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目覚める竜  作者: 半導体
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29話 過去を彼女に

 すでに二人が出発して数時間がたつ。ティリアに尋ねたところ、もうそろそろ到着しているくらいだろうと教えられた。去り際に「もう恋しくなった?」とからかわれて恥ずかしがってしまった。

 確かに、ユリスは恋しくなっていた。横にフィストがいないだけで、すでに落ち着くことができなくなってそわそわしているのだ。

 新たなよりどころを見つければあるいは落ち着くこともできるかもしれないが、今いる人間のなかで唯一それらしいのはティリアだけで、ユリスにとっての彼女はそばにいて落ちつける存在という位置づけではない。


 窓際の椅子に座ると、外の様子がよく見える。

 この街は建築物ばかりで、最低限必要な設備以外は殆どが省かれている。人間の数は目が回るほど多いが、生活感はあまり感じられない。それほど周りの景色を意識して見てきたわけではないのだが、やはりその情景は見ていてなんの面白味もない。それも手伝ってか、フィストの向かったというフォルクコートなる街がどんな所なのかがユリスには気になっていた。

 わずかに聞かせてもらった話によると、そこはテッドフォースとはまるで違う『自然』が広がっていて、人はそれほど多くない。空気も澄んでいて、深呼吸をすると体の毒素が抜けていくような錯覚も覚えてしまうほどの場所らしい。

 『自然』とはどんなものなのか。植物がどんなものかくらいは知っているユリスも、皆が口をそろえて素晴らしい場所と言うほどのそこはどんな場所なのか気になっていた。

 諦め切れていない、と言えばそうだろう。行けないと思えば思うほど、フォルクコートという高嶺の花を欲してしまうのだ。無論、フィストがそこにいるというのが大きな要因なのだろうが。

「…あの」

 振り返ると、リメールがユリスを心配そうに見つめて立っている。手にはティーセットをのせたお盆があり、それでユリスを慰めようとしていると窺える。

「紅茶、飲みませんか」

 おそるおそる、といった様子だ。余計な気遣いかもしれないという思いがあるのだろう、普段よりも距離を取って話しかけている。ポットからはすでに湯気がたっていて、断ってしまうとリメールが今のユリスよりも落ち込んでしまうのだろう。

「…うん、飲む」

 精一杯の笑顔を見せると、リメールは喜んだ様子でお盆をテーブルの上に置いた。逆さに重ねてあったカップを一つひっくり返し、そこにポットの中身を注いでいく。芳醇な香りがユリスの鼻に泳いできてその表情をほころばせる。硬い笑顔は朗らかなものへと変化した。

「はい、どうぞ」

 テーブルの上に湯気を放つカップが差し出される。近づいてそれを受取り熱い液体を口に運ぶと、柑橘類の香りが鼻を抜けていった。

「…いつもと違う香り」

「分かりますか?今回はちょっとだけレモンを使ってみたんです。レモンの香りには気持ちを落ち着かせる効果があるらしいので、今のユリスさんにはちょうどいいと思いまして」

 カップを一度置くと、ユリスは自分が言われた通りリラックスしていることに気づいた。無意識なものだが、その爽やかな香りが焦っている自分をなだめてくれたようだ。

 リメールもそのユリスの様子に安心したようで、カップを更に一つひっくり返して自分の分を用意し始めた。

「私、少しですけど…ユリスさんの気持ちが分かる気がするんです」

 リメールが注がれる様子を見つめながら幾分か淋しそうに口を開いた。

「…え?」

「私も昔、とても大事な人が遠くに行ってしまったことがあるんです。まだ小さい時でしたけど、今でも思い出すと涙が出そうになります」

 紅茶を注ぎ終わると、リメールはポットをお盆に載せて椅子に座った。

「少しだけ、昔話を聞いてもらっていいですか?」

 ユリスが黙ってうなずくと、リメールは僅かに切なそうな表情をよぎらせた。


「私が本当に子供…六歳にもなってなかったころだと思います。お母さんとお出かけすることになって、買い物をするためにテッドフォースを歩いてたんです。いつもよりお母さんが優しくて、雪も降ってきて、すごく楽しかったのを覚えてます」

