挿入話 勤務先
いつも彼の訪れていたそこは、以前来たときとはまるで違う様子に変わっていた。ガルバートが最後に来たのはほんの一週間前だが、たったそれだけの間に起こった変化としてはあまりに異常だと形容せざるを得なかった。
何の所為なのか、言われるがまま作り続けていた被験体のガラス管が全て空になっているのだ。ガルバートは殆ど関与していなかったので、それらの存在が彼の研究にどれほど役に立っていたのかは知らない。だが、少なくとも何かの事故ですべてダメになったというわけではないらしい。
そう確信したのは、そこにいた旧友の存在を見つけたからだった。
「ヴェクス」
「ああ、ガルバート。いつもご苦労」
「…お互いにな」
ヴェクスの顔は、ガルバートの記憶よりも遥かにやつれていた。
「…で、捜索の方は上手くいっているのか?」
「…あの被験体と少年のことか?」
「ああ。いい加減見つかってもいいころだろう」
ガルバートの脳裏に思い出されるのは、フィストの眼だった。目の前の友と彼の眼の光を天秤に掛ける。
「………」
「……いたのか?」
「……いや、まだだ」
「…そうか」
元がポーカーフェイスのため、ヴェクスもそれを疑おうとはしなかった。心の中で、ガルバートは申し訳なさそうに彼に頭を下げる。
「…それより、これはどういうことだ?」
あたりの変化が彼の仕業であることは確かなのだ。国直属のこの研究所を動かすことができるのは、最高責任者であるガルバートとヴェクスの二人しか存在しない。
「もう必要がなくなったんだ」
「必要ない?」
そもそもあまり気の進んでいなかった『何か』がいらなくなったと言われても、それほど気にはならない。思わず聞き返していたが、本心から返事を求めているわけではない。
だがそれと同時に、ヴェクスの後ろ―――正確には彼の脚の後ろ―――から一つの視線がガルバートに向けられた。
男性の中でも高い身長であるガルバートを見つめるには、殆ど見上げる形になってしまう。ガルバートを見上げているその瞳は新緑の色をし、背中にそって伸びている髪の毛は紅葉の如く真っ赤だ。そしてその首には、雪の結晶をモチーフにした首飾りが下がっていた。
その子がどういった子なのかは、ここで分からないガルバートではない。
「…完成、したのか」
驚きのあまり、言葉がうまくまとまらない。
「あとは最終テストを済ませるだけだ。殆ど完成と言っていい」
「この子が『テロ・ダクティル』…例の実験の完成品…」
「この子は『翼竜』じゃない」
ヴェクスが制する。じゃあ何だと聞こうとしたのも手で止めた。
「もはやこの子は『テロ・ダクティル』の枠には収まらない。更に進化したんだ。そうだな、この子のことは……『闘竜』…『ティアマト』と呼ぶことにしよう」
嬉々とした様子のヴェクス。唖然とするガルバート。その間に立っているその女の子だけが、全く表情に変化を見せずに何処か遠くを見つめていた。