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第四話 『名』

 すごく歩きづらい。

 こんな柔らかい地面の上なんて見たこともないんだもん。足を上げるだけも一苦労だよ。


「ジャック、もう少しゆっくり歩いてよ。この子疲れてるよ」


 ずっと手を繋いで、わたしの速さに合わせてくれているユキが話すとジャックは


「お、おう。悪いな」

「本当だよ。女子の歩く速度に合わせられないなんて、それじゃモテないよ?」

「そこまで言うか……?」


 段々この二人の会話にも慣れてきた気がする。


「もう少し歩けば森に入るはずだ。そこで一旦休めばいい」

「そうだな。それまでは頑張れるかい? えーと……そういえば名前が分からないんだったな」


 シグマの意見に乗ったジャックは悩ましげな顔を浮かべてこっちを見ている。

 

「あ、名前ね。何がいい?」

「え……名前……」


 なんだかユキからは変な期待の視線を感じるけど、どんな名前がいいかと聞かれても分からない。

 もちろん一番馴染んでいるエリーがいいんだけど、それだとシリウスとの約束破ることになるし……。


「ハングさんの子供の可能性があるならその名前でいいんじゃないか?」

「確かナノちゃんだっけ。でも、もし違った時がややこしくない?」

「それもそうだな……でも違う名前にしたとして、それでナノちゃんだった時もややこしくないか?」

「一理あるね……」


 なんだかややこしい会話をしてる気がするけど、口を挟んだからもっとややこしくなりそうだ。わたしは黙ったまま歩いていると、シグマが


「どちらにせよ、仮名には変わりないならハングさんのとこの名前は止めた方がいい」

「どうして?」

「本当にナノなら、それで良かったねで済まされるが、違った時はハングさんと奥さんを傷つけることになる。俺達は英雄であっても、人の子を決める神様じゃないだろ」


 ものすごく難しいことを言ってる気がする。

 

 シグマの話を聞いた二人は「うーん……確かに」と言いながら眉間にシワを寄せていた。


「あの……」


 わたしは勇気を出して口を挟んだ。そうだ、三人ともわたしの為に考えてくれてるんだ。

 シリウスが言っていた。どんな相手でも思いやりを持って接しなさいと。そうすれば誰もが自分を認めてくれるって。


「どうかしたのかい?」


 ジャックは優しげな表情でわたしに反応する。


「その……名前、フェリク……がいい」

「「フェリク?」」


 咄嗟に思い付いた名前がこれくらいしかなかった。でも、どうせなら好きな名前がいい。

 別にフェリクが好きなわけじゃないけど、今のわたしはまるでフェリクみたいなんだもん。

 裸足ではないけど、こうやって知らない世界を歩いている。だったら、この名前が今のわたしには似合ってる気がする。


「うん……駄目……かな?」

「フェリク……うん、いいんじゃないかな?」


 ジャックは賛成してくれた。それに続いてユキも「いいね!! 改めてよろしくね、フェリクちゃん!!」と言って抱きしめてきた。ちょっと暑苦しい。


「名前も決まったことだし先に進むか」


 シグマはようやく一段落したと言った表情で前を歩き、小さく欠伸をしていた。

 でも良かった。これでまた変に揉めたら嫌だもん。気を遣えるわたしって大人だなぁ。

 

―――――


 数時間歩いていると、たくさんの木が生えている場所に足を踏み入れていた。

 

「どうしたのフェリクちゃん? そんなにキョロキョロして。何か見つかった?」


 わたしは木を見るのが初めてだ。絵本に描いていた通り、表面はごつごつしていてすごく大きい。

 こんなに灰を被っていなかったけど、きっと本の間違いなんだ。もしシリウスと再会したら教えてあげよう。わたしの方が物知りになったら驚くだろうなぁ。


「何でもない、何でも……」


 ここにいると、たまにどうやって接すればいいか分からなくなる。

 三人とも悪い人たちには見えないけど、あの話が本当だとしたらやっぱり悪い人たちになるのかな。

 ユキはいつも笑顔で話し掛けけてくれるし、ジャックはいつも優しい。

 でもシグマだけはどこか好きになれない。メイドさんたちを殺したと言った時の声はとても冷たくて怖かった。わたしに怒ったりはしないけど、たまに見てくる目はなんだか鋭い。


「おい、あそこに広い場所があるぞ。少し休もうか」


 考え込んでいるわたしの横でジャックが指を差していた。先を見ると、木に囲まれてはいるけど座るには丁度良い砂場がある。灰しかないけど。


「そうだね、丁度小腹も空いたし。あ、ちょっと待ってて!!」


 そう言ってユキは先に砂場に行くと布袋から大きな布を取り出して地面に敷き始めた。


「よし、これでお尻は汚れないね!! さあ!! 休もうではないか!!」

「どうして遠足道具だけは充実してんだよ……」


 ジャックとシグマは胡坐を掻いて上に座り、剣と盾をそれぞれ横に置いた。

 

