1 蛇を助けた
森の中の小さな沼地で、蛇が倒れていた。
すごく変な言い方だけれど。
バタッという感じで倒れて(?)いるのは大きな蛇だ。
あの頭、華奢な僕と同じくらいの大きさだ。
僕は、16歳なのに12歳くらいにしか見てもらえないサイズ感だけど、相手は蛇だからね。
うん。あの蛇は大きいよ。
風呂につかるように、蛇のしっぽの大半と思しき部分は沼に沈んでいる。
岸にだらんと上半身(?)を横たえて、蛇は目をつむっていた。
…
そもそも、蛇、なのか。
黒々としたうろこに覆われたつるりとした顔は蛇。
でも、大きすぎるような気がする。
大蛇って言葉もあるが、沼に沈んだ全容は計り知れない。
突然変異の新種なのか。
死んでいるのかもしれない。
全然動かない。
ここはカイナ村の外れにある森の沼地。
ひ弱な僕が、些細なことで勝手に傷ついた時に、村から逃げ込む隠れ家だ。
蛇。
ひと気のない、薄暗い、ひんやりじめじめとしたこの場所にぴったりの闖入者。
どうしてだろう。
その時僕は、いつもの弱気な僕では考えられない行動をした。
僕はじりじりと蛇に近づいて、蛇の頭の横に立ったのだ。
蛇は動かない。
足が震えた。
いつもの僕なら、すぐにこの場を立ち去ったはずだ。
体の芯もゾクゾクした。
こんな近くに大きな蛇がいる。
生きているかもしれないのに。
死んだふりをしていて、ガブリとかみついてくるかもしれないのに。
村の若者たちに小馬鹿にされて、ちょっとヤケになっていた時だったってのもある。
蛇にかまれて死んだら、それはそれでしょうがない。
そこまで思っていたわけではないと思うけど。
見下ろす先には、びっしりと黒いうろこに覆われた立派な蛇。
体中が変な感じにゾクゾクむずむず。
急に、蛇が動いた。
目をさましたんではなく。
ズズズッと、沼に引きこまれるように、蛇は突然沈み始めたのだ。
僕の体が跳ねた。
ぴょん。
もう反射的に。考えなしに。
がっしりと。
僕は無我夢中で蛇の頭を抱えていた。
一人綱引き。
何度も言うけど僕は華奢だ。ひ弱だ。
だからバカにされるんだ。
筋力も体力も、女の子にだってかなわないくらいだ。
助けて。
そこからは必死過ぎて、酸欠過ぎて、記憶がほぼないくらい。
必死こいて蛇を引っぱった。
重い、重すぎる。
落ちる。
まかり間違って、僕まで沼に沈む。
やめてくれ。
人知れず、一人で勝手に蛇と沼に沈むとか、嘘でしょ。
あまりにもバッドエンドで泣ける。
僕は、気がつくと、大の字で地面に伸びていた。
ハアハアと荒い息が整ってくると意識も戻ってきた。
気配を感じて首を横に向けると、大きな蛇の頭があった。
蛇の目が開いていた。
真っ赤な蛇眼が僕を見ていた。