきなり彼女は携帯を上下にシェイクして、もう一度画面を覗き込み返却された。あれは何の儀式なのだ?
携帯を受け取り、携帯を覗き込むと、そこにはLeadのアプリ画面で、友だちが4人と映っていた。その中に、アイコンがクマのイラストになっている春陽と言う人物があった。
「これ、私だから。」
蕾蜜が指を差した先が、春陽という名のクマを指していた。
携帯画面から蕾蜜に顔を向けると、ヨロシクね!と朗らかに言われた。
いつぶりだろうか、携帯に連絡先が増える喜びを味わったのは。妹が中一の時に携帯を買ってもらった以来になるか・・・・・・?
久々に嬉しい事があったから、蕾蜜の別れの言葉を聞きそびれてしまったが、再度昇降口の入口に向かったのを見届けた。
早く帰って、これは夢物語ではないことを確認するために、傘立ての中の傘を漁った。
「何やってんの?」
声の方に振り返ると、また蕾蜜が立っていた。
はい、ツーアウト〜!
あれ?もう用が終わって帰るんじゃなかったの?三度目の正直にもう帰って下さい。
なんでと言わんばかりの顔をしていると、蕾蜜が口を開いた。
「雨凄いねと言っても無反応だったから、どうしたのかと思って振り返ったら、傘立ての傘を漁ってるんだもん。傘忘れたの?」
「わふれる訳がないじゃん。・・・・・・ゴホン!そんな事より、なんか用事でもあったんじゃないの?」
ぽんと手を叩き、忘れ去られそうになった用事を思い出したようだ。
「用事っていう用事じゃーないけどね。まぁいいや。じゃあ、またね!」
蕾蜜は胸の前で小さく手を振り、今度は傘を開いて校門に向かって歩くのを見届けた。そして振り戻って傘立ての傘を漁ったが、使えそうな傘が無かった。
今、俺の中で2つの選択肢がある。1つは何も使わずに雨の中を強行突破する。もう1つは、壊れた傘を「いっけねぇ〜。傘壊れちゃったよ〜!」というフリをして、近くのコンビニまで使い新しい傘を購入する。
ん〜後者は何かに負けた気がするから、答えは1つ。強行突破して、早く家に帰って妹にLeadを自慢しなければいけない。
昇降口で準備体操を軽くし、景気付けにクラウチングスタートで昇降口を飛び出した。
中学の時は、盗塁に関して右に出る者はいなかったくらい足には自信ある。鈍ってなければ20分くらいで家に着くと思う。
校門を出ると、物陰から声が聞こえた。
「やっぱり傘ないじゃん・・・・・・」
あまりにも聞き覚えのある声だったから、思わず立ち止まって振り向いた。そこには傘の持ち手にクマのストラップをぶら下げた呆れ顔の彼女が立っていた。
「やっぱり傘忘れてるじゃん。」
スリーアウトチェンジ!なにとチェンジするのかは分からないけど・・・
「持ってきたけど、パクられたんだよ!」
雨に打たれて、水も滴るいい男を演じて立ちほうけてると、「たくもぅ〜」と声を漏らしながらも呆れた顔でこちらに歩いてきた。
「はいっ!」
蕾蜜は手でさしている傘を小さく差し出してきた。だが、他に傘を持っている様子もないように見える。一応確認してみた。
「貸してくれるのは嬉しいけど、折畳み傘でも持っているの?」
蕾蜜のさらに表情を歪めた。まるでゴミムシを見るかの如くこちらを見ていた。
「何言ってるの?傘に入れてあげると言ってんの!」
一瞬目の前に天使がいるかと思ったけど、顔が歪んだ表情のままだったから、「こいつ、天界に追放されて、もうじき堕天使になるところか?」と思った。堕天使でも、施しを頂けるのなら、しっかりと貰わないといけない。
そうして、安全地帯の下に入ることが出来たが、そんなに甘くは無かった。
「んっ!」
蕾蜜は傘を突き出してくる。まだほうけているとさらに突き出してきた。
「傘に入れてあげるんだから、傘ぐらい持ちなさいよ!」
言われるがまま、傘を持つ。
「ちょっと!肩に雨が当たる!」
2人の距離を縮めてカバーをしてみる。
「近い、近い、それはさすがに近い。キモイ。」
2人の距離を少し取った。
「ねぇ、ちょっと!カバンに雨が当たる。傘だけをこっちに寄せればいいじゃん。」
傘を入れて貰っている身ながらもイラッとしたが、そこをグッと堪えてスマイルを提供するのが紳士の務めだと思っている。
お嬢様のおうせのままに、スマイル顔で傘だけを向こうに寄せた。
紳士はストレスが溜まるもんだな。こんな事をずっとしてたら、せっかくここまで育てた髪達が直ぐに散ってしまう。だから紳士はハット帽を被って頭部を曝さないようにしてるのか?!昔のハット帽はものすごく丁重に扱われてて、帽子が潰れないようにダンボールが開発されたんだっけ?だとすると、ハット帽はやはりハゲ隠しに使われてたのか!?
くだらない思想と、意味と根拠の無い無駄な証明する世界から戻ってきた時には、彼女と共に歩いていた。
傘は完璧に蕾蜜を守っていたが、俺の事は守ってくれるほどの器の大きいものでは無かった。もともと雨で濡れていたが、左頭部から右半身がグッチョリになっている。まだ、走って行った方が良かったかもしれない。
蕾蜜が暇だったのか口を開いた。
「ねぇ!堀木鮭華みたいな人がタイプなの?」
「は?ちげぇーし!」
いきなりの事で、思わず否定してしまった。
「じゃなんで、堀木鮭華のエッチな画像を開いてたの?」
み…み…み…見られてた〜。
「まぁ男の子だからしょうが無いけどね。」
恥ずかしいのと画像を見られた気まずさで口を開く事が出来なかった。むしろ顔を蕾蜜に見えないように左側に向けることしか出来なかった。
コンビニまで傘に入れてもらい、傘を購入したら各々の帰路に着いた。