12 決戦前の小休止はいろいろゴタゴタするタイム
腕の傷がふさがってしばらく経つと、タロスは体を起こして出発を宣言した。
傷がふさがったとはいえ、治ったというレベルではなくて顔色も悪い。
「もう大丈夫だ。さっさと行くぞ」
ぎらつく目でタロスは言い放った。
なんつー負けず嫌いの虚勢。
そういう強さがイラつく。
なんかすげームカつく。
…
…
…
ジュドーは異を唱えることなく出発した。
アラクラは、私が次に行きます、とキリッと言ってジュドーに続いた。
頬筋がピクリと動いたけれど、タロスは黙ってアラクラの後ろを歩いた。
無傷の僕は、タロスの後ろ、相変わらずの最後尾だ。
タロスの背中は大きかった。ジュドーもアラクラも見えなくなった。
タロスの右腕は包帯でぐるぐる巻きだ。
利き手ではない左手で大斧を持っている。
足取りは僕よりよほどしっかりしている。
…
…
…
自分の中で何が起こったのか自分でも分からない。
気がつくと僕は動いていた。
僕の口が。
あの…。
「なんだ」
蚊の泣くような声にも関わらず、タロスには聞こえたようで振り向いた。
攻撃的なギラギラした視線に僕はすくんだ。
あの…。
「だから、なんだ」
すっかり縮み上がってしまった僕の口は、それでも勝手に動いた。
持ちましょうか、斧…。
「はあ?」
僕はビクッとした。
タロスの返答に含まれる棘にグサグサやられた。
タロスは呆れた口調で言った。
「ありえん。何をたわけたことを」
タロスは鼻で笑って前に向き直った。
ごめん、とだけ僕はつぶやいた。
自分でもどういうつもりだったのか正直分からない。
ジュドーと話せて、許されて、きっと調子に乗ってしまったのだ。
僕は口を開いたことを後悔しながら必死に歩いた。
失笑がお似合いだ。
こうしてクソらしい扱いを受けてうなだれているのが僕だ。
浮かれて忘れるところだったよ、メビウス姉さん。
何度かモンスターに遭遇した。
アラクラの援護を受けたジュドーが、ことごとく斬り捨てた。
なんとなく、ジュドーの戦闘能力値が加速度的に増している気がする。
タロスは険しい顔をしながらも、無理に参戦することはしなかった。
やっぱり傷が痛むし、体もだるいのだろう。
ある時、すばしっこいブラッキーがたくさん出てきて、アラクラの脇をすりぬけて僕の方へ襲いかかってきた。
「ふん!」
タロスの大斧が動いた。
ブラッキーは散った。
かろうじて立っていた僕は、へなへなと座り込んでしまった。
タロスが妙な顔をして僕を見た。
それからタロスはモンスターに遭遇すると、僕の前に仁王立ちするようになった。
戦闘中のジュドーの気配りの視線が遮られた代わりに、大きな背中の壁ができた。
タロスは時折向かってくるモンスターを叩き伏せた。
大ケガを負っているとは思えない動きだった。
そうして、とうとうその時がやってきた。
「ここがアグラの洞窟の最奥部です。この岩の扉の向こうに祠があり、そこに踏破の証があるはずです」
アラクラが言って、岩の扉を見上げた。
戦士と竜が戦う絵が彫り込まれ、魔法で封印された扉だった。
「私たち4人が扉に手をつけば開きます。最終決戦のモンスターがいるはずです。ここで準備してから行きましょう」
アラクラの表情が曇った。
「ゲリュオン以上のモンスターが出てくるとは考えたくありませんが」
「最悪の事態を考えて動くべきだ」
ジュドーが冷静に言った。
ジュドーはゲリュオン以上のモンスターが出てくると考えているようだ。
タロスの表情は相変わらず険しい。
僕の考えは…いつだって最悪方向だ。
残念ながら、「そうじゃない、違うはず、と考えるほどに、どうせそうだ、と確信する悪いループ」にがっつりはまっている。
身に染みついて覆せない思考だ。
絶望的である。
「死ぬかもしれんということか」
誰もが言えなかったことをタロスが口にした。
僕は怯えた。
屈強なタロスが死を口にすると、その迫力はすさまじい。
「アラクラ」
「はい」
タロスは激しい顔つきのまま、アラクラに言った。
「好きだ」
え!
