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16  神殿にて、夜

 …メビウス姉さん…

 …姉さん

 …姉

 …さん






「大丈夫か」

「はっ」


 目覚めた僕の前に、ジュドーの顔があった。

 心臓がバクバクいって、耳にうるさい。


 夢のせいか。

 目の前のジュドーのせいか。


 全力疾走の後のように呼吸を乱す僕に、ジュドーは再び声をかけてきた。


「目が覚めたか。俺が分かるか」

「…ジュドー…?」


 僕の反応を受けて、ジュドーが頷いた。

 何でジュドーがいるの?

 状況はさっぱり分からなかった。


 僕は寝心地の良いベッドに横になっていた。

 ジュドーは左のベッドサイドの丸イスに腰かけて、僕の顔を覗き込んでいる。

 ベッドの右側は壁で窓があり、カーテンは開きっぱなし。きれいな満月が夜を照らしているおかげで、ジュドーがよく見えた。


 ゆっくり意識が持ち上がってくる。

 えっと。

 何してたんだっけ。


 …

 …

 …


 視線を落とした先、ジュドーの右手を、僕の両手が握りしめているのが見えた。


 寝ぼけですね!

 すみません!


 僕はハッとしてすぐに手を離そうとした。

 僕が手を動かそうとした時、ジュドーの手が先に動いた。


 ジュドーは僕の左手を包むように握り込んでしまった。


 温かな手は、決してきつく握ってはこないものの、固くてほどけない強さだった。

 僕の逃げた右手は困惑して柔らかな布団をギュッとつかんだ。

 

