休日返上
土日祝日は学生にとって学業の疲れを癒す貴重な日である。ただし部活動同好会所属を除く、帰宅部の生徒のみだけだ。帰宅部でさえ週に2日なのに、部活動同好会所属の生徒達は主にテスト期間でしか休日がない。
そんな貴重な休日は、天気が良ければ何処かに出掛けたくなるものだ。どこかの鉄道会社のCMみたいに「そうだ。どこかに行こう。」と言って、仲の良い友達や彼女と出掛けるのが定石らしいのだが、それに反して俺は、基本ソロで行く。
断じて虐められて友達がいないとか、素行が悪くて友達に避けられている訳ではないと思う。クラスでは、クラスメイトと世間話しをするし、移動教室の時も話しながら行くし、一緒にソシャゲーとかもしていたから、・・・たぶん大丈夫だろう。
では、友達・・・もといクラスメイトと、なぜ一緒に出掛けずにソロで出掛けるのかというと、親父から貰った単車で、風のままに走るのが好きだからだ。
親父も昔は単車に乗っていたらしいけど、会社の出張で乗る機会がかなり減り、家族会議でかーちゃんから売る案も出たが、よほど売りたくなかったらしく、粘るに粘って俺を旅に行かせる名目で家に置く事に収まった。
したがって普通2輪免許は16歳の誕生日に親父のお小遣いから教習所に行くお金をくれて、無理矢理に行かせられた。
最初は、バイクなんぞバカかヤンキーかDQNが乗る車の下位互換した物だと思ったが、今は違う。
これはバイクに乗った者しか分からないが、エンジンの音と振動、走行中の風の感覚、加速の重力の伝わり方、コーナーを駆け抜ける爽快感、自転車とは比べ物にならないスピード感、車道が思ったよりも広くてそこを走る解放感がある。そんなバイクの味を知ったら、また乗られずにはいられない。初めてバイクを運転した時は、異世界に入り込んだみたいな感覚くらい衝撃的だった。
だから今日は異世界にちょっくら行って、最近あった蕾蜜の事とかの疲れを吹っ飛ばそうと思って出掛ける準備をした。
準備をしていると、バタバタと駆け寄ってくる足音が自分の部屋の前に止まった。そして、少し間が空いてから家中に響き渡るような大きな音が出るように、綺麗な足を乱暴に使ってノックをしてきた。
朝からこんな激しいノックをする事が出来るのは妹しかいない。一気にテンションが下がり、ため息をこぼしてから扉を開けた。
「なに?」
「・・・・・・めし!」
「あぁ。ん、わーった。」
妹の名は芽紅実で、1つ下の顔だけは可愛い妹。今は別に喧嘩している訳ではないが、お互いに思春期真只中で会話が少なくなっただけだと思う。
1年くらい前に、自慰行為をしている所をガッツリと妹に見られた辺りから、当たりが強くなってきたような気がする。その前までは「お兄ちゃん~」と呼ばれていたのに、その事があった以来は「お前」とか「んっ!」や「ねぇ」とかしか言われていないような・・・
ひとまず、お腹も減ったし飯でも食べるか!
