表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/19

3 お前の考えはすべて正解だ

「分かった」


 メビウス姉さんは、あっさりそう言った。

 拍子抜けする軽さ。


「いいの?」

「うむ」


 不安になった。

 過ぎた幸運は逆にあれだ。なんだ。不安だ。

 努力もしないで良いことあるわけねーだろと、おとぎ話もしばしば子どもを脅す。


 僕は正座のまま、軽やかに立ち上がったメビウス姉さんを見上げて言った。


「あの、すみません、質問があります」

「なんだ」

「代償的なものはありますか?」

「代償とは」

「願いがかなうと同時に、僕の命を奪うとか」


 メビウス姉さんが鼻で笑った。


「エンジュの命を奪う理由はない」

「では、願いがかなった分、大きな災厄が訪れるとか」


 メビウス姉さんは肩にかかる黒髪をサラリと手で払い、紅蓮の瞳を細め鮮やかに笑った。


「神の天秤などクソ食らえ。…ふむ。お前の人生は、今後悪いことが起こらないと釣り合わないほど幸運に恵まれてきたのか?」


 僕は慌てて両手を振るって熱弁した。


「父も母もいません。捨て子です。厳格な爺さんと婆さんに拾われて、ビシビシ体罰ありきで育てられ、すっかり委縮しました。生来、心身ともにひ弱です。年長者からは憐れみを受け、同輩からは蔑まれ、卑屈上等で生きてきました」


 どうだ。

 微妙だろう。

 だから、願いがかなう代わりに悪いことなどなくても、人生の収支はバランスとれていると思うんだ。

 代償とか勘弁して。

 そこんところをメビウス姉さんに分かってほしくて、僕は切々と訴えた。


「それはもう、大した人間じゃないんです、僕。友達と言える相手もいませんし、ろくに得意なこともないですし、根性もないんです。そりゃもう薄っぺらくて何もない空っぽ人間です」


 メビウス姉さんはひらひらと手を振って言った。


「もう、かなっている」


 意味が分からず、一瞬僕は止まった。

 メビウス姉さんは、まるで宙をすべるように、ドロドロの地面を数歩進んだ。


「お前の願いは、もうかなえた」


 僕はぽかんとした。

 メビウス姉さんは立ち止り、からかうような笑みを浮かべて言った。


「何かそれらしい儀式が欲しいか? 熱い口づけでもしてやろうか」


 形よく弧を描く真っ赤な唇にゾッとして、僕はぶんぶん首を横に振った。


「嫌そうな顔をする」


 メビウス姉さんは腕組みをして笑った。

 細めた紅蓮の瞳は穏やかで、僕はホッとした。

 美人だし、笑っていると優しそうに見える。まあ、悪魔が牙を隠していい人を装うのはお約束だけど。


 メビウス姉さんは続けた。


「エンジュの願いはかなえられた。これから、お前の考えはすべて正解だ」


 おお…

 すげえ…


「ただし」


 来た!

 恐怖の、付け加え。

 これ、大事なんだろ?

 足元をすくわれるやつだろ?


 僕は身構えた。

 メビウス姉さんは指を三本、ピンと立てて言った。


「3日間の限定なので、その期間のうちに、よきにはからえ」


 確かに。

 いつまでもずっとというのは、ありえない気がする。

 了解。了解。

 思った通りになるなら、1日でも十分なくらいだ。


 それほど危険な付け加えじゃなかったな。


 おや? 気になったことがある。


「あの、すみません」

「なんだ」

「回数制限とかあるんでしょうか。3つの願いみたいな」

「そんなケチくさいものはない。3日間と言ったら3日間だ」


 おお。

 すげえ。

 すげえよ、メビウス姉さん。


 メビウス姉さんは、軽やかに転々とステップを踏んでいる。

 ウキウキした感じだ。

 結構年上と思っていたけど、そうでもないのかな。

 ちょっと、かわいく見えてきた。


「それでは、私は行く」


 メビウス姉さんはサラッと言った。

 え、もう行っちゃうの。

 本当にあっさりとした奇跡だ。


「そんな残念そうな情けない顔をして」


 メビウス姉さんは僕の顔を見て、フッと息を吐くように笑った。


「言い忘れていたが、3日間、私はお前を見ている」

「え?」

「お前からは見えないが、私は見ている」


 願いをかなえるためか。

 ということは。


「僕の考えてること、お見通しですか」

「全部ではないが、概ね」

「はっ恥ずかしい!」


 瞬間的に僕の頭に血が上った。

 ちょっと待て!

 それか!

 代償、それか!


 僕は真っ赤になって、正座のまま体を抱いて、前に体を畳んだ。


「見ないで!」

「では、この契約はなかったことに」

「すみません! どうぞどうぞ、何もかも、心も体も、あますところなく見てください!」



 爆。



 助けて。



 恥で死ねる。



 でも、このチャンスは捨てられない。




 メビウス姉さんは、のんびりと言った。


「今までの話をまとめると、エンジュの頭の中は、くだらない卑屈な気持ちであふれ返っているということだろう? 気にするな」

「はいいいい…」

「なお、1回だけ、私を呼ぶことを許そう。何度も呼び立てられるのは業腹だが、そこまで私に会いたいというお前の気持ちを、一度は汲んでやろう」

「はああ?」


 もはや、自分の気持ちが分からなくなってきた。

 僕が混乱に赤くなったり青くなったりするうちに、メビウス姉さんは消えた。

 いついなくなったのか、さっぱり分からないが、いなくなった。







 えっと。

 願いがかなうのは、今日を含めて3日間ってことで、いいんだよね。

 確認し忘れたけど、それ聞くのにメビウス姉さんを呼んだら、きっとカウント1回。

 もう困った時にメビウス姉さんを呼べなくなる。









 この困惑も、見ているんだよね、メビウス姉さん…



 見てるだけかよ…

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