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目覚める竜  作者: 半導体
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49話 一人じゃない

「フィスト、ダルタ、そろそろ時間だ」

 努めて明るく、アーミルが言った。横に大きなバッグを置いている。

「他の三人には、泊まりがけでお得意様との取引だって言っておいた」

 つまり、殴り込みは二人だけで、ということ。

 ユリスやティリアやリメールは関与しないということ。

「それを聞いて安心したよ」

 フィストは安心して胸をなでおろした。失敗すれば即身柄拘束、最悪の場合死すらもあり得る危険なものだ、彼女たちを巻き込みたくはなかったのだ。フィストは一人で行くべきとも考えていたのだが、それはそれで不安だったようだ。

 この部屋に名残を惜しみつつ、フィストはゆっくりと立ち上がる。連動したようにダルタも勢いよく立ちあがった。

「ずいぶんと因縁浅からぬ取引先様のようだね、アーミル?」

「…!?」

 その勝気な声は、扉を塞ぐように立っている三人のうちの一人から発せられていた。

「…ティリア」

「私だけじゃない。この御二方も御同行希望だそうだからね」

 ティリアの横に、申し訳なさそうに―――ティリアとは対照的な様子で―――ユリスとリメールが苦笑いして立っていた。それがどういった意味を持っているのか、聞く方が野暮というものだ。

「…ここで待ってるなんて無理だよ、私だって無関係じゃないんだから。そうでしょ、アーミル?」

「…ちっ、俺は何も話してないぜ?」

 頭を掻きながらダルタが呟く。アーミルもそれは疑っていないようで、ただ驚いただけの表情で三人を見据えていた。

「三人とも…分かってたのか…?」

 すると、リメールが何も言わずにぺこりと頭を下げた。どうやら昨晩の言い回しでリメールにばれてしまっていたようだ。二人にそれを伝えたのも間違いない。

「すみません、アーミルさん。…でも、私もじっとなんかしてられなかったんです。私たちにもきっとできることはあります。お願いします、私たちも連れて行ってください」

「…お願い、フィスト」

 ユリスも重ねて頭を下げた。慣れないことなのでフィストもひるんでしまう。

「……俺たちが何で言わなかったか…」

「分かってるよ。分かった上でこうしてるんだから。首を縦に振るまでここはどかないからね!」

 ティリアが勝ち誇ったような顔で三人を見つめていた。

「…けど、ブルーイーグルの切符は?俺は三人分しか―――」

 そこで言葉が止まった。ティリアが三枚の小さな紙をひらひらとアーミルに見せつけたのだ。大きさも、色も、アーミルの持っている三枚と何一つ変わらない物であるのは言うまでもない。

「リメールの行動力は抜群なんだから」

「……ハァ…」

 アーミルが溜息の後、横のフィストに視線をやった。フィストの見る限りでもその顔は万事休すと音を上げている。その目はフィストに謝っているようでもあった。

「…分かったよ」

 アーミルが降参して、両手を小さく上げてその申し入れを承諾した。その途端、三人の表情は満面の笑みへと変わった。

「アーミル…いいのかな…」

「…すまない。危険なことは分かりきってるからな…でもあいつらはそれを承知で言っているんだろうし、こういうときは梃子でも動かないからなぁ…」

 そう答えられたフィストが三人を見たが、その笑顔からはそんな覚悟をほとんど感じることはできなかった。

 だが、同時に不安も不思議なほど感じなかった。


「じゃあ、今一度確認するぞ」

 アーミルが大きな声で一気に騒がしくなったその場を制した。

「今回の目的は何だ、フィスト」

 急に振られたフィストは、ほんの一瞬復讐と答えそうになり、何か違うという感覚からすぐに引っ込めた。

 これは復讐のためじゃない―――

「……あの研究所の、間違いを正すため」

 小さな声になったが、それを聞いたアーミルは安心したように笑った。

「復讐とか言ったら張り倒してたかもしれない」

「…ぇ…」

 自分は危ない橋を渡りそうになっていたのが分かり、フィストの背中を冷たい汗が流れた。何か違うという感覚はそこから来ていたのかもしれない。

「確かに彼らの過ちを正しに行くのも目的の一つだ。しかし、彼らがそんな凶行に走ったのはそれなりの理由があるはずだ。それを解明して取り除く必要もある」

「…つまり、その二つが今回の目的だってことか」

「ああ」

 ダルタが腕を組みながらそれらをまとめあげた。

「……あ」

 ユリスが恐る恐るといった様子でそこに割り込んできた。真剣な表情で三人の視線がユリスに向けられる。

「私…自分のこと調べたい…」

 フィストが固まり、それを隠すようにアーミルがその言葉を受け止めた。

「まだ何の手がかりも見つかってないんだったな。じゃあ、目的は三つ。凶行の抑止、原因の究明、それとユリスの正体。異論はないな?」

 全員を一通り見渡す。それぞれが全員の顔を見渡し、そして一緒に、大きく頷いた。

「よし―――出発だ」

 各々が大きな鞄を持ち、ぐっと表情を引き締める。

 扉が勢いよく開かれた。




 ブルーイーグルの運航は、驚くほど平常通りにこなされていた。

 あの事件からまだ数日。この運行再開の早さは通常では考えられなかった。さすがに食堂車は別のものと変えられ、一部の個室も使用禁止となっていたが。

 乗客もだいぶ少数となっていた。どんなに急いでいる人間でもやはり死にたくはないのだろう。逆に、自分たち以外に一人でも乗客がいることがフィストには意外だった。

 ティリア、リメールは座席についたまま寄り添いあって深い眠りにおちていた。ダルタは何を考えたのか五人とは離れた席に座っている。フィストの左右に座るアーミル、ユリスは、特に何か話すわけでもなく座ったまま目を開いている。

