4 通過儀礼選抜
沼の淵で正座しすぎたせいで、足をぶるぶるさせながら、僕は帰宅した。
村の外れにあるボロ屋。
じいちゃん、ばあちゃんと暮らす家だ。
この、すきま風吹くちんけな家を、まずは豪邸にしてやろうか。
回数制限のない願い事。
遠慮はいらないはずだけど、最初の記念すべき1回めの願い事って、やっぱり特別じゃない?
厳しいじいちゃん、ばあちゃんのこと、別に好きじゃないし。
あいつらを喜ばせること、最初にする気にはならないな。
メビウス姉さん、軽蔑した?
これ、僕の本音だから。
僕は、僕だけで幸せになりたい。
僕は、僕のために、最初の1回の願い事を使いたい。
願いを決められないまま日は暮れた。
畑仕事をさぼって逃げた僕は、ばあちゃんにほうきの柄で尻を叩かれた。
夕飯だ。
大して旨くもないばあちゃんの作った飯。
食卓はしんと静まり返っている。
無駄口は、折檻の理由を与える。
ぼさぼさの白髪頭のじいちゃんが口を開いた。
「明日は、アグラの洞窟の儀式の日だが、つまらないものだ」
ばあちゃんが、じいちゃんのスープのおかわりをテーブルに置きながら同意した。
「エンジュが選ばれることはないだろうからね。川向うのジュドーのような出来のいい子が選ばれるだろう。本当にこの子ときたら」
ますます飯がまずい。
この二人ときたら、僕の悪口を肴にご飯を食べるのだ。
アグラの洞窟の儀式。
それは、このカイナ村の成人の儀だ。
16歳になる若者4人が、神殿から選ばれる。
選ばれし精鋭4人は、アグラの洞窟に入る。
彼らが見事に洞窟の魔物を討ち取ることによって、すべての16歳が大人の仲間入りをする。
くだらない、クソつまんねえ儀式だ。
神殿がどうやって代表を選んでいるのか分からない。
でも、毎年毎年、強かったり技能がすぐれていたり、こいつらなら魔物を倒せるだろう、という、イケてる奴らが選ばれるのだ。
そいつらは村中から一目置かれ、その後も安泰。
昔から、僕はアグラの洞窟の儀式が大嫌いだった。
だって、あまりにも僕に関係ない話だから。
儀式の代表というのは、強靭で、理知的で、豪胆で、皆から慕われ、愛される。何もかもに恵まれている象徴なのだ。
僕が16歳になってからというもの、じいちゃん、ばあちゃんの悪口の種が増えた。
アグラの洞窟の儀式のせいだ。
うざい。
悪口が続くので、僕の中も余計に腐ってくる。
最初の願いは、じじいとばばあの存在を消して、優しい両親を作って、それと取り換えることにしようか。
いや、いっそのこと、僕の存在を忘れてもらって、一人で暮らそうか。
じじいとばばあが話し続ける。
「何の取り柄もないくせに、逃げ脚だけは早い」
「本当にイライラさせられる。働きも悪い上に、暗い顔をして辛気臭い」
「無駄飯食いだ。売りに出す価値もない」
「ジュドーみたいな子だったらよかったのに」
繰り返し、繰り返し。
うんざり。
さすがにうんざり。
今までなら、力不足な自分を責めて、しゅんとしていたところだけど。
今日の僕は凶悪な気持ちでいっぱい。
どっち方向に行こう。
この気持ち、どっちに向けるべき。
僕は決めた。
「明日は僕が」
「ああ? 何を言った」
急な僕の発言に、じいちゃんが気色ばんでこっちを見た。
僕は怯まなかった。スプーンを置いて立ち上がった。
「明日の儀式に、僕が選ばれる」
ばあちゃんが首をかしげた。
「どうかしたかね。このバカ、頭でも打ったか」
僕は、精一杯、何も知らない二人をあざ笑うように言い放った。
「僕は、アグラの儀式の代表に選ばれる」
それだけ言って、僕は席を立った。
後ろから二人の戯言が聞こえてきたけど、スルーした。
僕は、与えられている小さな部屋に入った。
ベッドに横になった。
胸がドキドキした。
計画的にいこう。
僕の人生は変わる。
最初の願い。
僕は、アグラの儀式の代表となる。
何てことのない願いかもしれない。
最初の一歩。
僕は選択した。
象徴だ。
これからの僕の輝かしい未来をかたどるものだ。
これでいい。
この選択でいい。
僕は満足した。
今日はそれ以上望まずに、ベッドで眠りについた。