やっぱり隣は・・・
5限目の英語の授業は隣の席の人と2人1組で行う事になった。もちろん隣は蕾蜜だ。
あの駐輪場での事を境に少しは仲良くなったと思って次の日に挨拶をしたら、100%フルシカトをされて、以前の様に会話は全くなかった。
シカトされてから多分最初になるのがこの英語の授業になった。しかもこれまたベターに英語onlyのフリートークだった。
話してないけど、話したくないけど、ここは授業なので俺から口を開いた。
「Halo!」
緊張の余り、声が裏返ってしまった。
「・・・・・・Halo.」
「How‘s it going lately?(最近調子はどう?)」
「Tone is normal .(調子は普通。)Do not talk to me at school.(学校内で話しかけないで。)」
「MY sister told me the same thing.(妹にも同じ事を言われた。)I will listen once but why?(一応聞くけど理由は?)」
「I cannot say that.(それは言えない。)」
「Oh・・・・・・」
それって、生理的に無理って事でOKなのかな?それだったらスッゴイ傷つく。だけど俺は彼女の言葉を尊重し、話しかけないようにしよう。
中学の時に女子の間どころか、学年中に変な噂が広まった奴がいたな。関わり無かったより、興味が無かったから詳しい事は知らないけど、集団生活である学校生活は、団体行動に長けている女子を敵に回すことは、学校を敵に回すことと同じだ。残りの2年くらいある学校生活を、孤高のヒーローとして活躍したくないね。俺は、RPGに出てくる村人Aみたいに、何か聞かれるまで何も言わないようにした。
ただ、授業のフリートークなのに何も喋らないで過ごすのは、言葉で理解するのは簡単であるが、実際にやると、とても難しかった。休み時間なら携帯をいじるのだけど、授業中だとそうもいかない。まして食後だけあって、1番睡魔に襲われやすい刻限なのに、寝ることが出来ないのが本当にしんどい。
寝ないように何か話して欲しいと思って横をチラッと見たら、蕾蜜は国語の問題集を机の上に広げていた。
英語は余裕って事なのか?それとも暇潰しにたまたま国語をやっているだけなのか?
色々考えを巡らせたが答えは出ず、何かしてないと寝てしまう自信があったため、ひとまず英語の教科書を広げた。
中間試験に出そうなところをマークしていたが、5分ほどで英文が睡眠に誘う呪文に変わり、その呪文を読み終わる頃にはもう寝てしまった。
左肩を数回叩かれて、俺は目を開けた。真っ先に黒板の方を見ると、さっきまでは英語の先生がいたのに、いつの間にか我らの担任に変わっている。これは・・・イリュージョン?
その次に時計を見ると、6限のホームルームをしている時間に変わっている。これは・・・タイムワープ?
イリュージョンが起きてタイムワープをして、とうとう世界の均衡が崩れ、世界の終わりが始まったと感じて、隣の奴に教えてあげようと左を向いた。
「もう授業始まってるよ。もぅ・・・」
蕾蜜が呆れた顔で見ていた。
黒板の方をもう一度見ると、担任がニマニマした顔で見ていて、ようやく意識がはっきりと覚醒した。
「鈴音~!昼寝なんかして、幼稚園児みたいだぞ。」
「よく寝る子はよく育つと昔から言いますからね~・」
「よく育ったか作文で確認してみるか?」
担任のニマニマ顔が無くなり、目が若干据わった気がする。
「い、いえ、遠慮しときます。まだまだ伸び代があるみたいなので・・・」
「そうなのか?いつでも確認していいからな!」
あっぶね~、危うく反省文を書かされるところだった。
担任は軽く咳払いをして、手作り感満載の箱を取り出し、今日のホームルームにやる事を言った。
「今日は席替えをやるからな。文句のある奴はちゃんといえよ~。私が直々にソイツの場所を決めてやるから。」
それは即ち、黒板が良く見える最前列のスペシャルシート行きって事だ。昼寝が出来ないのは100歩譲って良いが、1番その席で嫌なのが、先生が黒板で書いたり文字を消したりしたチョークの粉が飛んでくることだ。それは不可抗力だからしょうがないで済むけど、1番質の悪いのが、粉塗れのチョークを素手で持って、その手で机とか触ってくる奴、本当なんなの?恨みでもあるの?って言いたくなるからスペシャルシートは絶対に行きたくない。
担任が素手でチョークを持ち、黒板に座席とその番号を書き出した。
「じゃー出席番号順にクジを引いてくれ。」
クジを引くために、10人くらいクジ箱?の前に並んだ。出席番号は五十音順だから、直ぐに順番が回ってきた。
いまだにスペシャルシートを引き当てた人はいない。頭の中で、「スペシャルシート以外スペシャルシート以外」と思い続けてハテナボックスの中に手を入れた。ハテナボックスの中に普通の紙とは手触りが違うけど、何処かで手にした事のある感触の紙々の1つ引き抜いた。
「クマのストラップ、ドンキー限1点。婦人用下着赤1点。生ビールお徳用パック。お新香お徳用バラエティーパック1点。合計1900円。」・・・これはレシートか?
