表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/19

19 いてくれるだけでいい

「持ち物はこれだけ?」

「はい」

「金はこれで全部か」

「はい」

「飲み物はどうした」

「あ」

「武器は」

「ん」

「一人で隣町ソレイユを目指していたと言うが、行ったことはあるのか」

「いえ」

「泊まる宿のあては」

「や」


 矢継ぎ早の質問を繰り出すジュドーが、どんどん青ざめていく。

 すみません。

 何かいろいろ申し訳ない。



 先程、木に蹴りを入れたジュドーは急速に落ち着いた。

 道から少し離れた平たい岩に座る僕のところに戻ってきて、ジュドーは質問を始めた。

 たぶんだけど、僕の愚行を理解しようとしてくれている。

 そして、話すほどに理解不能と思われていくのが分かる…。



 心なしか、ジュドー、昨日より頬がこけたようだ。

 黒髪が頬に影を落として、イケメンですな。


 僕は心に少し余裕を取り戻していた。

 なぜなら、もうジュドーは怒っていないことを感づいているからだ。


 ダメ人間な僕は、そういう基準でお気楽になるのです。

 只今のジュドーは茫然としているモード。

 さっきみたいに怒られるよりずっとマシ。

 さっきはマジちょー怖かった。


 一応、反省している風にうつむいてみたりして。

 ジュドーは腕組みして困った顔で言った。


「自殺行為に感じるんだが」

「や、目的はあるんです。ただ、思いつきで動くから失敗しがちで」


 バカってことなんだけど。

 僕は何だか恥ずかしくなって、鼻の横を右手人指し指でかきながら自虐的に言った。


「間違って死にそうですけど」


 突然、ジュドーが僕の右手首をガッと握った。

 あまりに急で、ドキッとした。

 ジュドーは驚くほど真剣に僕を見て言った。


「そういう言い方はやめろ」

「は…い」


 ジュドーは手を離した。

 僕は握られた右手首をさすった。ジンジンした。


 ジュドーだって、前に「うっかり死んでたかも」なんて言ってた気がするけど。

 自分はいいけど、他人が言うのはダメなのか。


 軽くむくれながら、僕は手首をなで続けた。

 ジュドーは自分の荷物と僕の荷物を合わせて肩にかけた。


「行くぞ」


 ジュドーは背を向けて歩き出した。

 僕は慌てて立ち上がり、着いて行った。


 隣町へ続く道に出た。

 ジュドーは村へ帰る方向を選ばず、隣町へと足を向けた。


 分かってはいたけれど、僕は確認せずにいられなかった。


「ジュドーは、あの、ソレイユに?」

「俺は」


 ジュドーは優しい。

 何気なく僕の前を歩くようでいて、僕の歩く速さを考えてくれている。

 僕は安心してジュドーの後ろを歩けた。


 ジュドーは荷物も持ってくれたしね。何だか気持ちが持ち上がってきた。僕の機嫌は、あっさり直るのだ。


 洞窟の時よりずっとジュドーを近く感じる。

 ジュドーは僕に背を向けたまま話し続けた。


「俺は、昨日のうちに旅装を整えた」

「どこか行く予定があったの?」


 僕は少し慌てた。

 ジュドーは小さく笑った。


「今朝、エンジュの家を訪ねた。エンジュは旅に出た、とおじいさんから聞いた」

「僕のところ」

「ああ。おじいさんもおばあさんも、エンジュのことなどもう知らない、あんな奴は野たれ死ねと繰り返していた」

「いつものこと…うわ。なんかごめん」

「いや。そうなのか。実は俺は、エンジュを誘いに訪ねたんだが」

「え、僕?」


 ジュドーは足を止めた。

 僕はジュドーにぶつかりそうになって、慌てて止まった。


 ジュドーは言った。


「旅に出ないか」


 ん?

 誘われてるの?

 僕が?

 僕は驚いてジュドーを見上げた。



 黒い優しい瞳が見下ろしていた。

 ドキッとした。



 僕は真っ赤になった。

 ジュドーだよ?

 これはしょうがない。


「僕と?」


 ジュドーが今度は恥ずかしそうに目を伏せた。

 ドキドキッ。

 何それ。


 ジュドーは顔を隠すように、再び前を向いて歩き出した。


「洞窟の儀式からずっと考えていた。エンジュを連れて危険地帯を練り歩きたいって」


 …

 …

 …


 油断大敵。

 忘れかけていた。

 ジュドーはやべー奴だ。


 ジュドーは僕の前を歩きながら拳を握った。


「生まれてから一度も得たことのない感触。もう一度、確かめたい。いや、一度と言わず」


 おいおい。

 僕まで危険な目にあうこと前提。


 今度は僕が青ざめる番だった。

 やべー。

 やっぱ、やべーよこいつ。


「エンジュがすでに旅立ったと聞いて、俺は本当に焦った。慌てて準備していた旅の道具を手にして、家族に挨拶を済ませて、走った」


 さすが。

 焦っている割にしっかりしてる。

 ひとつ疑問。


「親は止めなかったの」


 僕と違ってジュドーは自慢の息子のはず。


「俺が家を出ることはどのみち決まっていた。変に箔がついた四男など、こっちにその気がなくとも兄たちとの無駄な争いの種になるだけ。邪魔なだけだ。うるさい遠縁があれこれ口出ししてくる前に旅立ちを決めた俺を、父も母も喜んで送りだした」


