表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/19

17 朝です

 翌朝、僕は普通に目を覚ました。

 同い年くらいの神官見習いのヤツが世話係になったとのことで、食事や着替えを持ってきてくれた。


 部屋には風呂もトイレもあって、死ぬほど快適。

 生まれて初めて、誰にも咎められずのんびりとした時間を過ごせた。


 食べて、あったかい風呂に入って、清潔な服を着て、布団でゴロゴロ…

 シーツも見習いが代えてくれたから、すげー気持ちいい。


 最高…!


 出てけと言われるまで、布団でぐーたらしてよう。

 生来怠け者の僕である。

 自分から何かしようなんてこれっぽっちも思わない。




「おう。起きたか」


 そこにタロスがやってきた。

 タロスも白いシャツを着ている。どうやら、神殿的に皆同じ服のようだ。


 戦闘でひどいダメージを食らったはずなのに、めっちゃ元気。ありえん。こいつもどうかしている。


 タロスはズカズカ入ってきて、僕のベッドに腰掛けた。

 図々しい。僕は一人でもっとダラダラしたいんだ。

 具合が悪いとか言って追い出してやろうかと思ったところ。


「やっぱり思った通りだな」


 タロスが何か言い出した。

 あ。

 そう言えば、タロスもアグラの洞窟で、僕の目を覗いたんだっけ…

 

 漠然とヤバイと思ううちに、タロスはとんでもないことをし始めた。

 僕の布団をはがして、寝巻きの裾から手を差し入れてきたのだ。


 はあ? アホか!


 僕は反射的に身をよじった。

 タロスの無遠慮な右手が、僕の背中をはい上るように直に肌に触れた。

 

 ゾクっとして背を弓なりにしながら、僕は必死に逃げた。

 そして、ベッドの足元側から転げ落ちた。


「おいおい。元気だな」


 タロスが呆れた口調で言った。

 ふざけんな!

 腰打ったぞ。

 お前のせいだろうが〜!


 痛む腰をさすってにらみあげると、ベッドから笑って見下ろすタロスと目が合った。


「きれいだ」

「へ?」


 タロス?

 僕の頭はクエスチョンマークでいっぱいだ。

 タロスはヘッドから立ち上がり、僕の前に立った。


 …

 タロスの視線が変だ。


 僕は思わず膝を抱えた。

 タロスは手を伸ばし、そのままの形の僕を軽々と持ち上げて、ベッドに置いた。


「俺は分かっている。隠さなくていい」

「へ?」


 タロスは訳知り顔で頷いている。

 その視線は何というか…甘い。


 彫りの深い顔が妙な熱を伝えてくる。

 何これ。

 僕はジリジリとベッドの上で後退した。


 タロスは顎をやや上げて、僕を見下ろすような流し目で言った。



「エンジュは女なのだろう」



 …

 …

 …

 は?



「大丈夫。俺の口は堅い。これまで秘密にしてきたのだろう。パサついた髪で顔を隠し、薄汚れたボロをまとい、下品な口を聞き。小汚い小僧にしか見えぬようにして、己の身を隠してきたのだな」



 茫然。

 …

 …

 …

 僕、そんなに汚かったか。

 タロスは、何かと無意識的失礼がヒドい。


 ってか、何だその盛大な勘違い。

 僕の返答能力を超えた次元の発想だ。

 ってか、いきなり服の中に手を入れて、僕の体を触って、男か女か確認しようとしたってこと?


 僕がドン引きしていると、タロスはベッドに膝を乗り上げ、前のめりに近づいてきた。


 そして、手を伸ばし、僕の前髪をまとめてつかんだ。

 顔を隠すものがなくなり、僕は慌てて視線を下げた。


「俺としたことが、顔を見るまで気づかなかった。こんなに美しい女が身近にいるとは」


 僕…のことか。

 マジか。

 いや、女じゃないし。

 …本当は、じゃないとも言えないみたいだけど。

 ある意味、タロスの嗅覚の鋭さなのか。

 いや、やっぱり鋭いとかそういうんじゃなく、タロスがおかしいだろ。


 てか、美しいって。

 蛇毒にでも頭をやられたのか。


 あまりのことに、言葉が出てこない。

 対して、タロスは多弁だ。



「これからは俺が守ってやる」



 きゃ! ステキ、ロマンティック!

 …って、なんねーよ?


 タロスが何もかも思い込みのまま一直線に、僕に迫ってきた。

 僕はたじろいだ。


「無理…」


 やっとそれだけ声が出た。

 だって圧がすごくて。

 前髪をつかみ上げられたまま、ベッドヘッドまで追い詰められている。


 タロスは、迫力ある甘い熱量を乗せて言った。



「俺がエンジュの事情を全部引き受けてやる」



 ドキッとした。

 殺し文句。

 思わずタロスの目を見てしまう。

 視線が交差する。

 ヤバイ。

 間近で熱の直撃を受けて、脈拍が速くなり、頭の奥が痺れる。


 避けていた目が合うと、タロスは、仕留めたと言わんばかりの獰猛な笑みを浮かべた。



「やはり事情があるのだな。エンジュを傷つけるすべてのものを俺が排除する。俺に身を委ねるがいい」



 ギラつく直線的な意思を向けられ、僕の心のどこかが痛んだ。

 タロスは強者だ。

 強い力が僕を守ると言っている。

 本当に守ってくれるの?