レシートの裏面には「G―7」とマジックで書かれていた。
えっと・・・・・この突っ込みどころ満載の新しい座席への切符はどのように処理したらいいんだ?ただ、健全男子高校生はレシートに書いてある婦人用下着の文字を見ただけでテンションが上がるもんよ。しかも赤だよ赤!あの26~7歳くらいの外見だけが綺麗な担任が赤の下着を着けているだけでもぅ~・・・ご飯が食べられますね。
馬鹿な妄想をしているとその担任に名前を呼ばれた。
「鈴音、ぼ~っとしてどうした?ただでさえ気持ち悪い顔が余計に気持ち悪いぞ。」
「いえ、ただ考え事をしてただけです。それよりも、ブサイクフェイスですみませんでしたねぇ~。とりあえず、この顔を作った両親に誤ってもらってもいいですか?」
「ブサイクとは言ってないよ。それに、私の地元では昔から、顔は名や体を示すと言った言回しがあるらしいから、そんな顔になったのは鈴音が悪い事ばっかりしてるからじゃないの?」
「教師のくせにひでぇ事言いやがった。」
この人は本当に教師なのか?教員免許証があるなら見せて欲しいもんだ。
自分の事で怒るよりも、今すぐに聞きたい事があった。
「先生、このレシートは先生が用意したもんですか?」
「あぁ、そうだとも。エコでいい案だろ?」
「先生の私生活がさらけ出てますけど、大丈夫ですか?」
「私は先生であり教員だからな。生徒の模範的になるような行動を私生活でも行っているのだよ。」
「それにしてもこのレシートは、男子高校生に対して刺激が強すぎるのでは?」
そう言ってレシートを担任に渡す。
「・・・・・・これはお前ら高校生に夢とおかずを与えてるのだよ。私に敬意と感謝をして存分に有効活用してくれ。」
担任は、ちなみにここだけの話しだからと小声で付け足し、ウインクをした。
「おかずと言っても、高校生にとっては少し賞味期限ぎ・・・」
風が右頬の横を駆け抜けた。
「悪い。ムシガトンデイタ。」
眼だけで風を追いかけると、そこには担任の放った左ストレートの拳だけがあった。1歩どころか反応すら出来なくて、生まれて初めて死の恐怖を感じた。
やばいやばい。完全に担任の目が据わってるし、次の行動で選択する言葉をミスれば狩られる。
「お、ぉお新香ですよ!お新香!少し賞味期限を少し過ぎたくらいが、塩分も少し多くてご飯が進むので高校生にとったら少し丁度いいんですよ。」
誤魔化すのと担任の恐怖の覇気で頭が回らずに何を言ってるのか少し分からなくなってきた。
ここは、強引でも話題を切り替えてつかさずフォローをする。
「先生もクマのストラップを買ったのですね。意外ですよ~!先生はクールでスタイリッシュな大人の女性のイメージだったので、可愛い物に興味があまり無いのかと思ってました。」
「紛らわしい!今回は不問にしてやろう。」
担任の表情がいきなり明るくなった。
プランAは成功だ。無論その他のプランは無い。
「このクマのストラップは持ち物検査の時に一目惚れをしてしまってな!つい買ってしまったのだよ。」
「そうだったんですね!後ろも詰まってくるので、新しい席に行きますよ。」
俺はそう言って、愛想笑い100%で紙を受け取った。
G―7の席を確認するために黒板を見た。G―7・・・・・G―7・・・・・あった。
