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目覚める竜  作者: 半導体
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35話 ある弾の軌跡

 その一言は、朝食のすぐ後に言い渡された。

「フィストさん、このあと支度を整えてから客間に来ていただけますか?」

 ナプキンで口を拭きながらファルがフィストに言った。何のために、というのは愚問だろう。

「ガルバートが練習用にいろいろ準備してくれたそうです。実戦に近い特訓なのでコツを覚えるのも早いと思いますよ」

 フィストが見渡してみると、ガルバートはすでに朝食を済ませて部屋から姿を消していた。彼が食べた跡だろう、空になった数枚の皿だけがそこに残されている。

 その皿を片づけようとしたドルイズと目が合い、お辞儀をされた。




 ガルバートとファルに連れられてフィストが来たのは、前日の部屋の近くにあった別の地下室だった。たどり着くまでその存在に気づかなかったのだが、確かにファルに連れて行かれた部屋のすぐ横には別の扉があったのだ。

 中は隣よりもずっと広かった。照明は一つだけだと全体を照らせないのだろう、等間隔で幾つも吊り下げられている。そこに浮かび上がるのは、生活感をほとんど感じない奇妙な物体。

「ここは…私たちが銃の練習をしたり、客に商品の試し撃ちをしてもらったりする部屋だ」

 ガルバートが説明を施す。

 部屋にある物体は、試し撃ちならば的を置く台になり、練習ならば身を隠す障害物になるらしい。その意味ではそれらも強ち奇妙と言い切ることはできない。それでもその幾つもへこみや傷のついたそれらは、見慣れていないフィストにとっては見ていて良い気分になるものではなかった。

 ガルバートが一丁の銃をフィストに渡す。

「この銃も相手の銃も実弾は入っていない。空気の塊がぶつかるから多少痛みはあるだろうが」

「…はい」

 それを確認するために渡された銃のシリンダーを開こうとしたのだが、そもそもシリンダーらしい部分が無い。確かにそれならば、実弾の装填は不可能だ。

「用心深いな。まあ、そのくらいがちょうどいいだろうが」

 入念に渡された銃を調べるフィストを見て、ガルバートは僅かに笑って見せた。

「じゃあ…まずはどんな感じなのか、ファルにやってもらおうか」

「はい!」

 ガルバートの横にいたファルが、フィストと同じ形の銃を持っていた。構えてその感覚を確かめるなど、なかなか本気のようだ。

 幾つかある障害物は、黒光りを持つ無機質な箱状のものばかりだ。銃の練習が目的ならそこにこだわる必要はないのだが、一切の無駄が排除されたその空間は立っていると嫌悪感を覚える。

 ファルが嬉々とした表情で踏み込む。銃の使用がそれほど嬉しいのか、それでも構えや注意の配り方には僅かな無駄もない。熟練した銃の使い手の雰囲気が―――表情以外からだが―――ようやく感じられるようになった。


「…フィスト」

 少しずつ奥へ進んでいくファルの背中を見据えたまま、ガルバートが口を開いた。

「一応言っておくが、今回の特訓に合わせて研究所から相手役を持ってきておいた」

「相手役?」

「君になら『コート』と言えば効率良く伝わるだろう」

「……あなたは研究所と関わりがあるんでしたね」

 フィストも忘れていたわけではないが、日付変更線を挟んだせいかその事実が気にならなくなっていたようだ。敵が自分の協力をしているというのは未だに不可解な気持ちになるが。

 コートという言葉に連動して引き出される記憶の影響か、不快な感覚がフィストの全身を駆け巡る。

「先程も言ったが、奴らに持たせているものも空気銃だ。それに私の命令には逆らわないから、練習以外で襲ってくることはない」

「…そうですか」

 安心できるはずだったのだが、本心からそれを鵜呑みにすることが出来ない。やはりすぐには信用できないんだなと、フィストは昔と変わってしまった自分に気づいて溜息をついた。

「…始まったぞ」

 はっとして前を見ると、丁度ファルが銃を構えて引き金を引くところだった。




―――そして、彼女の舞台が始まった。


 銃声。

 音に重みがないのは、空気銃だからだろう。発射された弾の姿は全く見えないが、銃の向けられた先にそれが飛んでいくのはよく分かる。その先に確認できるのは―――コート。

 ファルの放った弾がそれに当たったのは崩れるコートを見れば分かった。その確認と同時に、ファルはすぐさま次の動作に移っていた。それまでとは比にならない俊敏性を持ち、喜びだけだった表情もいつの間にか引き締まっている。


 発砲。

 フィストからは見えない位置でコートが崩れる。そことは別の方向からファルに向かって銃声が聞こえたが、踊るように身を翻してそれをかわす。飛んできた弾も正確な軌道は見えないのだが、ファルに当たった様子は見受けられない。


 発砲。

 どこに対象がいたのかは不明だ。だがそれは確実に、寸分の狂いもなく相手を仕留めている。


 二発。

 ファルのジャンパースカートはその長い丈を大きく振りまわしていて動きにくそうだが、ファル自身はそれを意に介していないようだ。動きに合わせてたなびくそれは、舞台に立つ彼女を誰よりも輝かせている。

