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目覚める竜  作者: 半導体
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エピローグ2

「ユリスには話したのか?」

「いや、まだ…」

 アーミルの高いテンションとは逆に、フィストはいささか覇気が薄い。話題のせいかもしれないし、振り始めた雪のせいかもしれないし、負け続けているアーミルとのオセロのせいかもしれないし―――

 帰ってきていないリメールのせいかもしれない。

 そんな物はお構いなしと言ったような高陽ぶりでアーミルはフィストの頭を軽く叩いた。

「おいおい、早く話してやった方がいいと思うぞ?結局あそこじゃ正体分からなかったってしょげてたみたいだし、知ってるのはここだと俺とおまえだけなんだからな。…リメールが聞いてなければいいが」

「分かってるけど―――」

 その明るさが逆に気に入らなかったのか、力の入った言葉とともに叩いていた手を払いのけた。

「…なんだかタイミングが無くて」

「タイミング、か…確かに、いつ話してもいいようなものでもないか…」

 何を確認するつもりか、二人は給湯室の方を覗いた。ユリス、ティリア、リュナが茶葉とヤカンを相手に死闘を繰り広げている。

 ティリアが指を水で流しているのは火傷でもしたのかもしれない。

 ユリスは背伸びをしてなんとか作業に追いついているといった様子で、あまり効率よく仕事をしているとは言い難い。

 リュナに至ってはその危険性を認知していないのか、何の躊躇いもなく火に手を入れようとしてすんでのところでティリアに止められていた。あと一瞬遅ければその手が焼失していた場面で、フィストとアーミルも驚いた格好で固まっていた。


 しばらくして五つのカップに紅茶を注いだ三人が戻ってきたのだが、その表情は疲れきったようにも、苦笑いしているようにも―――リュナだけは何も変わっていない様子だが―――見える。そしてそれを表すように、ずいぶんと紅茶の色が薄い。香りもあまりたたず、ただのお湯に近い印象があった。

「ん…味が…」

 もらって一口、アーミルが言葉を濁らせる。フィストは遠慮したかのように何も言わない。

「ごめんねー、リメールみたいにはいかないもんだね」

 自身で分かっていたのだろう、二人の反応から間を置かずにティリアが申し訳なさそうに言った。

「お茶淹れるの、難しい。失敗した」

 リュナも重ねて、詫びのようにそうもらした。

「…リメール、帰ってくるかな」

 カップを持ったままユリスは紅茶を飲まない。飲みたくないのではなく、飲むのを忘れているだけのようだ。

「それは…本当に分からない。リメールがどうしたいか、だからな」

 その場が静まり返る。一人欠けただけでこうも変わるものなのかと、リメールの偉大さを痛感していた。

「…あ」

 空気を破る一言がアーミルから飛び出した。

「そう言えば今日…クリスマスなんだっけ」

 アーミルはカレンダーを見ていた。十二月のカレンダー…その二十五の数字で見た全員の目が留まる。

「あー、何も準備できてなかったな…今から何か買いに行こうか。せっかくなんだし、何かうまいもの食いたいしな」

「おーっ、賛成!」

 ティリアが子供のように飛び跳ねた。他三人も口には出さないだけでそれには同意したようだ。各々がお湯、改め紅茶を置いて立ち上がった。

「…でも、リメールがいないのにいいのかな?なんか気が引けるよ、僕」

「…この段階でそれを言うか」




「うわぁ…」

 感性が乏しくなっているはずのユリスがそんな分かりやすい感情表現をしたのも、無理はないだろう。それは、長年この街に住んでいるはずのアーミルやティリアでさえ改めて見とれてしまうほど光り輝いて見えたからだ。雪を初めて見るらしいユリスは、、すぐに走りだして全身で喜びと興奮を表現し始めた。

「私、今なら『きれい』って分かるような気がする」

 走りながらフィストにそう言い、フィストもそれはよかったと笑顔で返した。同時に、まさかあれをせがまれたりはしないかと不安もよぎって行ったが。

 街に人影は無い。昼間はロボットのように表情を変えないスーツが我先にと歩きまわっていて、見るにも聞くにもこれほどやかましい場所もそうないのだが、今はその面影を僅かも感じさせない。

 つまりどこのロボットも、神様の誕生日には家で過ごしたいという心が残っているらしい。

 ロボットばかりではない。大きな車道には一台も車が走っておらず、脇の店も一つ残らずシャッターが下ろされている。降り始めてどれだけ経つのか、まだ歩道のタイルの模様が透けて見える程度に積もった雪には他に何の跡も付いていない。黙って降ってくる雪を、無数の窓から漏れる光、定期的に並ぶ街灯が闇世の中に照らしだす。

