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第二話 『三人の英雄』

 あれから何時間経ったかな。

 まだ朝ご飯食べてないし、顔も洗ってない。

 

「暇だなぁ……」


 みんな外で何やっているんだろ。

 まさか、わたしを仲間外れにして遊んでないよね? もし本当に遊んでたらいくらシリウスでも許さないんだから。お尻ペンペンしてやる。

 

 たまに足をくすぐる何かが通るけど、暗くてよく分からない。蜘蛛……じゃないとは思うけど……。


 そういえば、今日はヴァイオリンの練習だ。

 セバスチャンがいつも教えてくれるんだけど、あんなに上手く弾ける気がしない。

 まだ一曲をちゃんと演奏していないから、そろそろ真面目にやらないといくらセバスチャンでも怒っちゃうかも。怒ったらこわいのかな? でも、骨の手だからあんまり痛くなさそう。


「――――」


 ちょっと暑くなってきた。むしむししてて、喉が渇いてくる。

 ここが本当にお城の中だと思うと、なんだか別の世界にいるみたい。

 いつもお城の中はメイドさんがばたばたしているから、見てて退屈しない。みんな忙しそうなのに、わたしが横を通ると笑顔であいさつしてくれた。

 

 わたしが不機嫌な時も、「エリーお嬢様、何かあったのですか?」と言って気を遣ってくれるし、暇な時も「エリーお嬢様、何か遊びましょうか」と言って仕事そっちのけで相手をしてくれる。

 みんな本当にすごい。パパもすごいけど、メイドさんもすごい。あとセバスチャンも。

 嘘を付いてもすぐばれちゃうし、困ったときはすぐに駆けつけてくれる。

 その中でもシリウスはちょっぴり厳しい所があったけど、その後頭を撫でてくれるから大好き。

 

 みんな、みんな大好き。


「……寂しいな」


 一人ってこんなに寂しいものなんだ。

 傍に誰もいないってこんなにつらいものなんだ。

 このまま真っ暗な世界に引き込まれて、誰かがわたしをさらいに来たらどうしよう。

 

 叫べば誰かが助けてくれるかな?

 このドアを開ければ誰かがわたしの手を握ってくれるかな?

 

「――――」


 そっとドアノブに手を伸ばす。


「――だめ」


 このドアを開ければシリウスにお仕置きされちゃう。

 それに約束したんだ。絶対に約束を守るって約束したんだ。

 

 また床に座って向こうからドアが開くのを待つ。

 信じてる。シリウスから迎いに来てくれるのをわたしは信じてる。

 シリウスは嘘を付いたことがない。この前も、わたしがシリウスを遊びに誘ったら「あと五分お待ちください。必ず五分後に相手になれますよ」と言って本当に約束を守ってくれた。

 

「待つもん……わたし……強いもん……」


 シリウスがわたしだったらきっと待ったはずなんだ。

 だから待つんだ。待つことくらい、わたしにだって出来るんだ。

 

「――か?」


 ドアの向こうから誰かの声がした。

 何て言ってるか分からなけど、確かに誰かがそこにいる。

 

「――け――る?」


 まただ。今度は女の人の声だ。でも聞いたことのない声。

 ドアの前に近付いて耳を当てる。せめて何を話しているか知りたい。


「でも罠があったら危険だ。慎重にいこう」


 男性の声だ。これも聞いたことがない。

 

「じゃあ、誰が開ける?」


 さっきの女性の声だ。やっぱり知らない声。でも、とてもかわいい声をしている。


「俺が開けよう」


 今度は別の男性の声だ。どこか静かで落ち着いた口調をしてる。


 ――待って、今開けるって言った?


「それじゃ開けるぞ」

 

 ドアの隙間から光が刺し込んで、埃の線が見えた。

 すぐに下がろうとしたけど遅かった。わたしはドアと一緒に外に出ちゃった。


「「……子供?」」


 手の平を突いたまま、上を見るとそこには知らない三人がこっちを見ていた。

 

「……あの……その……」


 どうしよう、こわくて声が震えちゃう。

 三人とも茶色のマントを被って、一番近くの男性の腰には剣がはみ出ていた。

 