 急激に目が回り僕の世界がぐらつく。





 タロスはベッド上で両膝立ちのまま、僕を引き寄せて抱きしめた。

 僕の全部が圧迫された。





 僕はギュッと目を閉じた。

 タロスの固い筋肉の中に囚われた。





 面倒なすべてのことを、この頼もしい腕が引き受けてくれる?

 それなら、いっそ何もかも投げ出してしまいたい。

 つらいことみんな。

 考えることも。

 動くことも。


 頼っていいの?

 側にいて、ずっと囲ってくれる?

 不安と恐怖をなだめてくれる…?



 熱くて苦しくて甘くて気持ちいい。

 神殿の洗剤の香りの奥に、タロスの汗の匂いがする。あまりの近さに慄きながらも。

 こんなふうに求められて抱きしめられることも、当然初めてで。



 唐突な展開に何もかもがグラグラと揺れて定まらない。

 思考など吹き飛んで。

 勝手にひとしずく涙が出た。











「朝です。そしてここは神殿です」


 僕はパッと目を開いた。

 冷え冷えとした戒めを込めた声。


 いつの間にか、ベッドの横にアラクラが腕組みをして立っていた。


「チッ」


 軽く舌打ちをして、おしい、と呟きながら、タロスは僕を離しヘッドを下りた。

 体が解放され、僕はへたり込んだまま深く息を吐いた。

 心臓がバクバクいっていた。


 アラクラはビシッと言った。


「タロス。頭を冷やしなさい。気が多いにもほどがあります」

「悪いなアラクラ。俺は今、エンジュが好きなんだ」

「部屋で冷水でも浴びなさい」


 ギャー!

 間違えようもない直球表現!

 マジか!?

 僕、タロスに告白されたー!


 …

 …

 …

 ちょっぴり喜んでる自分がコワイ。





 タロスは軽やかに肩をすくめ、また来ると笑って立ち去った。

 キュンときた。

 ヤバイ。

 ヤバくないですか、僕。

 ヤバいですよね。





 アラクラの眉間のしわが消えた。


「エンジュ、大丈夫?」

「う、うん」


 アラクラは喉元までピッチリ覆い隠すブラウスと黒いロングスカート姿だった。

 茶色の髪をしっかり編み上げている。元気そうだ。


 かわいい。

 ドキッとした。

 無節操なのは僕だ。

 なんかもう、スミマセン。


「エンジュが目を覚ましたと聞いて来てみれば、こんなことになってるなんて。でも、タロスのあれは、しょうがない面もあるの。戦いの後、戦士は心身の興奮がなかなか冷めないものなんですって」

「こ、興奮ですか…」

「そ」


 アラクラは、かわいい顔をしているが、バシッと言う。

 僕がドギマギする中、アラクラは重ねて言った。


「大事なことだから、おぼえておいてね。戦闘で興奮している戦士に迂闊に近寄ると、パクッといかれちゃうから」

「パクッと…」

「こんなにきれいな子だったのね。危ない」

「き、きれい?」

「鏡を見たことないの?」


 じいちゃんとばあちゃんの家には、ひび割れてくすんだ鏡がひとつある。使わせてはもらえなかったけど。


 お風呂なんて贅沢なものはない。近くの川で適当に体を流してた。

 今みたいに自分をピカピカに磨いたことはなかった。


 みんなから、汚物扱いされて、それが当たり前だった。


 僕がきれいって、どんな魔法?

 メビウス姉さんの差し金?


 ベッドにへたりこむ僕の両手をアラクラがそっと握った。


「エンジュ。男の子だからって油断してはダメよ」


 心配な顔をしてアラクラが言った。



 昨日のあれ、ジュドーもかなりおかしかったけど、興奮してたってことなのか!

 最後までディアボロスと戦ってたのはジュドーだし。

 ジュドーはタロスほど直球じゃないから、よく分からない感じだったけど。






 そうか。戦闘で興奮したせいかと納得しながら、僕はジュドーとタロスに与えられた体感を整理しかねていた。


 うれしかった。

 そう。僕は単純に、うれしかったんだ。

 僕を見て、僕を呼んで、僕に触れてもらえたことが。


 アラクラに心配してもらい、声をかけてもらえることもうれしくて。


 僕だって興奮してる。

 もっともっと、って求めてしまう。


 感情が錯綜して、自分を見失う。






 何したいんだっけ。これからどうするんだっけ。













 とにかくこんな風に、成人の儀を挟んで、僕の人生は一変してしまったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