「…アーミル」

 先頭を行くアーミルにフィストが声をかける。ずいぶん歩いたので、流石に寒さが身にしみてきたようだ。

「まだ開いてる店なんてあるの?」

 また一つ、灰色のシャッターが一行の横を通り過ぎていく。それらの数を重ねるほどに不安が蓄積していったのだろう、フィストもそろそろ聞かずにはいられなかったらしい。

「あるさ、行きつけの店だ。…ちょうどついたかな」

「……ああ、ホントだ」

 たった一つ、シャッターの降ろされていない店。整列したシャッターの中ではひどく不自然な存在だ。ランプの灯の下に浮かび上がる看板の文字からは、そこが食料を扱っている店だと分かる。辺りの静寂と比べれば、その店の明かりはかなり珍しいものと言える。

 その流れのまま中に入ろうとしたのだが、入口の前でアーミルが足を止めた。

「…フィスト、ユリス、ちょっとここで待っててもらっていいか?」

「なんで?」

「あー…ここは、店のオジサンが人嫌いなんだよ。荷物持ちは欲しいし…でもあんま大勢だと…だから三人にとどめておこうと思って」

「荷物持ちにリュナを優先したのが気になるんだけど」

 この店が成り立っているのか、というのも心の中だけで付け加える。

「この後他の店にも行くからさ、ここは待っててもらえないか」

 ここ以外に開いている店があるのかも信じがたいが、ユリスは依然として雪に興味深々のようなので弊害はなさそうだ。フィストはこっくりと頷いた。

「ユリスもごめんな」

「ううん、いいよ」

 雪から視線を外さない。その返事も信憑性を疑うものだが、あまりにも雪に夢中なので問題はなさそうだ。

「私も残る」

 リュナがアーミルに異議申し立てをしていた。さすがに彼女もその配分の矛盾点が気になったのだろう。

「…えーっとだな、リュナ…」

 アーミルもリュナを見つめ返した。申し訳なさそうな、しかし譲ることを考えていない眼。

「…分かった」

 根負けしたのはリュナの方だった。

「二人ともごめんね。大丈夫、ここだけじゃないって」

「じゃあ、すぐ戻るから」

 それぞれが思い思いのことを言いながら入口に入っていく。

 だがアーミルは一度手前に戻ってきてから、すれ違いざまにそれとなくフィストの肩を叩いていった。

「え?」

 返事はなく、三人の姿は扉の向こう側に隠れてしまった。

 今のは一体何を意味しているのか。


「…!」

 その状況、間違いはない。

 それならば、店の人が人嫌いと言うのも嘘かもしれない。

 この通りに他の人間はいない。真の意味でユリスと二人きりになっている。

 人嫌いと言いながらティリアとリュナも連れて行ったのは単なる荷物持ちではなく、フィストにこの状況というプレゼントをあげるためだったらしい。

 とんだクリスマスプレゼントだった。アーミルはすぐ戻ると言ったが、おそらくこのプレゼントをちゃんと受け取るまで戻っては来ないだろう。

「んー…あー…ユリス?」

 フィストは視線を扉にやったままユリスを呼んだ。

「ん?」

 曖昧な返事だ。おそらくまだ雪で遊んでいるのだろう。とても言える状況ではないので、まずは別の話題を探した。

「……」

「何?」

「あ…結局、ユリスの正体って分かった?」

 話題を見つける暇がなかった。急に切り出しすぎたか、とフィストは後悔した。ユリスがそれに分かりやすく反応してくれたのがせめてもの救いか。

「…ううん、見つからなかった。もう処分しただろうってヴェクスも言ってたし」

「……そっか」

 むしろ、知っていてほしいと考えていた。自身を介さずに知ってほしいとフィストは願っていた。だが知らないのなら言わねばならない。それが分かっているはずなのに、彼の心は一向に準備を進める気配がない。

「でも、仕方ないことだと思ってる。私はひょっとしたら…創られた人間なのかもしれないけど…私は他の何でもない、私だよ」

「…でも、知りたいんだよね?」

「…うん…でも、フィストがいてくれるなら私はそれでいいよ」

 ふと後ろを見ると、ユリスが車道にまで足を伸ばして、そこに付く自分の足跡を見て無邪気に笑っていた。思わず見とれていると、その視線に気づいたユリスがフィストと視線を合わせてくる。それも一瞬で、すぐにまた下を向いてしまう。

