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目覚める竜  作者: 半導体
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44話 帰還

「あら、今日は機嫌がいいみたいね」

 女性はいつになく饒舌だった。抱えている赤ちゃんは眠りこけているが、女性は駆け回りそうな元気の良さがある。

「うん…」

 その理由は女性も分かっているのだろう、それ以上聞いてくることはない。

「私も嬉しいな。まあ、フィストは私のことそんなに気にしてないと思うけど」

「……」

 独り言のようでユリスは反応しない。何がきっかけになったのか、それから女性は急にユリスに近づいてきた。

「ユリス」

「……?」

「この子」

 やや逃げ腰になっているユリスに、腕の中の赤ちゃんを見せた。安心しきった眠り顔はユリスでさえ愛おしく感じるほどのものだ。

「ユリス、ちょっと抱いてみる?」

「…この子は…?」

 その女性の子供であるのは間違いない。別に断る理由はないが、嬉々として受ける理由もないのだ。その問いもまた当然のものだ。

「この子、あなたも知ってるでしょう?…分かるかしら」

 黙って首を横に振る。ユリスがその子供を見たのは、少なくとも記憶では夢の中でしか経験がない。

「この子、フィストよ?」

「……!?」

 ユリスには言っている意味がすぐには理解できなかった。

 確かに夢の中ではある。しかしこれほど明確に、現実であり得ないようなものをはっきりした意識で見ることは予想外だったのだ。

 それから時間を置く。じんわりとその子がフィストであることを自身に教え込んでいく。

 やがて、迷いなくフィストであることを信じることができるようになった。言われてみれば確かに面影があるのだ。

「………あ…」

 恐る恐る受け取る。まだ小さなユリスの腕いっぱいにその柔らかい感触が伝わる。相変わらずの寝顔に、見下ろすユリスも思わず笑顔になっていた。

「かわいい?」

 首を縦に振る。それから女性の顔を見た。

 ユリスもようやく気付くことができたのだが、彼女は確かにフィストの母親に間違いない。腕に収まっているフィストとも記憶の中のフィストとも、どこか似ている部分がある。笑顔になった時の様子は疑いようもない親子だ。

「……」

 恥ずかしくなったのか腕の子供を彼女に返した。そして女性が抱え直すと、タイミングが重なってようやく子供が目を覚ました。

「……ふぇ…」

「?」

「ふえぇぇぇぇぇ…」

 泣きだしていた。

「あらら…ユリスの方がいいみたいね」

「えぇ、そんなこと…」

 嬉しそうにした女性が再び子供をユリスに渡した。ユリスが抱いて少し揺すってやると、ようやく泣き止んだ。

「ふふ…ユリスのこと気に入ってるのかしら。嫉妬しちゃうわ」

「……え、と」

 やや頬を赤らめる。それは現実のフィストとは違うはずなのだが、意識がそちらにいってしまう。


 それからいつまでそうしていたか分からない。覚えている限りは、目の覚めるまでだが。明らかな彼女との別れはなく、意識が現実に戻る際も腕に子供の感覚が残っていた。




「…私の名前?」

「うん……私、あなたの名前もまだ知らない」

「うーん、今無理に教える必要もないと思うけど…まあいいわ」

「…ありがとう」

「私の名前は、クレア。いずれまた耳にすることもあるでしょう」

「…クレア…それが、フィストのお母さんの名前……」





「……うぅ…」

 ぼんやりとした夢の記憶の間に寒朝の厳しさが入り込んでくる。毎朝のことなので驚くようなことはないのだが、だからといって辛くないわけでもない。身を覆う布から右手がはみ出した途端、刺さるような外気の冷たさがそこを襲った。瞬時にしてそこを引っ込める。

「……ぅ…ん……」

 鮮やかなブロンドが毛布の中から姿を現した。

 顔を僅かに出し、周囲の様子を窺う。横に並んでいるベッドで、ユリスと同じように布のふくらみが三つ確認できる。完全に布に身を潜らせている辺り、今朝の冷え込みは相当のものだったのがよく分かる。