 ただユリスは何か思うところがあるのだろうか、時折立ち上がってふらふらとどこかに行き、しばらくしてまた戻ってくるという行動を繰り返していた。

 今また、ユリスが唐突に立ち上がって前方車両へと歩いて行ってしまった。

「…やっぱり…妙だな…」

 アーミルが口だけを動かして小声で言う。

「え?ユリスが?」

「違う。前の方にいるあの男たちだ」

 見ると、左斜め前の座席群の中に確かに男が三人並んで座っている。しかし動きは全くなく、何が妙なのかフィストにはいまいち分からない。

 一人が立ち上がり、後方車両へ歩いていった。横をすぎる時一瞬目が合ったが、やはりそれほど変わった様子は見受けられない。

「…うーん、何か変かな?」

「もともとおかしいと思う部分もあったんだ。この列車、運行再開が早すぎると思わないか?」

「…それは…確かに…」

「きっとやましいことがなければもっと時間を開けただろう。どうせあんな事件のあった列車に乗るモノ好きはいないだろうしな。なのにあれだけ急いで動かそうとしたってことは、動かさなければいけない理由があるってことだ。乗客は皆無なんだ、何かをこっそり運ぶのにこれほどいい運搬手段もないだろ?」

 アーミルが何を言いたいのかはフィストにも良く分かる。

「…あの研究所、かな」

「多分な。今歩いていった男も、あの正確で規則的な歩き方は軍隊経験があるんだと思う。分かっていたことだが、この国がまるごと関わっているんだろうな、あそこは」

 それはつまり、同じ列車に乗っている自分たちにも危険があるということになる。だが、それでもフィストに臆する心は微塵も無い。多少の危険はすでに覚悟の上なのだから。

「とりあえず、目立つ行動をとらなければ危険性も減るだろう。ここで騒ぎを起こしてもメリットは無いしな」


 前方の車両まで来ていたユリスは、それ以上自分の意思で動くことができなかった。

 目の前にある個室の扉。そしてそこに提げられている立ち入り禁止のプレート。

 以前一度だけ入ったことのあるそこは、もはや何人たりとも受け入れることは無いらしかった。

 ここで彼女…ルフィーネは死んだ。時間の空いた今でもユリスは鮮明に当時のことを思い出せる。

 彼女がどんな人生を歩んできたのか、あれだけの会話ですべて分かるはずもない。その中のどこかにリュナと関係する何かもあったということだが、もっと早く知っておきたかったと肩を落としていた。

 ここで何か出来るわけでもないのだが、動かずにはいられなかったのだ。もしかしたらルフィーネがいるかもしれないなどという、浅はかな希望すら持って。

 いるはずも、ないのだ。

「……」

 人が死ぬということは誰かが悲しむということ。そしてそれは今、ユリス自身に最もよく当てはまる。彼女はそれが分かっていたし、そして辛かった。

「ん」

 服が引っ張られる。フィストが来たのかと思い振り返る。

「…あれ?」

「……」

 昼間に見た紅葉色が、またも感情を見せずにユリスを見つめていた。だがほんの少しだけ、以前よりも表情が緩やかになっているようにも見受けられる。

「…リュナ」

 もしルフィーネのことを引きずっていたら。そう考えていると、気まずさからユリスは彼女の顔を直視できなかった。何も顔に出さないので窺い知ることも出来ない。

「……ありがとう」

「え?」

 ユリスには全く予想の出来なかった事態だ。昼間の別れからもう会うこともないかもしれないと思っていた人が、まさか同じ列車に乗っているとは。

 更に顔を合わせた第一声は感謝の言葉だ。むしろ恨まれて然るべきと考えていたユリスは訳が分からなくなっている。

「……何が?」

「ルフィーネのこと。教えてくれた」

「…ううん、そんなこと…私、言わなくていいようなこと言っちゃった気がして…」

「知っておきたかった。嬉しかった…」

 自身に乗っていた重い革袋がどさりと音を立てて地についたような気がした。

 そう考えてくれることが何よりの救いだった。

「……私も、ありがとう」

「………」

 ユリスが顔を伏せると、リュナはくるりと踵を返した。列車の後方へ歩みを進めていく。

「…私、まだ一人じゃない」

「…え?」

「ユリスがいる」

 照れ隠しか、リュナがユリスに振り返ることは無かった。

 ここに来てよかった…ユリスはようやくそこに向かった理由を見つけ出すことが出来、部屋に向かって黙祷をささげた後席に戻っていった。


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