 頬が赤みを帯びているのは、寒いからだろうか。


 もう大丈夫だろう、とフィストは安心した。会ったばかりのユリスなら雪でここまではしゃぐこともなかったはずだ。現にその当時と似た状況のリュナは雪を見ても全く騒がなかった。それと比べると、今はしゃいでいるユリスの姿には見た目相応の可愛らしさも感じられるようになった。

 仮にユリスが人間でなかったとしても、それがなんだというのか。フィストは、結局自分はずっとユリスと一緒にいることを分かっていた。しかしだからこそ―――

 伝えなければ。そう思えば思うほどその笑顔が眩しく見え、言うべき言葉が詰まる。

 ひょっとしたらこれまでのような関係でいられなくなるかも…そんな恐怖さえあった。

 ユリスが立ち止まっている。フィストに背を向け、足元を見ているようだ。俯いているようにも見えるが。


 次に切り出したのはユリスの方だった。

「フィスト…ちょっといいかな」

 背を向けたまま、いつもより甘えるような声でそんなことを言った。

 いつもと違う…そんな雰囲気。お互いにかたまって、それをより丁寧に演出していた。

「聞いて、おきたいの」

 絶対にフィストの方を向こうとしない。まだ足元の雪への興味が捨てきれないのか、フィストを見る勇気がないのか。

「…何?」

 少し硬い声での返事となった。フィスト自身も気をつけていたが、どうしても今まで通りの声で話が出来ない。みんなで集まって雑談している時ならまだしも、二人きりになると隠しとおせるものではない。そんな声の変化には気がつかなかったのか、ユリスはいつにも増して小さな声で用件を述べた。

「フィストは……私のこと、どう思ってるのかなって」

 しゃりしゃりと雪が足に踏まれる音が聞こえる。緊張しているようで、ユリスがつま先で雪をすりつぶしていた。

「…なんで、そんなこと」

「私、最初はリメールに言われたの。自分の気持ちに気づいてないんじゃないかって。それで私…」

「……」

 足の動きが一瞬止まる。ユリスが深く息を吸い込む音が聞こえた。

「…私、フィストのこと好きなのかもって思った」

 見なくとも分かるのは、その瞬間ユリスの顔が真っ赤になったということ。

「……」

「…えっと…何となく、だけど…」

 フィストの顔も間を置かずに赤く染まった。

「でも、でもね、違ったの。フィストとずっと一緒にいて、でもちょっと別れたりして、いろんなこと話して、何度も失いそうになって…これはちょっと違う、好きなんかより、ずっと深い感情だって気づいた。結局それが何なのかは今も分からない。でも、好きよりもっと大きな好き、そんな感じがする」

 その言葉には、僅かながら嬉しそうな気持ちが垣間見えた。

 それこそが嘘偽りのない、本当の気持ちなのだろう。

「それで、その……フィストの気持ちも聞いておきたくて」

「……」

「……ダメ?」

「……これ…って……告白……?」

「……」

 無言の肯定。僅かに見えるユリスの頬は熟れすぎた林檎のようだ。


 自分の気持ち。本当にそうなのかは分からない。フィストも、気付かないうちにどこかでユリスのことを好いていたのではないかと考える。

 だがしかし、これが最後のチャンスかもしれない。フィストの拳が固く握られる。

「…それは、もちろん」

 ユリスの背中に一歩近づいた。雪をいじくる足が止まり、フィストの発する言葉を一字一句漏らさず聞き取ろうとしている。

「もちろん?」

 手を伸ばせば触れられるほどの間まで近づいた。ユリスはまだフィストの方を見ないが、荒れている呼吸は見ただけでも分かる。それはきっとお互いのことなのだろうが。

「…誰よりも特別に思ってる」

 フィストは自身の鼓動がかつてないほど早くなっているのが分かったが、もうそんなものは気にしていない。

 言うのは今しかない。

 言葉にするのは一瞬。

「…特別って、どういうこと?何で、特別なの?」

 ユリスははっきりと、その口から聞きたいらしい。

「だって」

 そっと背中から抱き寄せてあげた。

「―――僕の、たった一人の妹だから」





 あの晩。


 椅子に座りながらガラスのサイコロをいじくっているアーミルが、もう一度他の人間が聞いていないか辺りに気を配った。

「さて、フィスト…心の準備はできてるな?」

 そう言われたことで、フィストはもう一度気を引き締め直した。

「…うん、僕は大丈夫」

「そうか」

 それだけ言うと、アーミルは視線を窓の外にやった。もったいぶっている様子でもないので、フィストは何も言わずに待っている。ダルタはせっかちな性格なのか、その行為にそわそわし始めているが。