 助けてセバスチャン、シリウス。このままじゃわたし、三人に食べられちゃうよ。


「……何この子!! 可愛い!!」


 すると一人の女性がわたしのほっぺをつまんできた。両手でほっぺをうにうにしたり、餅みたいに伸ばしてくる。


「まさかこんな所に子供がいたなんてね!! 今日はついてるなぁ!!」

「おい、怯えてるぞ」

「えぇ? そんな事ないよねぇ?」


 そんな事はある。ほっぺが痛いもん。


「ほらぁ、そんな事ないって!! もう、食べちゃいたい!!」


 どうしよう、本当に食べられちゃうみたい。

 すると後ろで見ていた男性が女性に「そのくらいにしておけ」と言って肩を引いた。


「驚かせてごめんね、名前はなんて言うの?」

「名前は――」


 そうだ、知らない人に名前を教えちゃいけないんだった。

 

「名前は……分からない……」

「そうか、お母さんは? お父さんは?」

「分からない……」

「そうか……」


 男性は考える素振りを見せると、わたしの足から頭をじっと見つめ始めた。

 

「なあ、この子……ハングさんの奥さんとどこか似てないか?」

「え……言われてみれば……似てなくもない」


 何の話をしてるんだろ?

 

「あの奥さんも髪が桃色だったもんね……それに目もそっくり……」


 女性はまたわたしの顔に近付いて、じっと見つめてくる。

 緊張したわたしは、茶色い髪にあるピンに視線をずらす。

 

「確かあの奥さんの娘が行方不明になったのは五年前だったな」

「だとすれば、大体十歳くらいになるのか。この子もそのくらいだし……間違いないね、きっとこの子はハングさんの娘だよ!!」


 勝手に話が進んでいく。

 まさかわたしがそのハングさんの子供だと思われているのかな? だとすればそれは大きな間違いだ。


「違う……わたしのお父さんは……」

「何か思い出したのかい?」

「えっと……」


 駄目だ。こんなこと言えばシリウスの約束を破ることになる。

 わたしは必死に首を振って黙り込んだ。

 

「で、どうするんだ? このままほっとく訳ではないんだろ? 俺らは英雄なんだからな」


 少し無愛想で身長の高い男性が呟いた。金色の髪に、腕を組んで威圧感があるけど、悪い人には見えない。


「もちろん連れて帰るさ。きっとここに閉じ込められてたんだな。もう、大丈夫だからね」


 わたしの頭を撫でる男性は優しそうな顔をしていて、黒い髪をしている。 

 背中には大きな盾が飾ってあって、マントの下からは銀色の鎧が顔を覗かせていた。

 

「うわぁ、ジャックてそんな趣味があったんだ……」

「おい、今のは聞き捨てならんぞ。どういう意味か説明して貰おうか」

「べっつにぃ。ただ子供にだけやけに優しそうにするから、てっきりそっち側の人なのかと」

「隙あらば俺を馬鹿にしてくるなお前」


 よく分からないけど、少なくともわたしを取って食べようとする人たちじゃないみたい。

 でもどこか変な気分。お互い馬鹿にし合ってるのに、なぜか嫌な気分にならない。

 シリウスにはよく、「人を貶すような事はしていけません」て言われてたのに。この人たちの場合はなんだか違う気がする。


「なあ、夫婦喧嘩ならよそでやってくれ」


 腕を組んでる男性が呟くと、二人は口を揃えて「「夫婦じゃないわ!!」」と叫んだ。やっぱり仲悪いのかな。


「コホン、とにかくここから出よう。みんなが待っているからな。安心させてやるんだ」

「あ、ねえねえ。この子の面倒、私が見てもいいかな?」


 女性はわたしの首に腕を巻いて抱きしめてきた。綺麗な髪とほっぺが鼻に近付いてむずむずする。


「それは構わないが、変な事吹き込むなよ?」

「大丈夫だよ!! 少なくともジャックみたいな変態とは違うんだから!!」

「吹き込む気満々だろ……」


 女性は男性を無視すると、わたしに顔を向けて


「わたしユキ、よろしくね」

「……よろしく」

「わあ!! 喋った!! かわいいなもう!!」


 このユキって人は少し苦手かもしれない。

 今までこんなに顔をくしゃくしゃにして笑う人は初めて見た。まるでシリウスと真逆な性格みたい。


「それじゃ行こう。長居しても徳はない」


 わたしはユキに手を連れられ、みんなの後を静かに追った。

 でも、一つだけ聞きそびれたことがあるの。

 それは――みんなどこにいるかということ。

 でも、それは聞けなかった。よく分からないけど、ここでそれを聞いては駄目な気がした。

 

 それを考えると、三人が少し――こわく見えてしまう。

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