…
…
え!?
「好きだ。アラクラ。答えが欲しい」
ええ!?
今ここで?
今?
タロスの頭はどうなってる。
いろいろよく分からなくて僕はピキッと固まった。
こういうタイミングで、そういうの、ありなの?
「ごめんなさい、タロス。私はあなたに応えられない」
アラクラはきっぱり断った。少しも迷わず断った。
優しげな顔をしているが、意外とアラクラは言うことは言う。
とはいえまあ、そりゃそうだろうという結果だ。
今までの雰囲気からいっても、二人が両思いという要素はひとつも見受けられなかった。
タロスときたら、心底疑問であるというふうに聞くのだ。
「なぜだ」
「だってタロス。あなた先日、メラに告白したでしょう」
アラクラはあっさり返した。
マジっすか。
そうなのかタロス。
タロスは大まじめだ。
「それはそれだ。今はアラクラが一番だ」
「気が多すぎます。私はもう少し一途なので」
「俺は自分に正直なだけだ。嘘偽りなく今の俺には、アラクラ以外に好きな女はいない」
「ごめんなさい。無理です」
すげーよ、タロス。
人前で告白。
がつんとふられる。
女にだらしないことを公表される。
めげずに再告白する。
再びふられる。
いろいろそれでいいのか、タロス。
アラクラのお断りっぷりも見事だ。
予断の入る隙間もない。
タロスはぎりりと歯を食いしばり、悔しそうな顔をした。
そして、急にガッと顔を上げた。
にらみつける相手はジュドーだ。
「涼しい顔をしやがって。貴様、アラクラの想いを分かっているのか!」
急に話を振られて、さすがのジュドーも目をぱちくりとした。
おや、タロス。
アラクラがジュドーを思うことには気づいていたのか。
あれは玉砕覚悟の告白だったということか、無茶な…!
「答えろ、ジュドー!」
「いや、俺は、それどころではないことで頭がいっぱいなんだ」
ジュドーは片手を上げて、迫るタロスをいなしながら、チラッと僕を見た。
僕の背筋がピッと伸びた。
ジュドーの視線を追ったタロスは僕を見て舌打ちをした。
「真面目か!」
タロスの悪態は、ジュドーの実態からちょっとズレているのだが。
いやそれよりも、アラクラがさっきより青ざめている。
タロスの無意識的周辺破壊力はんぱねえ。
ビクビクする僕を見て、明らかにタロスはいら立ちを募らせた。
「お前がパーティーにいるせいで、俺たちの命が危険にさらされている!」
爆。
正解。
タロスは正確に僕の急所を刺してきた。
死ねる。
「それは違う」
ジュドーが冷静な強い声で反論した。
「守るべきエンジュのおかげで、強くなれるんだ」
「てめえ。どこまでも優等生だな!」
タロスはいきり立った。
いや、ジュドーのそれは一見まともなセリフだけど。
ニュアンスが違うのだと僕は知っている。
「ケンカはやめて」
アラクラがしっかりした声で言った。
目を潤ませながら泣かないアラクラは強い。
そう。アラクラって、強いんだよ。
「ふん! 言いたいことは言わせてもらった。俺の腹にはもう何もない」
タロスが笑みを浮かべた。
凶悪な顔だ。
いったい何だっていうのだ。
「俺は戦士だ。勝つまで戦い、いつかは戦いに死す。常に死に臨み立つ俺は、心残りなど常に何一つ持ちはしないのだ」
人種が違う。
違い過ぎてもはや、嫌いと思えるレベルすら越えてきた。
戦士タロス。
わけが分からない。
タロスがブンッと首を振って僕を見た。
僕は文字通りぴょんっと跳ねた。
「エンジュ。本当に邪魔だから、お前は俺の後ろにいろ」
僕はこくこくと必死に頷いた。
僕が素直に従うと満足な様子で、タロスは笑うのだった。
まるで真夏の太陽のように。
僕の耳の奥で、「タロスって笑うとちょーかわいいよね!」と言ってはしゃぐ女たちの声が蘇った。
ばかじゃねえの、意味分からんと思っていたんだけど。
ちょっと分かると思ってしまったことが恥ずかしくて、僕は胸元の服をギュッと握った。