「…フィストがフォルクコートに行っている間、ユリスの願いもあって俺はいろいろとあの研究所について調べていた。ハーゲンティが実験をしている理由とか、あの研究所の地図とか、まあこれらはフィストだけに話すことでもないし、今は置いておこう」

 アーミルは決してフィストを見ない。フィストは椅子に座ったまま背筋を伸ばし、そのまま固まって綴られていく言葉を耳で拾い集めている。

「お前だけに話したいことってのは…まあ、ダルタもいるわけだが……ユリスのことだ」

「…」

「分かったことだけを伝えよう」

「……うん」

「ユリス。年は十と四ヶ月。髪はブロンド、瞳は濃い空色。生後三ヶ月で実験体に選抜され、それ以来研究所地下の隔離実験室でヴェクスをはじめとする研究員に育てられた。翼竜精製のプロセスを問題なくこなし、実験過程でもそれといった失敗は無い。ただし、時折脳から発せられる情報電波に解読不能のノイズが入り込むことがあった。そして最終テストの直前に脱走、今現在も行方不明…」

 ここまではすでに知っている事柄がほとんどで、特に差し支えのないような内容も目立つ。これだけで終わりなわけが無いので、フィストは何も言わずに続きを待つ。

「彼女の関わっていた『翼竜』の生成について…ああ、今現在進められているのは『翼竜』の一つ上の段階、『闘竜』らしいけどな。どっちも同じようなものだ、差は気にしなくていい」

「うん…」

 初めて耳にする単語『闘竜』。かつて『翼竜』の名を聞いた時のようなおぞましさを、今回感じるようなことは無かった。それが慣れのせいだとしたら恐ろしいことだが。

「『翼竜』も『闘竜』も、元はれっきとした人間だ。それに手を加えて、常識はずれの戦闘力を付加させてるってのが実態だ。…まあつまり、ユリスは間違いなく人間ってことだな」

「…それは―――!」

 明らかに喜んだ様子のフィストが何か言おうとするのをアーミルが諌めた。興奮して立ち上がったフィストに座るよう促し、「大切なのはここからだ」と付け加えた。

「…なに?ユリスが人間って分かったなら早く教えてあげよう。そのこと気にしてたみたいだし、絶対に喜ぶよ。…何なの、それよりも大切な事って?」

 その質問に、アーミルはすぐには答えなかった。まるで緊張感のないフィストに対して訝しげな表情を見せている。アーミルの前置きが軽くなかったことを思い出し、フィストも大人しく席に着いた。

「…ユリスの両親のことだ」

「……ユリスの…?」

 ユリスの正体からつながらない話ではないが、それがそれほど重要な意味を持つのか。フィストがそう疑問に思ったが、次の瞬間にはその思考が完全に停止していた。

「父親は正確には分かっていないが、母は研究員だった。ユリスの前に生んだ子で実験を行おうとしたが他の研究員がその子を連れて脱走、三年後に生まれた第二子、つまりユリスに実験対象を移行した」

「……え…?」

「ユリスでの実験を開始すると同時に彼女は研究所を去った。それがだいたい十年前のことだ」

「…ちょっと、待って…」

「母親の名前は、クレア。…つまり、お前の母親と同じ人間ということになる」

「……っ!」

 クレア。それがユリスの母親の名前。

 そして同時に、自分の母親の名前。

 ユリスは第二子。では第一子は…考えるまでもない。

「…ユリスには、お前から伝えたほうがいいだろう。俺からは何も言わないし、ダルタも…」

 そう言って視線をダルタに向ける。

「…ああ、分かってるよ。俺は今日ここで何も聞かなかったしこの場にもいなかった、そんなモンでいいか?」

「…ああ」

 すべてを言い切ったようなアーミルは、それ以上何も言わずに立ち上がった。ダルタも共に立ち上がり、フィストそのあとはフィストの発言を拒否するように寝室へと消えて行った。