着替えを終えて居間に降りると、妹がソファーの上で、うつ伏せの状態で足をバタバタと動かしながら携帯をいじっていた。だけど、テーブルの上には何も無かった。
そう、妹は料理をしないのだ。正確には料理が出来ない。両親が共働きで休みが不定休だから、土日祝日でも居ない事が多い。だから妹は俺を召使いのように飯を作らせる。そのことに俺は何も言えずに、朝食の準備に取り掛かった。
食パンを3枚取り出し、2枚をトースターに入れ、残りの1枚は焼かずに生のままバターをたっぷりと塗り、砂糖をこれもたっぷりとパンの耳ギリギリまで振りかける。この生シュガートーストが食パン史上最強にしてシンプルに1番美味い。
この幸せを噛みながら、イチゴジャムやらバターやらをテーブルの上に並べて置く。トーストが焼き上がれば、お皿に盛り付けてサーブするだけで完成。
「出来たぞ~。」
「ん~。」
今日の妹との会話はこれ以上無く、静かな朝食を終えた。
ん~~~っ。さーてとっ、そろそろ行くか。
体を伸ばしてから、ヘルメットの中にグローブを入れて玄関を出た。バイクのエンジンを掛け暖機している間に、ストレッチしながら今日の行き先を考える。
そうだ。海に行こう。
海に行っても、やりたい事や意味なんか無いけど海を見に行くことに決まった。
装備を装着して、バイクにまたがり走らせた。海なんて場所の行き方は分からないけど、もう走りたくて走りたくてしょうがなかった。
春ももうじき終わりを迎え、梅雨の支度がそろそろ始まるこの時期が1番気持ち良い。暑くもなく寒くもなく、比較的に晴れが多いから好きだ。それに、普通の高校生は在学中にバイクに乗る、それも単車に乗ることはまず無いと思うから、単車に乗ることでチョットした優越感に浸れる。ちなみに免許は去年の12月に取ったばかりの初心者だ。
取りたての頃は、エンストを沢山して後続車両に迷惑をかけたし、ギヤを変えるタイミングが分かんなくて戸惑ったけど、今となってはバイクの癖も分かり、スムーズな操作が出来るようになったけど、たまにエンストするくらいまでは上達した。
バイク乗りなら必ずこの道を通り、壁を乗り越えて来たと思う。
自分の運転技術の上達に感心しながらも、隣の県まで続く国道に出て5分くらい走った所にある隣町まで走っていた。その時に俺は本日1番の緊張が走った。
それは動物どころか昆虫までも自然に行うことだが、霊長類でサル目ヒト科ヒト属のホモサピエンスである人間(幼児を除き)は、その行為をすぐその場で行う事が出来ない。その行為が出来る場所まで人間は堪えなければいけない。もし、堪えることを諦めたら、その場にいる周囲の人間に見下されることだろう。だからこそ意地でも堪えるのだ。しかし、堪えるのはもう限界に近かった。
コンビニを探したが全く無く、むしろファミレスすら無い工業地帯の国道で、この緊張をどこで解放させればいいのかと走りながら探したが、全く見つからなかった。むしろ、バイクのエンジンの振動で限界突破まで近づくのが早かった。
も、もれるぅぅ~。
高校生にもなってトイレもまともに行けずに失禁するなんて、墓まで付いてくる不名誉だ。
脂汗を掻きながらオアシスを探して2㎞、ようやく1件のディスカウントストアが見えた。お店の駐車場にバイクを停めると、他の物に目もくれずにトイレに駆け込んだ。とてもとても危なかった。
お花を摘み終わり店内に戻ると、鼻歌を歌いたくなるような陽気でお馴染みのBGMが流れていた。このBGMを聞いて初めてドンキーだったことに気が付いた。何か買う物は無いけど、何か面白い物を探して店内を周り、ある商品の前に足を止めさせられた。
それは最近何故か目にするドンキー限定クマのストラップだった。しかもこの店舗限定の赤色のクマがあって、限定中の限定でレア度の高いかと思うのだが、全然売れている様子が無かった。
そのクマを手に取って見る事も無く、店を出てバイクを乗る準備をしていたら、何か柔らかい物を踏んだ。もしやと思い靴の裏を確認したが何も付いていなく、ほっとして足元に視線を向けると、そこにはあの赤いクマのストラップが落ちていた。
そのクマを拾い上げると、店の中から腹回りが太いtheおっさんが店員の恰好をして、汗だくで走って出てきた。
この落とし物を渡そうと、走っている店員に近づいて行こうかとしたが、どうやらこっちに近づいて来るではないか。歩く手間が省けてラッキー。