 今日は一番に起きたという意味のない優越感を覚えながら、ユリスは再び眠りにつこうと判断する。だが、その寒さに体が驚いたのか思いのほか目が覚めてしまっていた。

 給湯室から紅茶の香りがしたので体を震わせながら起き上がる。凍りつくような冷気が一瞬で全身を埋め尽くした。淹れたての紅茶で体を温めようとユリスの足が急ぐ。


 寝室を出ようという所で、ふと足を止めた。ようやくその妙な点に気づいたのだ。

 振り返ってみても、布のふくらみは三つだ。ゆっくりと上下しているのでそこに人が入っていることは間違いない。

 だとしたら、今紅茶を淹れているのは誰なのか。

 その香りは普段と何の変わりもない。だが、それに向かって何の躊躇いもなく近づくことはあまり良策とは言えない。なにせ、その正体が分からないのだ。

 ゆっくり近づく。給湯室からはガチャガチャと食器を動かす音が聞こえてくる。そしてそれとは別に、紅茶をすするように飲む音が耳に入った。

 音の出所はソファだ。まだ相当の熱気を持っているだろうカップがソファの奥のテーブルに置かれた。それに反応して足を止める。

 何者なのか―――おそらく敵ではないだろうが。

 背もたれに隠れて姿は見えない。先日のこともあるので、ユリスとしても油断してはいけないのがよく分かっている。

 音が止む。食器の音も、紅茶の音も、ユリスの呼吸も。

 戻って誰かを呼んだほうがいいと判断し、寝室の方へ踵を返した。

「あ、ユリスさん。おはようございます」

「…!」

 給湯室から顔を出したのはリメールだった。

「ユリスさんにも紅茶用意しましょうか?」

 もう一度寝室を覗き込む。何度見てもそこにあるふくらみは三つだ。

「…えっと…」

 どうしても合わない人数、そしてソファにいるもう一人が気になり返事があやふやになる。後ずさるようにして足が一歩下がる。


「ユリス。せっかくだし、一緒に飲もうよ」

 幼げな少年の声。それと同時にソファから人の影が立ち上がった。ユリスはその声を初めて聞いたわけでもなく、むしろ長い間待ち望んでいたというべきだろう。

 そしてユリスに向けられていた笑顔は、まさしく彼女の最も欲していたものだった。

「ただいま」

 フィストのそのあいさつの返事は、泣き崩れそうな表情。

 新しく注がれた紅茶は割って入ることもなく、給湯室からその様子を窺っていた。





「ふあぁぁ…あ?」

 ダルタが起き上がると、フィストと並んでユリスがダルタを見つめていた。あまり機嫌が良くないようで、むすっとした様子で睨みつけている。その理由はダルタには分からず、とりあえず苦笑いをした。

「……どうした?」

「……いつ帰ったの」

「あー、それか…」

 体にかかったシーツをどかしながら頭を掻く。短い髪の毛でも寝癖が好き放題に跳ねまわっている。

「昨日の夜だ。起きてたのはアーミルだけだったが」

「起こすのも悪いと思ってね…そのままソファで寝ることにしたんだ」

「俺は空いてたベッドで寝たけどな」

「……」

 寝起きの不安定な笑い声を飛ばすと、ユリスはより一層不機嫌になって背を向けてしまった。どうやら前置きも何もなく突然帰っていたことに腹を立てているようだ。

「…そんなに怒らなくてもよさそうなモンだけど…」

「まあ、心の準備とかしたかったんじゃないかな」

 ようやくベッドから這い出てきたダルタの横で、ティリアだけがなおも寝息を聞かせていた。


「…?」

 とんとん、とフィストの肩が二回たたかれた。

「よう、フィスト」

 いつの間に起きたのか、アーミルが髪も整えてそこではにかんでいた。フィストがその顔を見るのも久しぶりだ。

「ああ、アーミル。ただいま」

「早速で悪いんだが、いろいろと話したいことがたまってるんだ。疲れてるかもしれないが付き合ってもらえないか?」

「あ、うん、分かった」

 フィストも断るつもりはなかったのだが、肩を掴んだまま引っ張るので拒否することが出来ない。アーミルがそんな強行手段を使うのはフィストから見ても珍しいことなのだが、よほどすぐに伝えたいことがあるのだろうとあまり考え込まずに納得していた。