「…ユリスが…僕の……妹…?」







「…それ…いつ分かったの?」

 困惑した様子を隠そうともせず、ユリスが背中のフィストに問いかける。

「出発の前の日の夜。アーミルが教えてくれた」

「…ずっと黙ってたんだ」

「うん、なかなか言い出す機会がなくて…ごめん」

「…だから好きとはちょっと違うような感じがしてたんだ…分かったら、なんかスッキリした」

「…それはよかった」

 後ろから抱きしめられた姿勢のままユリスはしばらく動かなかった。だが暫くして、胸のあたりで組まれたフィストの手を握りしめて目を閉じ、嬉しそうに微笑んだ。

「フィスト…あ…えっと、お兄ちゃんって呼んでも…いい?」

「どっちでも、ユリスの好きな方でいいよ」

「じゃあ、今だけ…」

「うん」

「ありがとう、お兄ちゃん」

 自身の手を握るユリスの温かみを感じ、フィストはもう一度ユリスを強く抱きしめた。




 大量の食料を買った帰り道。

 ユリスは幸せをかみしめるような笑顔で、フィストの腕にしがみつきながら歩いている。

 フィストはそれをしっかりと教えてやれたようだ。

 アーミルがフィストの方を見ると、目の合ったフィストが全てを肯定するように頷いて見せた。

 何もかも終わったのが、アーミルにもそれで分かった。

「ユリス、嬉しそう」

 リュナがアーミルに駆け寄り、その様子を見つめながら事務的に呟いた。

「そうだな、自分の家族が見つかったんだもんな」

「ユリス嬉しいと、私も嬉しい」

 無表情のままそんなことを言うものだから、アーミルは少し意外そうな顔をしてから、

「そうか」

とだけ返した。


「ねえ、アーミル」

 リュナの反対側からティリアがアーミルの肩を叩く。

「事務所の電気って消してきたよね?」

「そりゃあ、勿論…」

 消してきた、と言いかけて、見えてきた事務所の窓に明かりが灯っているのに気がついて口が止まった。

 出る前にちゃんと確認して消した、わざわざ覚えていたのだから間違いはない…アーミルはその記憶を何度も復唱する。

 しかし、そこには確かに明かりがついている。消したのは確かなのだから、誰かがつけたとしか考えようがない。

 誰だろうかとアーミルは頭をひねる。鍵はしっかり掛けていった。たとえ泥棒だとしても電気をつけるとは考えにくい。となると、電気をつけてもやましくない人間がそのスイッチを入れたということになる。もちろん、鍵を持って。

 事務所の鍵は今現在三つ。オリジナルのものはアーミルが常に携帯している。フィスト、ユリス、リュナにはまだ持たせていない。

 一つはティリアに渡した。もう一つは、その時一緒に誰かに渡していたはずだ。

「まさか…!」

 アーミルのひらめいたような口調により、そこにいた全員が、この場にいない彼女のことを思い返していた。そしてそれが具現化されたように、窓にポニーテールのシルエットが現れた。

「…帰って、来たんだ」

 フィストが感嘆の声をあげる。

「そっか…あいつはこれからも俺達と一緒にいたいって思ってくれたんだな」

 嬉しさを前面に出してアーミルも呟く。

「なら、早く行って私たちの顔を見せてあげないとね。もう嫌って言うくらい見せつけてあげるんだから」

 意地の悪そうにティリアが笑う。

「私も、会いたい」

 リュナも僅かに笑う。

「私は紅茶の淹れ方を教えてもらいたいな」

 ユリスがあのお湯のような紅茶を全員に思い出させる。

「そうだな、早く帰ろう。きっとおいしい紅茶を淹れてくれるぞ」

 すると、窓のあたりをうろうろしていたポニーテールが何かに躓いたように腕を振り回し、そのまま倒れて窓から消えた。

「ありゃりゃ、何をやってるんだか」

 ティリアが呆れたように、しかし嬉しそうにその相変わらずな部分を笑った。

 そしてそれにつられるように全員が満ち足りた笑みをこぼした。

 それは、何もかもが彼らの望んだとおりに全て終わったという何よりの証。

 ティリアを先頭に、そこへ向かって走りだす。



(フィスト…ユリスをよろしくね…)

「えっ」

 呼ばれて振り向いたが、そこには誰もいない。頭の中にエコーが残っているだけだ。

 その声は、ずっと昔も、最近も、フィストは聞いた記憶があった。

「今のは…」

「何してんだフィスト、置いてくぞ!」

「…うん、すぐ行くよ!」

 詮索をやめ、すぐに駆け出す。

 ずっと自分たちを見守ってくれていたその声に感謝しながら。





 吹き抜ける風も、今は穏やかに―――――


 一度読み返してみて、無駄に長い話だったなぁと虚しさすら感じました。それでもやりきったことに対する達成感はとても大きいですが。

 自分でも変だと感じる部分や矛盾の生じている部分が気になりましたが、自分がまだまだ修行不足であることの反省材料としておきたいと思います。初めて書くこの連載小説に、とても多くのことを学んだ気がします。

 最後に、拙作に目を通してくださった全ての方に最大限の感謝を述べさせていただきたいと思います。

 本当にありがとうございました。

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