 ジュドーは軽い口調で言った。

 あれ。ジュドーって、家ではそんなに大事にされてなかったんだ。

 ものすごく意外だ。

 びっくりして口を閉じてしまった僕に、ジュドーが聞いた。


「エンジュはなぜ隣町へ」

「え? あ、僕?」

「俺は早い段階から儀式の後、旅に出ようと思っていた。エンジュを誘うつもりで、急過ぎるかとも思ったが。まさか俺より早く、しかも大した備えもなしにエンジュが一人で出立しているとは考えもしなかった」

「あははは」





 実は、神殿に寝泊まりしていた間に、アラクラに尋ねていた。

 魔物について詳しい人を知らないかと。

 とにかく何でもいいので、メビウス姉さんにたどり着く手掛かりがほしかった。

 僕の知る頭のいい物知りは、アラクラしかいなかった。

 アラクラは、とても親切だった。


 隣町ソレイユのギルドAにいる魔術師ジャムに会いなさい。

 ジャムは大変な勉強家で、魔術だけではなく魔物についても非常に詳しい。

 ちょっと変わり者だけれど…私は貸しがあるから大丈夫。手紙を書いてあげる。


 アラクラは、根掘り葉掘り僕に事情を聞くこともなく、ジャムへの手紙を書いてくれた。

 ごめん、何もお返しができないけれど、とアワアワする僕に、アラクラは微笑みを浮かべて言った。


 仲間でしょ。


 そんなことを急に言われるもんだから、僕は衝撃で死ぬかと思ったけど…。





「探したい人がいるんです。それで」

「ソレイユにいるのか」

「いえ。たぶんもっとずっと遠くに。手掛かりがほしくて、アラクラが紹介してくれた人に会うんです」


 ジュドーは、歩きながら振り向いて軽く言った。


「手伝う。一緒に行こう」


 …

 …

 ひゃあああ。

 ジュドーもまた、細かいこと、何も聞きもせず。



 分かってた。

 ジュドーは僕から離れないって、メビウス姉さんがそう言ってたから。

 ジュドーがメビウス姉さん探しの旅に、きっと一緒に来てくれるって分かってたけど。


 …

 …

 …


 今の僕の心境は。





 うれしいー!

 めっちゃうれしいー!

 頭の中で打ち上げ花火がどーんと鳴る感じで、もう最高!

 ジュドーがいてくれるだけで、ものすごく安心!

 すっごい安心!

 てか、いないと旅なんてそもそも全然成り立たないし!



 反面。



 でも、怖えええええええ!

 ジュドーの希望は、「危険地帯を練り歩く」だぞ!

 付き合うのか、それ。

 付き合わないとダメか!?



 結果、複雑。





「ちょっとさ」

「ん?」


 頭がごちゃごちゃしたところにジュドーから声がかかった。何?


「エンジュ。敬語やめて普通に話そう」

「え! ああ。そっか」


 ジュドーに怒られて、ついつい敬語使ってた。


 気遣いしいのジュドーが戻ってきた。

 ジュドーは速度を緩めて、僕の横を歩いた。


 ジュドーの横顔の鼻筋があんまりきれいで、一瞬見惚れた。

 すごい。こんなかっこいい人と普通に話しながら旅をするんだ。

 ついこの間までとは全然違い過ぎて、まだまだいろんなことに慣れない。


「エンジュ」

「はい?」


 ジュドーはくっきりとした涼しげな目元に柔らかな色を乗せて言った。


「これからよろしく」


 !!!

 う。

 う。

 うれしい…。

 やっぱ、うれしい、が勝ちますね…。


「よ、ろしくお願いします」


 真っ赤になっちゃうのは、しょうがないよ…。











 僕は思っている。

 これから始まる。


 メビウス姉さんを探す旅は、僕を導いていく。


 どこへ。


 分からないけれど、きっと僕なんかには想像もできない世界へ。


 ジュドーがいる。

 怖くなったらジュドーの目を見る。


 その目から、任せろと返事がくる。


 だから、大丈夫。

 僕は進める。


 これは確信。これだけは。

 間違いなく、僕は未来へ歩き出した。




 僕が確信できることなどこの程度。

 あとは圧倒的な未知。



 この旅の中で、少しはマシなことを確信できるようになりたいものだ。



 …風が吹いて葉がゆれて、しゃらしゃらと音を立てる。

 メビウス姉さんに笑われたような気がして、くすぐったかった。







 なれるとも。お前の考えはすべて正解だ。







 そんな空耳のような空想に照れ笑いしながら、僕はジュドーと歩き始めたのだった。





















最後までお読みいただき、ありがとうございました。

少しでも楽しんでいただけましたら、とてもうれしいです。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