G―7の席は、黒板の表記で窓側の1番後ろを記していた。教室で1番選びたい座席のトップ3の中の1つを当たったのは普通に嬉しい。俺は弁当組だから、購買レースに参加しないから教室の入り口付近の席には興味が無い。
新しい席に座って外の景色を見て黄昏てるいと、前の方でパンパンと手を鳴らして、担任が注目を集めると同時に席替えが終えようとしていた。
担任の手の合図に気が付き、一応隣の人が誰なのかを確認するために横を向くと、そこには蕾蜜がいた。2度見たが、間違いなく蕾蜜がいた。
この偶然の再会を理由に話してみようかと口を開けかけたが、5限目の会話を思い出して、そのまま口を結んだ。
6限も終わり、帰宅のために身支度を済ませてカバンを肩に背負い、教室の出入口に体を向けた時に、隣にいる彼女に目を向けた。
まだ蕾蜜は席を座ったまま、身支度をせずにメールを打っていた。メールを打っている携帯のストラップには白いクマのストラップの他に、赤いクマのストラップがぶら下がっていた。
・・・・まさか?と思いつつも、何も言わずに駐輪場に向かった。駐輪場に着いたのはいいものの、自分の自転車を何所に停めたか忘れて10分くらい探していたら、校舎から蕾蜜がやってきた。
「やっぱりいた。ねぇ、あんまり学校というか~クラスとかで、話し掛けないでね。」
「いいけど、なんで?」
「変な噂とかになって欲しくないから。」
「噂?というか、俺イジメられてる感じ?」
「わかんないけど、野球部だったし、1人でいるところの方が多いでしょ?だからね!」
「野球部関係無くね?まぁ何でもいいけど、今日みたいな英語の授業の時でもダメなの?」
「あれは~・・・・・・ゴメンね。ちょっとやり過ぎた。でも、英語の授業みたいな時は盛り上がらない程度に?」
「何で疑問文なんだよ。」
ひとまず、クラスにおける俺の立ち位置が分かった気がずる。クラスの連中は俺の事を、普段あまり喋らない人が、どうでもいい会話に熱を入れて話している姿を見て、「気持ち悪い。」とか「以外過ぎて引くんですけど~。」的な感じに思われているんだな。
自分の評価に感傷していると、聴き慣れない着信音が聞こえた。俺の携帯じゃなく、蕾蜜の携帯からだった。
蕾蜜は携帯を取り出して、メールを読みそして返信をしていた。俺は蕾蜜の携帯ストラップを見て、やっぱり気になったので、蕾蜜の返信が打ち終わったくらいに口を開いた。
「その赤いクマ、隣町のドンキーで買ったの?」
「そうだよ。何で知っているの?」
「この前の休みに、たまたま寄った時に見かけて、店舗限定って書いてあったから。」
「そうそう。あそこにしか売ってないらしいの。それにね、買ったけど落としちゃって、1日中探したけど見つからなかったの。ダメ元で次の日にお店に行って聞いたら、駐車場に落としてたらしくて、それを太った店員さんが見つけてくれたらしいの。ほんとあの太った店員さんには感謝してる。」
多分そのクマ拾ったのは俺だし、それにあの店員が、なに自分の手柄の様に言ってるとか、聞いても思い出してもイライラする。
イライラのあまり、小さく舌打ちをしたが、蕾蜜は不思議そうに俺の事を見ていた。
蕾蜜は何かを思い出したかのように携帯の時間を見て、直ぐにポケットではなくカバンに携帯をしまった。
「そろそろ帰るね。また明日!」
蕾蜜は胸の前で小さく手を振り、校門に向かって駆け出した。
俺は返事をする間もなく、走って行った彼女の背中を、姿が見えなくなるまで見送った。