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目覚める竜  作者: 半導体
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41話 散歩

 初日は終了とともに床に座り込んでいたフィストも、銃を使う様がだいぶ板についてきていた。課題とされていた瞬時の判断力も、ファルの予想を上回る上達速度を見せていた。

 飛来する弾をかわす。そして瞬時に構え、放つ。かつてはかすっていた程度の弾がそのコートの中心を直撃する。おお、とファルが歓声を上げた。

「……ふう」

 終了の合図を確認すると、陰鬱な溜息がフィストから漏れた。多少息が荒くなっているが、さして何事もないように立ち尽くしている。

「…どうかしましたか?」

 溜息の正体が気になったのか、歩み寄ったファルはまずそう聞いた。

「…僕、強くなってますよね。実感できてるので間違いはないと思うんですけど」

「そうですね。ここまで上達するとは、正直なところ私も予想していませんでしたわ。でも、それに何か問題が?」

 フィストはまさしく『力』を求めてここに来ているのだ。その願いがかないつつあるというのに、何故それほど悲しそうにしているのかファルには理解できなかった。

「強くなったことは確かに嬉しいです。…けど、今の僕が抱えている問題が解決出来たら、この『力』はもう必要なくなるんじゃないでしょうか。むしろ、どこかで僕の足を引っ張ってしまいそうな…」

 はっきり述べられていないのは本人の意志が宙吊りになっているということだ。どうすればいいのか、何よりもそこで迷っているのだろう。

「……」

 ファルが考え込むと、フィストはもう一度溜息をついた。その懊悩がどう転ぶのか、不安でならないのだろう。

「フィストさん」

 フィストの顔が上がる。

「…少し、外を歩きませんか?お昼までまだ時間もありますし」

「…分かりました」

 やはりファルには敵わないのだろうなと、頼もしく笑いかける彼女を見てフィストも笑った。





「一つだけ、教えてください」

 歩きながら口を開いたのはファルだ。

「あなたは、どうして強くなりたいと思ったのですか?」

「…あまり詳しくは話せませんけど」

 どこまで話すべきか。ファルに迷惑がかからない程度に説明できるよう言葉を分別していく。夫が関わっている研究も一枚かんでいると知ると、ファルがどのような心境になるのか予想がつかないのだ。

「僕は…力がなかったせいで、今まで大切な人を守ることができませんでした。もうあんな悔しさは味わいたくないんです。人を守れる強さが欲しい…それだけです」

「……」

 バスティールが死んだこと、ルフィーネが死んだこと、ユリスのこと。フィストはその詳しい部分をすべて伏せた。ファルはそれ以上詮索するような無粋な真似はせず、神妙な面持ちでゆっくり頷いた。

「フィストさんは、名誉のためお金のために銃を持つ人たちとは根本的に違うものを持っていらっしゃるようですね。あなたのような方に使ってもらえるのならその銃も本望でしょう」

 フィストの持っていた黒い銃が、上着の間から鈍く光ってそれに答えた。

「本望…?そう、なんでしょうか…」

 懐の銃のしまってある辺りをさわってみる。多少歪な形が上着越しに手の感触として伝わる。

 フィストもそれが聖杯のような神々しさを持っていると考えることはない。フィストにとってそれは死神の鎌であり、血の滴る妖剣であり、禍々しい戒めにもなる枷であることに変わりはないのだ。

「フィストさんにはあまり縁の無い話かもしれません。でも、聞いておいてください」

 ファルの眼には、その枷がどのように映っているのか。もしかしたら聖杯のように見えているのかもしれないが、フィストが分かるはずもない。

「私…よく思うのですけど、この子たちは、本当は人の命を奪いたくないのではないでしょうか。銃として生まれておいて変な話かもしれませんけど」

 ふと、視線が懐に落ちる。服の間から僅かにちらつく黒光りが、それを懸命に主張していた。

「たとえ綺麗に着飾ったとしても、この子たちが人殺しの道具であることには変わりありません。大切なのは、使う側の私たちがどのような思いで、どのように使うかなのです」

「僕がどう考えて、どう使うか…」

 オウム返しに呟く。そうすることで、頭に言葉が染み込んでいく。

「あなたが大事な人を守りたいと願いそのために使うのであれば、きっと答えてくれますわ」

「…そうでしょうか…」

 ファルが自身をつけさせるように笑いかけていたのだが、フィストはそれに応えようとせず俯いてしまった。



 道の脇に小川が流れている。その前で二人は足を止め、その川面に視線を落とした。

 川底までよく透き通って見えるほど澄み切った水が日光を反射し、白色じみたうねりが茶色の枯葉を運んでいく。鳥がさえずっているかのような僅かな水流の呟きに、同調しようともしないフィストの溜息が混ざり込んでいった。