「あの」

「ここは神殿だ」


 左手に伝わる妙なぬくもりにドキドキする僕に構わず、ジュドーは説明をし始めた。


「神殿」

「そう。アグラの洞窟から俺たちは神殿にワープした。分かるか?」

「洞窟。儀式。ディアボロス…踏破の証」

「そうだ。踏破の証に刻まれた魔力によって、俺たちは神殿に運ばれた」


 神殿にワープした時、意識があったのはジュドーだけだったらしい。

 神殿の神官たちは大騒ぎだったという。

 アグラの儀式で、これほどの深手を負って戻った冒険者はこれまでになかったとのこと。

 ゲリュオン、ディアボロスの出現に至っては論外。

 その上、ディアボロスまで打ち倒しパーティーが生きて戻ったもので、前代未聞の大事件という扱いになった。


 …アグラの洞窟の儀式は、僕が思っていたよりずっと形式的なものだったようだ。

 僕の無知のせいで異様に本気の試練になってしまった模様デス。

 …

 げふんげふん。

 …

 いろいろおいといて。まずは僕たちそれぞれに個室があてがわれ、傷の手当てをということになったそうな。


「俺のこれはケガのうちに入らない」


 また、ジュドーがおかしなことを言っている。

 血だらけでディアボロスと戦っていましたが。

 ジュドーは白いシャツの下に包帯を巻いているようだが、何てことないらしい。


「タロスもアラクラも少しして目を覚ました。エンジュだけが、昨日のうちに目を覚まさなかった」


 丸々1日、眠っていたとのこと。

 さすが何もしていないのに弱っちい僕である。


「俺の部屋は隣だが、呼ぶ声が聞こえた」

「声」

「しきりに呼んでいた。俺を呼んだのかと思ったが」

「呼んだ?」


 助けてジュドーと叫び続け、任せろと応じられた記憶が脳裏をよぎった。

 恥ずかしい気持ちが湧いて、足の指に力が入り、足先がギュッと丸まった。


「姉さん、と聞こえた」

「あ」


 今度は僕はギクリとした。

 そうだ。

 メビウス姉さん。

 夢を見た。

 夢じゃない。

 そうだ。夢じゃない。そうだ。


 あまりに複雑な気持ちが一気に渦巻いて、僕は動揺した。

 ジュドーのことだけでいっぱいいっぱいな所に、メビウス姉さんのアレコレまで浮かんだら、もう何をどう考えていいのか分からなくなる。


 僕が目を泳がせる中、ジュドーが動いた。

 ジュドーは左手で僕の左手を握ったまま、自分の右手を伸ばしてきた。


「ひゃ」


 思わず変な声が出た。

 ジュドーの右手が僕の前髪をかき分けて、額に触れてきた。


「まだ、熱っぽいな」


 ジュドーは言いながら、僕の目を覗き込んでくる。


 額に触れるぬるい手の感触。

 月の光を映す黒い瞳のベクトル。


 触られることに慣れてない。

 見つめられることに慣れてない。


 熱のある体が余計に熱くなる。

 背筋がむずがゆくて肩をすくめる。

 右手が必至に布団をつかむ。


 恥ずかしくて身を固くする僕に気づいているはずなのに、ジュドーはそれを全部スルーしてやりたいようにする。


「色が見えるんだ」


 今度は何。

 ついてけない。

 ジュドーは僕の額に手を置いたまま、僕の目を覗いて繰り返した。


「エンジュの目の奥に、見たことのない色がある。月明かりだとよく見える」

「い、ろ」

「色。緋色」

「ひいろ」

「燃え盛る炎のような」

「炎」


 何てことない薄茶色の目のはず。

 炎の色。

 僕はすぐにメビウス姉さんの紅い瞳を思い出す。


「何を考えている」

「いっ…」


 左手を少し強く握られる。

 意識がぎゅっと戻って、ジュドーと目が合う。

 探るような視線が向く。


「エンジュには姉がいたのか」

「や…」


 何と説明していいか分からない。

 隠すつもりとかじゃなく。

 言葉につまる。

 そんなに上手に話せるわけないじゃん。

 普通の話もできないのに。

 どうしていいか分からず、顔を背けてしまう。


 僕の困惑をどう取ったのか、ジュドーの右手が僕の額を逸れて後頭部に回った。


「いっ…!」


 痛!

 ジュドーの右手は僕の髪をギュッと握って、無理やり顔を仰向かせた。

 ひどくない!?


 でも、こういう扱いの方が慣れている悲しさ。

 むしろムッときて、ジュドーをにらんでやった。


 ジュドーの目が揺れて、まばたきをした。

 ジュドーの右手から力が抜けて、僕の頭は解放された。


「のど、乾いてないか」

「…カラカラです」


 ジュドーは僕から手を離し、ベッドサイドテーブルの水差しを取った。トクトクとコップに水を注ぐ音がした。

 差し出された水を飲むため、僕は上体を起こした。フラつく。

 僕がコップを受け取ると、ジュドーは膝を抱えるように片膝だけ丸椅子に乗せて、窓外の月を見上げた。


 僕は水を飲んだ。

 美味しかった。体に沁みた。

 具合が悪くてだるい時に、水を差し出してもらえるって、幸福なんだなと感じた。


 前髪のカーテン越しにジュドーをチラッと見た。

 鼻筋の通ったきれいな横顔だった。

 月明かりを浴びて、黒い瞳が輝いている。


 胸の奥がどうしようもなくうずいて、僕はコップを持つ両手を胸元に押し付けた。


 あの瞳に覗かれた僕の目の中の緋色。

 ジュドーは、アグラの洞窟にいる時から、僕の中の何者かに勘付いていたのだ。

 2回目に見られた時は、僕は目を閉じてしまっていたけど。



 緋色が昔からあったものなのか、成人の儀に当たって出てきたものなのか、それさえよく分からない。

 魔なる大蛇とやらに関連したものなのか、単なる色彩なのか。

 …僕に何かの正解を求められても、正直困る。



 今もジュドーは思案顔で月を見ている。

 何を考えているんだろう。

 エンジュはエンジュとして考えてたらいい、とジュドーは言った。

 僕は何を考えたらいいんだろう。







 僕は水を飲み干した。


 ゲホッゲホッ


「大丈夫か」


 むせた。

 本当にかっこ悪くてイケてない。そんな僕の背中を、ジュドーがとんとんと叩いた。そして、僕の手からコップを引き取った。

 ジュドーが与える感触のひとつひとつに、いちいちゾワゾワしてしまう。


 僕は、フカフカの枕に横向きに倒れこんだ。

 ジュドーに背を向けて目をつむり、眠たいアピールをした。

 本当に寝たかった。

 体がつらいし、思考が働かない。


 柔らかな枕に頭が沈むと、グワッと眠気が訪れた。多分、寝逃げも入ってる。さすが僕。


 背中の側にジュドーがいることを感じていた。

 あいつ、立ち去る気配がありませんが。

 もう知らね。僕は眠いんだ。


 僕の様子を見ようとしたのか、ジュドーが少し近寄ってきたようだったけど、その辺りでスウッと意識が遠のいていった。



 とりあえずいろんなことを棚上げにして、僕は寝落ちたのだった。












 以下、寝入り端のわずかな思考。










 …

 …

 メビウス姉さんは、僕におとぎ話を仕掛けた。

 僕はおとぎ話の中で、たくさんのものを手にした。



 かつてない体験、未知の力、仲間、成功、剣(!?)、出自、血縁…



 アグラの洞窟の儀式は、成人の儀。

 カイナ村で大人の仲間入りをする僕に、メビウス姉さんはプレゼントをくれたのかもしれない。



 ひとつひとつ僕には大きすぎて、どれもこれも全容が分からないという始末だけれど。



















 僕は、メビウス姉さんが恋しかった。

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