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2 メビウス姉さん

 黒々した蛇が真っ赤な目で僕を見ている。

 僕の全身に鳥肌が立った。

 緊急事態。

 しかし、体は凍ったように動かなかった。


 意識が曇った。

 何でも簡単にキャパオーバーして諦め癖のある僕。

 できるだけ痛くないよう、怖くないよう、スイッチが自動で切れたのだと思うけれど。


 何も怖いことが起こらないせいか、ふいに意識が戻った。

 僕の目は開いたままだったはずだけど。

 何がどうなってそうなったのか不明。



 目の前に、涅槃仏のポーズでこちらを見ている女がいた。



 艶やかな長い黒髪が、肩からはらりと落ちる。

 紅蓮の瞳は深く穏やかな色を宿し。

 アラバスターの肌に印象的な赤い唇。

 黒いドレスは、上等な布を体に巻いただけようなシンプルさ。

 出るとこ出て、引っこむとこ引っこんでる体形くっきり。



 美人。

 我の強そうな女。

 すげえ苦手なタイプ。


「お前、露骨に嫌な顔を」


 やばい。顔に出た。

 僕は目を逸らした。

 気まずさのあまり、もう一度、意識も飛ばしてしまいたかったが、それはかなわなかった。


「我が名は、ユルムンガンド・レイディ・メビウス。そなたは」

「…エンジュ」


 名乗りたくない、自分のことを何も知られたくない、と一瞬思った。

 でも、この距離感で質問されて無視できるほどの心臓など、持ち合わせていない僕である。

 できるだけ関わりたくないオーラを出すから、察してもらいたい。


「エンジュ。先程は助けてもらい、礼を言う」

「いえ…あなた、もしかして、蛇、ですか」

「さよう」


 僕が状況を察するはめになった。

 蛇か。

 蛇が女に変身したのか。

 へー…



 異常事態だ。

 やっぱり関わりたくない。



「私はケチではないぞ」

「はあ」

「なんなりと申せ」

「はあ?」

「お前の願いを叶えてやろう」



 …

 …

 …


 急だ。

 異常事態だが、待て。

 これは、あれだ。



 いい方のやつだ。



 いいことしたら報われる系のやつだ。

 おとぎ話のあれだ。







 まじかー!






 体中、もう、内奧から粟立った。

 チャンス来た。人生の転機ってやつだ。

 ドロドロ気味の地面に寝転がって、向かい合って、寝物語風に、なんだこれ。


「い、いいんですか」

「うむ」

「ユルムンガンド・レイディ・メビウス様、あなた、蛇神様?」

「よく一度におぼえたな。さよう。遠慮せず、そうだな。メビウス姉さんと呼べ」

「ちょっとヤダ」


 ハッとした。

 まさかの否定が口から出た。

 あまりに非現実的すぎて、いろいろ麻痺ってしまった。


 僕の顔はただでも青白いのに、余計に青ざめてメビウス姉さん(すでに無条件受け入れ)をチラ見した。

 メビウス姉さんは、にんまりと両方の口角を上げて、僕を見ていた。

 ゾクッ…


「すみません! ごめんなさい! 生意気でした! メビウス姉さん! 間違いなくメビウス姉さん!」

「ふふふ。よいよい、気にするでない」


 メビウス姉さんはご機嫌な顔で白い手を伸ばし、僕の薄茶色のパサパサ髪をつまんだ。

 その手が流れるように動いて、僕の頬をなでた。

 ゾクッ…

 体中が縮み上がった。


 メビウス姉さんは、僕の頬をなでた黒い爪を赤い唇に当てて言った。


「もし沼に落ちていたら、寒かった。凍えずにすんだから礼をする。エンジュ、何なりと申せ」


 …

 …

 …

 夢より細部までリアルだから、きっと夢じゃない。

 マジなやつだ。

 今までの微妙だった16年が報われる時がきた。


 妄想だけは一丁前だ。

 こんな夢みたいなことだけど、驚くなかれ、想定内だ。任せろ。


 万一、こういう場面に出くわしたら、何を願うといいか、僕はとっくの昔に決めていた。

 だって、早く言わないとタイムリミット、残念でしたもう無理とかなったらイヤだし。

 つまんないことを頼んで、後から後悔するのもイヤだし。

 楽して得するため、僕はひとり勝手に決めていたのだ。


 降って湧いた幸運の使い道。

 それは。


 僕は、震えをこらえて、両腕に力をこめ、上半身を起こした。

 そして、しっかりと正座をして、メビウス姉さんに向かって、口を開いた。








「僕の思ったことが、すべて叶うようにしてください」

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