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目覚める竜  作者: 半導体
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6話 曇天の朝

 外は未だに薄暗い。時計はまだ四時半をさしている。無論朝の、だ。

 窓の外の空は夜と呼んだ方が的確なほど闇色が濃い。更に空が雲に埋め尽くされているので日が昇っても十分な明るさは期待できない。

 部屋の中はユリスの寝息以外の音が存在しない。唐突に目が覚める要因など見当たらない。

 あまりに早く起きてしまったので、フィストは寝床から抜け出すこともせずに体だけを起こして時間の経過を待つことにした。



 ユリスがフィストの方を向いて寝ていた。安心しきった様子でリズムよく寝息を聞かせている。その寝顔だけを見ればいたって普通の女の子で、起きている時の不思議な印象はあまり受けない。

「ん…」

 ユリスが枕にしがみついてそこに顔を埋めた。布の擦れる音が暫く続いたあと、また寝息だけが唯一の音になる。

 静かになったユリスを見つめ、フィストは無意識のうちに笑みをこぼしていた。

「…誰…?」

「え?」

「…」

 聞き返したが返事は無い。どうやら寝言のようだ。

「なんだ、寝言か…」

 溜息をつく音が部屋に広がった。

「何を…」

 顔が枕に伏せられているのでくぐもってよく聞こえない。聞き返しても返事が来ないのは分かっているので、フィストはその寝言に反応しない。

「…うう、ん…聞こえない…」

「…どんな夢見てるんだろう」

「…フィスト?」

「え?」

「…」

 返事は無い。今のも寝言らしい。

 思わず返事をしてしまい、フィストは頭を掻きながらユリスから視線を外した。


 窓から外を覗いた。

 雲の詰まった空。雨の降りだす様子はないが、冬に日光が得られないのはなかなか辛い。風がほとんど吹いていないのが救いか。

 ユリスが起きたらフィストはすぐにここを出るつもりでいるのだが、やはり肌冷えする外に自ら出ていくのはあまり気が進まないらしい。

 鳥の鳴き声が聞こえてくる…雀とカラスだ。

 雀は集団になって休む暇もなくやかましい囀りを続けていて、カラスの方は時折抑揚のない鳴き声を遠くに飛ばしている。他の仲間と会話をしているのだろう、その鳴き声のすぐ後に更に遠くから別の鳴き声が聞こえてきた。


「……か」

「?」

 外から男の声が聞こえてくる。

 まだ外を出歩くには早い時間帯なので、フィストにはその声の存在が不自然に思えた。同時に嫌な予感がフィストの脳裏をよぎる。

 さらに耳を澄ます。

「……たしか、この辺だったな」

「ああ、だが同じような家ばかりで見分けがつかないな」

「被験体と窃盗犯…フィストといったか?早く見つけて始末しよう」

 その会話は、どうやらフィストの家の前で交わされているらしい。

 フィストの嫌な予感は当たってしまったようだ。

 まどろんでいたフィストは意識を叩き起こし、布の中から跳び起きた。そしてテーブルの上に置いてあった逃走用の鞄をつかむと、ベッドに駆け寄ってそこで眠っているユリスを慌てて起こしにかかった。

「ユリス、起きて。早く逃げよう、追手が来てる」

「ん…?」

 ユリスは意外にもすんなり目を覚ました。フィストの逼迫した様子に状況をすぐ理解し、ベッドから飛び降りる。

「裏口があるからそこから出るよ」

「わかった」

 言い切るより早く、二人は部屋を飛び出して裏口へと走っていた。玄関をノックする音が耳に入ったが、まったく気に留めていない。


「…あ、ちょっと待って」

 裏口のすぐ前でフィストが足を止める。そして少し後ろに置いてあったタンスに駆け寄り、引出しを開けて中をまさぐり始めた。

 家の中にだれかが入り込んだらしく、先ほどまで二人のいた部屋から物音が聞こえてくる。それが聞こえていないはずもなく、焦りが二人の余裕を奪っていく。

「フィスト?」

 不思議に思ったユリスが近づくのとフィストが引き出しを閉じるのは同時だった。

「ああ、ごめん」

 振り返ったフィストの手には、小さめのペンダントが握られていた。

 細かい装飾は無いが、菊に似た花が彫られている。これにも服と同じように大小さまざまな傷がついていて、どういったものかは容易に想像がついた。

「これだけはどうしても持っておきたくて…お母さんの一番のお気に入りだったから」

「…そう」

 フィストはそのペンダントを胸ポケットに納めると、裏口を少し開いて外の様子を伺い始めた。

「…ねえ、フィスト」

 後ろからユリスがフィストを見つめている。

「なに?」

「……ううん、なんでもない」

 首を横に振ったが、外を気にしているフィストには分かったのだろうか。

 フィストがユリスの腕をつかみ、外に飛び出した。ユリスは少し躓きそうになりながらもそれについて走って行く。

 曇った冬の早朝は、やはり体を貫くほど気温が低い。

 二人の吐く白い息は、足音を携えて街の中を走り抜けていく。





 暗がりの街灯の下で二人の男が話し合っている。

 身長には大きな差があるが、二人ともブラウンのトレンチコートに中折れ帽で身を包んでいる。

「駅には一人も張らせないのですね?」

 背の低い男が相手に疑問符を投げかけた。

 高い男は何も言わず、帽子を一度被り直した。まだ暗く、街灯の下と言ってもその顔は影になっていて見ることが出来ない。

「脱出可能な他の経路には大勢張らせておいて、何故ここだけ?」

「…奴等がいる」

 高い男がぼそりとつぶやくと、低い男も「ああ、そうでした」と納得した様子で頷いて見せた。

「見境のない奴等だ、あまり無駄な犠牲は出したくない…」

「私たちに同情してくださるのですか?」

「…余計な人手を割きたくないだけだ」

 それ以上は二人とも無駄口をたたかず、低い男が軽く一礼すると高い男は街灯の下を離れていった。

 低い男はしばらく街灯の下で相手の去る様子を見送っていたが、その姿が見えなくなると反対方向へ踵を返した。


 太陽の姿は厚い雲に阻まれて見ることは出来ない。しかし、空の色は次第に明るさを含み始めている。


 夜明けが近い。

 読んでくださっている方、ありがとうございます。

 夏休みが終わると書く暇が少なくなると思い、ゆっくりとは言いましたが更新させていただきました。

 9月に入ったらもっと遅くなると思うので今のうちに頑張っておこうと思います。

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