「フェリクちゃんは私の膝の上でいいよぉ」

「いや、それだと敷いた意味ないだろ」

「あるもん!! だって私が汚れちゃうじゃん!!」

「あの子の為に敷いたんじゃないのか!?」


 結局どこに座ればいいんだろう。


「二人はほっといて好きな所に座るといい。とはいっても、そこまで広くはないがな」

「う、うん」


 わたしは空いてる所に体育座りした。前でユキがふて腐れた顔しているけど見なかったことにしよう。

 休憩して少しするとシグマは


「さて、まだ話していなかったがこの先どうする? 帰ったとして状況を報告したとして。また旅を続けるか?」


 彼の言葉を聞いた瞬間にユキは真顔になった。


「この先か……結局、真相は掴めなかったもんね。ジャックはどうしたい?」

「俺は……また旅をしたい。全ての真相を暴くまで旅は止めないよ。これはここまで来る前に決めてたことだからな」

「そうだよね……ジャックならそう言うと思った」


 真相てお城と何か関係があるのかな。詳しく聞きたいけど、こんな重い空気の中では口を開きずらい。


「私さ……辞めようと思うんだ……英雄」


 ユキの一言で二人の顔色が変わった。ジャックは声を震わせながら


「お、おい。それ本気か? 俺達は選ばれたんだぞ? それを今になって自ら放棄する気かよ」

「だってつらいんだもん。我儘言ってるのは分かってる。でもね、私には身が重すぎた気がするの。こうやってみんなと旅をするのは楽しいけど……失うものも多かった……」


 ユキは悲しそうな顔をしていた。わたしには会話の内容が分からないけど、何か苦しいことがあったのはなんとなく分かった。


「確かに最初は七人いたもんな。あれから三人死んで一人は負傷。こうやって生きてるのも奇跡みたいなもんだ」

「シグマの言う通りだよ。なんで私なんかが生きてるんだろうて思うけど、それって強いとか、運が良かったとかじゃないと思うの」


 ジャックが「それじゃなんだと思うんだ?」と尋ねると、ユキは情けなさそうに


「私が生きてるのは……覚悟が無かっただけなんだよ。目の前の敵から逃げて、逃げ続けて、そして代わりに誰か死んだ。あの時だって――」

「もういい、もういいよ……それ以上は言うな」

「うん……ごめん」


 黙り込んだ二人にシグマは


「謝る必要はないさ。俺だって、何も手を汚さずに英雄やってるわけじゃないからな。気持ちは分からんでもない」

「……シグマはこれからどうするの?」

「まだ頭の整理が付いていないんだ。このまま英雄でいると、何か見失う気がしてな。昔は英雄がかっこよく見えてたのに、今では……。とりあえず、帰ってから決めるよ」

「そっか、シグマの事だから考えてると思ったんだけど、意外な答えだね」

「考えてるさ。考えてるから迷うんだ」


 シグマは呟くと、今度はジャックに顔を向けた。


「だからジャック、お前も少し考えた方がいい。理想の英雄であろうとするのは結構な事だが、現実をもっと見た方がいい」


 ジャックは俯いたまま、何も言わなかった。

 

「……本当、我儘だよね。なりたいものになろうと努力してなったとしても、振り返ればそっちの方が大事な物だったりする。いつかは何を失ったかも忘れるなんて、馬鹿ばっかり」

「そうだな……でも、馬鹿でいた方が気楽なことってあるからな」

「……英雄になるんじゃなかったなんて言えば、みんな怒るかな。怒って……くれるかな……」

「……」


 三人とも黙り込んでしまった。なんだかわたしだけ浮いてる気がする。

 ただ見つめることしか出来ないわたしの視線に気付いたユキは誤魔化すように


「そ、そういえばどこか寄ったりする!? 折角だから普段行けない所に行ってみようよ!!」

「あ、ああ。そうだな」


 ジャックが反応したけど、目が泳いでいた。


「確かこの森を抜けて東に行くと『魔女の嘆き』があるんだよな。そこに行ってみたい」


 魔女?


「ああ、あそこね。すごく綺麗なんでしょ? 私も興味あるかも!! シグマも行くよね?」

「あそこか……気乗りはしないが、行って損はないな」

「なら決定だね!!」


 ユキは「よーし!!」と言いながら立ち上がると、両手を挙げて気合を入れていた。

 魔女については本で一回だけ聞いたことあるけど詳しいことは知らない。でも、これは本だけの話って聞いたけど。


「なあユキ。その場所に行ったら、話があるんだ」


 見上げながら真面目に言うジャックにユキは首を傾げる。


「話…? まあ、いいけど」


 少し奇妙な空気が流れたけど、その後すぐに「さて、私も休憩としてフェリクちゃんのほっぺプ二プ二しますか!!」と言って思いっきり遊ばれた。


 むしろ疲れた気がするのはわたしだけ?

 

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