 二つの視線がうねりを見送る。

「僕の恩人は…」

 フィストから語りだしていた。

「僕を助けてくれた人は、僕を庇って銃殺されたんです。それも使った人の問題だと分かっているんですが…それでも、僕はどうしても銃のことを認められないんです。認めてしまったら、一緒にその人の死を認めてしまうような気がして…」

「……そうですか」

 お互いの顔を見ようとしない。どちらともなく、流れる水に視線が逃げてしまっている。

 少し足を動かす。足に蓄積した疲労感がなんとなくそうさせたのだが、鉛が吊り下がっているのではないかと疑うほど重く、すぐに足を慣らすことを諦めた。

「この銃もその人からもらったんです。相手が人でなかったにしろ、これを使って生物を殺したこともあります。身を守るためとはいえ、僕はそれがどうにも辛くて…」

 ぴしゃり、と水がはねた。

 岸の石に引っかかっている黄色い花びらがフィストの目にとまった。流れに乗ろうとするがうまくいかず、いつまでもそこで立ち往生している。横を流れていく枯葉たちとどちらが喜ぶべきことなのか、予測の立てようもない。

「……すいません、こんな話を聞いてもらって」

「いえ、そんなこと」

 それが表面上だけの返事であるのは、はっきりと出てしまったファルの表情が何より良く語っていた。

 返答しやすいようにと、フィストは視線を川から外してファルの顔を見ようとした。だが、彼女の輪郭が視界の端に映った途端にその勇気がしぼんでいってしまった。自身を情けなく思いながら、視線をゆっくり戻していく。

「フィストさん」

 なので、ファルから声をかけてきたことは何ともなくフィストを安心させた。

 だが、フィストの見ている世界は動かない。僅かでも動かそうものなら自身が音をたてて崩れてしまう、そんな気がしてならなかったのだ。

「力というものは、二つの種類があるのです」

「二つの…?」

 映っていた世界が動き、対岸の森の緑が現れる。

「一つは奪う力。そしてもう一つは、守る力です」

「……」

 ファルの姿が映った。やはりその笑顔は、見ている人を安心させるものだ。

「どちらの方が大切なものなのか、フィストさんは分かりますよね?」

「…はい」

 ようやくフィストにも、笑顔を返す余裕が生まれる。

「殆どの人は、それに気づくことはありません。私が見てきた人の中でそれに気づくことができたのは、あなたとダルタさんだけですわ。大切な分、それに気づくことができる人は少ないのです」

「……」

 呆気にとられている、と表現すべきだろう。何に驚いているのか、フィスト自身分かっていない。

「守る力は、必ず奪う力に勝ります。その気持ちを忘れないでください」

 暫く沈黙する。頭の中でそのまま復唱し、そしてファルに正面から顔を向ける。

「……はい」

 力強く答え、負けないほどの強さを持った眼でファルを見つめた。

「ふふふ…そろそろ帰りましょうか」

 早足で歩きだしたファルは、いつになく嬉しそうな表情をしていた。大切な物や珍しいものを見つけた時のような、子供じみた笑顔だ。それもファルがするとどこか清楚で可憐な煌めきを感じさせる。

「もうお昼ですし、ダルタさんが待ちくたびれて拗ねているかもしれませんね。急ぎましょう」

「あ、はい」

 早足から駆け足になり、輝きのある雪色が川のように流れる。案外その速度は速く、すぐにはっとしたフィストも走り出す態勢に入る。

「………」

 追いかけようとしたフィストはふと足を止め、もう一度だけ河原に視線を落とした。

 白いうねりが増している川面の隅に、忘れかけていた形の石が映る。

 まごついていたように見えた黄色い花びらは、いつの間にかその姿を消してしまっていた。


「フィストさん、どうかしましたか?」

 遠くからファルが呼んでいる。笑顔ではいるが、あまり待たせるとあとあとが恐ろしそうだ。僅かな未練も感じずに視線を前にやる。

「すみません、すぐ行きます!」

 駆けだした時の足は、先刻のことが嘘のように軽く感じられた。

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