 アーミルが自分の席に座り、机の反対側に椅子を持ってきてフィストも座った。二人きりで話すにはちょうどいい間合いだ。

「…まあ、お前の『宿敵』に関する情報なんだけどな」

 アーミルが頭を掻く。言葉がまとまっていないようで、口元で呻くように何かを呟いているがフィストの耳には届かない。しばらく時間がかかりそうな様子で、フィストの興味は机の上に散らばっている資料に移った。

「……これは?」

「ん?それは…例の研究所の所員名簿だ」

 確かに表紙にそれらしいものが書いてあるが、栞が一枚挿みこまれている。何かの手がかりでもあったのだろうかと、フィストはそれとなくそのページを開いた。

 まず顔写真が目に入る。

 ぼさぼさの銀髪に、僅かばかりの髭。まだそこそこ若そうな顔立ちだが、その輪郭線には何か記憶を刺激するものがあった。一瞬体が震え、彼の氏名に視線が移った時それはピークに達した。

『バスティール・ギルフォテニア』

「ああ、彼のことか。正規の名簿には無かったけど、一度作った記録っていうのはそう簡単には消えないものだからな。でもそれはフィストには―――」

「バスティール…」

 忌々しい記憶。身代わりになり犠牲になった無口で不器用な、だが誰よりも頼もしかった男。

「…バスティールの事覚えてるのか?」

「…え?」

 覚えてるのか、とはフィストの耳に引っかかる言い方だった。少なくともこういった状況なら『知っている』という動詞を使った方が適切だろう。だがアーミルは言い間違えたような素振りも見せない。

「そんなわけないだろ、だってバスティールがお前と最後に会ったのはお前が三歳の時だぞ」

「……僕とバスティールは以前にもあったことが?」

 いまいち会話がかみ合っていないことに気づく。たまたま自分を助けただけだと思っていた彼がどんな存在なのか、それはフィストを混乱させるのには充分だった。

「……まさか…!…けど、もしそうなら…ハハ……まったく運命ってやつは…」

「何?どうしたの?」

 途端に脱力したようにアーミルが笑ってフィストを見た。

「もっと早く、お前に話すべきだったのかもしれない。俺もどこかで分かっていたはずなんだが、気付かないうちに自分自身でそれを否定していたようだ。まあ、今でもまだ遅くはないから大丈夫だよな」

「???」

 アーミルが一人で話を進めていってしまう。ようやくフィストがその話に参加できたのは、アーミルの差し出した封筒を受け取ってからだった。

「バスティールからの手紙だ。彼が死んだことはお前から聞くまでもなく知っていた。昔から交友があったからな。で、その知らせを聞いた直後に届いたのがそれだ。読んでみな」

 言われるがまま封筒の真っ直ぐな切り口を押し開いた。指を入れ、中の紙をつまみ上げる。

 それは、手紙と呼ぶにはあまりに短い内容だった。


―――あれからずいぶん経つが、俺はもう大丈夫だ。それに独りじゃない。理由は分からないが、誰かに追われていた子供を助けて一緒に暮らしている。やはり子供とは良いものだ。フィストの事が思い出される。

 まだその子の名前も聞けていないが、いずれ聞く機会もあるだろう。何かあったらまた連絡する―――


 思い出される…その一言が決定打だった。

「短い文章だけど、わざわざ手紙を掻いたってことは相当嬉しかったんだろうな。お前バスティールにすぐ名乗らなかったな?知ったらもっと喜んだろう」

 もうフィストの頭は機能していない。手紙の内容を整理すると、自分の立ち位置が分からなくなった。

 沈黙が続く。

 フィストは勿論、アーミルまでもが黙っているのはフィストの準備が整うのを待っているからだろうか。

「…昔何があったのか…知っているだけの事を教えてほしい」

「…長くなるぞ」

 50話くらいで終わらせようと思っていたのですが、これは終わるのか際どい所ですねー…。

 まあ、この後の過去話が済んだら最終決戦の地に行かせるつもりです。ここまで読んでくださった方々、最後までお付き合いよろしくお願いします。

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