 静かな語り出しだった。ユリスはカップから手を離して聴覚に集中する。

「私、きっと悪い子だったんですよ。お母さんも表向きは私に優しくしてくれましたけど、きっとどこかで私のこと邪魔に思ってたんです。私、何も気づいていませんでした…なんて、今言っても仕方ありませんが」

「……」

「……結論から言ってしまうと…私、お母さんに捨てられたんです、その日に」

「…!」

 リメールが淋しそうな顔をしていたのは言うまでもない。

「人の少なくなったあたりで、お母さんはそこで待っているように私に言ってどこかに行ってしまったんです。すぐに戻ると言うので私は待つことにしました」

「……それで、お母さんは…」

「…朝にそこで別れて…気がついたら日が暮れ始めていて…」

「……」

「…結局、お母さんは夜になっても帰ってきませんでした……」

 何も言うことはできない。ただ聞き手として、ユリスはそこに座っている。

「私、ずっと待ってたんですけど…寒くて、お腹も空いて、淋しくて、暗くて、怖くて……気がついたら、泣きたくないのに泣いてました…」

 カップを持つリメールの手が僅かに震えている。それがいかに辛く思い出したくないものなのかを端的に表している。

「それでお母さんを探そうと思って、人の多いところに出て…そこでも泣いてたんですけど、アーミルさんが、そんな私に声を掛けてくれたんです。私を拾ってくれて、義妹ってことにしてもらって…それ以来、ここで暮らすようになりました」

「…そんなことが…」

 いつも明るく振る舞っている様子からそんな過去を想像することはできない。その隠匿されていたような事実に、ユリスは気まずそうに目線を落とした。

 落ち込んだようなユリスに気づいたのか、リメールがはっとして無理矢理笑顔を作った。

「あっあの!ですから、ユリスさんがフィストさんと別れてしまった辛さも、私少しは分かると思うんですよ」

 リメールの話が明らかにユリスより重苦しいのだから少しどころの話ではない。ユリスの方が気を使ってしまうくらいの内容なのだから。

「フィストさんが近くにいなくて辛いとは思いますが…きっと、きっとすぐに帰ってきますよ。ユリスさんが待っている限りは」

「…うん。私も、それは信じてる…けど、なんだか…フィストが特別扱いされてるような…そんな気がするの」

 フィストにだけ遠出が許される、それがユリスにはどことなく悔しくもあり、羨ましくもあったのだ。フィストについていきたいと願ったのは、そんな思いも含まれていたらしい。

「…きっと皆さん、ユリスさんのことすごく気にしてると思うんです」

「…気にして…?」

「ユリスさんが傷つくと、皆さんも悲しいんです。体の傷だけでなく、心の傷にもそう言えます。フィストさんは苦難に負けない強い人に、ユリスさんにはそんな傷を負わせたくないと思ってこんな形にしたんじゃないでしょうか」

「…そう、かも…」

 それを裏付ける事象はそれなりにあった。思い返して、ユリスはそれにようやく気付いた。

「辛いでしょうけど、ユリスさん。フィストさんの無事と一緒に、皆さんのことも信じていただけませんか?」

「……うん」

 リメールの懇願に、ユリスは何の不安も感じさせない笑顔で頷いた。リメールの表情が途端に満面の笑顔になる。

「ユリスさん、ありがとうございます」

「…ううん、私ばっかりわがまま言ってたら駄目だよね」

 置いてあったカップを口に持っていくと、紅茶はいくらか冷めて飲みやすくなっていた。喉が乾いてしまったユリスは少し多めに流し込む。

「…ユリスさん。私、明日買い物に行くんですけど、良かったら一緒に来ませんか?」

 ユリスを更に元気づけたいらしく、躊躇うことなくリメールがユリスを外出に誘った。

「…いいの?」

「ティリアさんも一緒だから大丈夫だと思います」

 つまり、そのくらいいれば守れるだろうと言いたいらしい。その好意がユリスにはこの上なく喜ばしいことだった。

「…じゃあ、ちょっとだけいい?」

 ユリスが言いにくそうに言葉を紡いだ。

「はい?なんですか?」

「それなら明日、ちょっと行きたいところがあるの」

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