 まるで遊ぶかのように、華麗にステップを踏む。


 一発。

 休む暇なく、立ち位置を移動する。まさしく舞台のように、全ての動きが台本になっているかのように無駄なく立ち回り、見る者の心をとらえて離さない。


 二発。

 時間が目まぐるしく過ぎていくように感じられる。それだけ目の前の『ヒロイン』が素早く動き回っているということだろう。


 一発。



 そして、幕が下りた。




「ふう…このくらいでしょうか」

 にこやかな顔で、ファルが戻ってきた。その笑顔は満足感以外の何物でもない。フィストは間違いなく今の神業が如き一連の動作に圧倒されていた。だが、賛美の言葉が口にできなかった。

 唖然などという簡単な言葉では表しきれない複雑な心境に陥っていた。

「…フィストさん?どうかなされましたか?」

「…あっ、その…ファルさんのイメージとずいぶん違っていたので…やっぱりと言うか、銃の扱いも上手なんですね…」

「どうしてそんなに落ち込んでいるのですか?」

 ファルの言う通り、フィストの声には張りがなかった。彼がファルのことを認めているのは事実だが、フィストにはそれがどうしても理解しきれないらしい。

「…あの、失礼ですけど」

「?」

「…ファルさんは…まだ動いている…人とか動物とか、そういうのを撃つことに、喜びを感じたり…するんですか?」

 それは確かに失礼な質問だった。それでも、実践して見せるときの嬉しそうなファルを見ていると聞かずにはいられなかったのだ。

 ファルは黙った。怒ったのかもしれないが、その判断はつかない。

「…そうですね…私は確かに、銃を使うときはすごく楽しいです。でも、決して命を紡ぐことに快感を覚えているわけではありませんわ。確かにこれはそのための物ではありますけど、それに振り回されて身勝手に摘み取っていいほど命というものは軽いものではありませんから」

 手にしている銃を、今回はやや哀しそうに眺めた。それからフィストに笑顔を見せてからガルバートにそれを返す。怒ったわけではないらしい。むしろ、そう質問されたことをどこかで喜んでいるのではないかと思わせる態度だ。

「…安心しました」

「それは何よりですわ。さあ、次はフィストさんの番ですよ」

 ファルが背中を押すと、フィストは先ほどまで光り輝いていた彼女の舞台に押し出された。





「…そこまでだ」

 ガルバートが終了を指示し、同時にフィストは疲れ果てたようにその場に座り込んだ。

 右手と右肩に鈍い痛みが残っている。それは相手の弾が当たった場所で、フィストの考えているよりはひどい痛みではなかった。だがこれがもし実弾だったならば、確実にフィストは死んでいただろう。相手のコートの数はファルと全く一緒だったらしく、崩れているコートの数は先ほどと変わりない。ファルがどれだけ凄腕の持ち主なのかが実感できた。

 踊っているかのような彼女の動作。それは常人以上の反射神経と、判断力と、銃の腕前がなければなせない業なのだ。比べてしまえば、フィストの時はまるで喜劇のようだった。

 最初のうちはフィストも奮闘していた。的確に現れたコートたちを撃ち抜いていたのだが、次第に一度の出現数が増えてくると攻撃が間に合わなくなっていくのだ。撃つのに集中すると相手の弾が当たる。回避を優先すると攻撃が当たらない。そのジレンマが、フィストの場合は見る者の印象に残った。

 息を切らせているフィストにファルが手を差し伸べた。

「お疲れ様です。こちらで休みましょう」

 平然とした様子で立っているファルの姿は、フィストの目には後光が射して見えた。


「えー、一通り見たところ…射撃の精度は素晴らしいのですが、構えてから発射までに時間がかかりすぎていますね」

 フィストの実力を見てどのように感じたのか、ファルはどちらともつかない様子で長所短所を述べた。

「確かに…最後の方はまるで追いついていませんでした」

 自身が思い返してみても、言われた通り構えてから撃つまではずいぶんと時間が空いているのが分かった。コートを撃ち抜こうとすると、フィストはどうしてもその程度の時間を必要としてしまうのだ。短く収めた時の弾はコートに直撃していない。

「フィストさんの場合はそこがネックですね…これは何と言いますか、瞬時の判断力が要求される話です。実戦で培われる能力ですので、それを一週間で身につけるというのは…」

「…無理、ですか」

「できるだけのことはしますわ。一瞬でも後れを取ると致命傷につながるのが銃撃戦ですから、少しでもその感覚に慣れておいたほうがいいでしょう」

 簡単な診断結果ではなかったが、それはある意味でフィストの求めているものでもあった。専門家というだけあって、今までフィストの不足していたものをしっかりと見つけてくれたのだ。喜ばしいことに違いはない。

「とりあえず今はここまでにしましょうか。そろそろお昼にしましょう」

「…もう終わりですか?」

 あっさりと終わってしまったのでフィストは驚いて見せた。今のフィストの体も疲労が蓄積されているが、世に言う猛特訓の直後の人間とは歩くことすら困難になるのでは、というのがフィストの予想だった。

「長く続けると集中力が持ちませんわ。焦らず、慎重に行きましょう」

 ファルが言うと説得力がある内容だ。長くこの道に携わっているからこその判断なのだろう…そう考えたフィストは、特に異論を唱えることもなくそれに従うことにした。

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