きっと落とし物が在る事に気が付いて、わざわざ取りに来てくれた気の利く見た目はあれだけど、優秀な店員だと思い、「あの~これ、おち・・・」落ちてましたよと、言いかけた時に店員に阻止された。
「ちょっとちょっと~万引きは駄目だよ~。お話するからちょっと事務所まで一緒に来てね~。」
・・・・・・・あまりにも意外な言葉を聞き、不意を突かれて返答に間を開けてしまった。
「・・・は?盗んでないけど。」
「誰だって最初は必ずそう言うけど、おじさんしっかりと監視カメラで見てたからね。まっ、詳しい話しは事務所で。」
顔にはベトベト汗のベールを纏ったおっさんが、ポークスマイルで言った。
「いやいや、盗んだら入り口のゲートで警報が鳴るでしょ?それに何を盗ったって言ってんの?」
大抵のお店は、店の入り口とトイレ前に万引き防止の装置がある。それに俺は店の中では何も手に取ってない。ただ、トイレを使用しただけだ。
「入り口のゲートはね、最近調子が悪いんだよ。だから来週に業者が点検に来てくれるわけだよね~。ここで話すのもなんだから、とりあえず事務所までね。」
「そんなこと知らねぇーし。ふざけんな。」
何を言っても聞かなそうだったから、文句を言いながらも事務所まで連行された。
「え~まず名前は?」
「鈴音。」
「見たところ学生さんだよね?学校は?」
「任意聴取の為、黙秘します。まず俺が盗ったという商品は?それと証拠は?」
このおっさんのペースに進められては、こっちが不利になる。だから、こっちから質問して潔白の無実であることを証明してやる。
おっさんは、まだ汗が退いてない顔でニヤニヤと気持ち悪い表情で、俺を観察して質問に答えた。
「それは、君が今その手に持っているストラップだよ。君がその商品のコーナーにいたのをおじさん、しっかりと監視カメラで見てたよ。」
「そのコーナーと通ったら、問答無用でみんな万引きになるの?だったら、俺がそのストラップを盗った証拠の映像を見せろよ。」
これで商品に触れてない事と、おっさんの勘違いだった事を確認すればQED。本来落とし物だったストラップを渡せば、釈放されツーリングの続きが出来る。さぁおっさんよ、映像を見せて、恥をかくがいい。
「だって君はそのストラップの前で立ち止まっていたでしょ?それに君に映像を見せる義務は無いよ。」
「だから、ストラップの前に立ち止まっただけで、みんな万引きになるのか?商品に触れてないのに、どうやったら手を使わずに万引きが出来るのか証明しろよ。」
こっちの意見を聞いてない一方通行で進展のない問答と、バイクを乗る時間がどんどん削られる事でフラストレーションが溜まり、武力行使の1歩手前まで来ていたが、それこそおっさんの思うつぼだと考えた。だから、武力行使の実行する事をグッと堪え、代わりに指をポキポキと鳴らす威嚇だけにした。
おっさんも、なかなか折れない俺に対し、店側の最終にして最強の助人の名前を切り出した。
「君・・・・・あんまりゴチャゴチャ言うと、警察呼ぶよ?」
「あぁ、いいよ。早く呼べよ。」
急におっさんの顔色が悪くてなった。
「そぅぅぅうん、本当に呼んじゃうよ?それに内申に響いても良いの?進学や就職に響くよ?」
「響くもなにも、盗ってないから。普通に冤罪だから。」
「じゃー手に持っているのはなに?」
「落とし物だけど。」
「・・・この仕事をしてそんな嘘を5万と聞いてきたから、嘘を付いているって判るよ。おじさんもね、君の立場だったら同じこと言っちゃうよ。」
なに説き伏せようとしているの?何を言っても、どんな事を言っても絶対におっさんの話に流されない。だからもう、さっさと解放させてバイクに乗りたいのだけど・・・・
結局この後、警察の通報は自分からして、警察の人と一緒に防犯カメラの映像を確認し、ようやく盗ってない事を証明出来た。また、駐車場にもカメラがあって、女性が赤クマのストラップを落として行った所も確認できた。
そして今回の騒動は、店員の見間違いで処理された為にお咎めが無く、落とし物のストラップは後日、購入した女性が引き取りに来ていた事も後で知った。
ただ、最後までおっさんは自分の非を認めずに、謝罪の言葉すら無かった事が非常にムカついた。もう二度とこんな店なんて来るかっ!
ようやく解放されて外に出ると、空は暗く星が飾られていた。今日も精神的に疲れたから、ディナーに好物の卵焼きを作ってもらうようシェフにオーダーをする為に自宅に向かった。