28話 森の街へ
良い天気、と断言できる。雲の姿は一つも見当たらず、遮るものもなく降り注ぐ日光の中ではあまり着込んでいると逆に暑く感じられる。
幸い二人ともあまり厚着をしていないので、比較的快適な旅路となっていた。道が石畳から土になり、両側の家も小さなものが疎らに建っている程度に減っている。前方には葉を落とした枝の木々が確認でき、残りの道のりがどのくらいかはおよそ見当がつく。
「ダルタ、向こうに着く前に聞いておきたいんだけど」
軽い足取りで歩いて行くダルタ。フィストはその軽快さに引っ張られるような形で必死に並んで歩いている。
「その銃の扱いが上手い人ってどんな人?」
「ああ、そういや何も説明してなかったな」
これからお世話になるであろう人のことはある程度知っておいたほうが失礼にもならない。だがフィストは、その人物についての情報を全くと言っていいほど持っていないのだ。
「そいつはファルって名前で、主に銃火器類を取り扱っている俺の同業者みたいなやつだ。あ、国の許可を貰ってるから違法じゃないぞ」
「国もそんな許可を出すんだ」
フィストにとってはあまり他人事に出来ないのだが、国家として堂々と銃などの扱いを許可しているのは確かに珍しい事態だ。
「ああ。結構いろんな方向からの信頼が厚くて、フォルクコートに住めるほど金持ちになったらしい。少し前に結婚もしたそうだ」
銃火器の専門家で、お金持ちで、既婚。フィストの中で『ファル』の人物像が組みあがっていく。
「あと…自慢じゃないが、俺って銃とか刃物とか好きなのは知ってるよな?リメールから聞いてるみたいだったが」
「ああ…そういえば、本屋の前でそんなこと言ってたね」
やや大袈裟に呆れてみせるが、そうされ慣れているのかダルタはまるで気に留めていない。
「だが、ファルの銃好きは俺なんか比にならない。自分じゃあんまり使わないんだが、家には大量の銃とか剣が置いてあるぞ。銃の雄々しさ、剣の美しさを日が暮れるまで語りつくすんだ。俺もその影響で好きになったんだが…流石にあそこまではならねぇな」
「……ふーん…」
フィストの人物像は完成しなかった。途中まではダルタのような見た目に無口な性格の人間を想像していたのだが、今の説明はそれまでの印象と全くかみ合わない。当てはまる場所のないジグソーピースのように、未完成のパズルの前でそれだけが残ってしまった。
「普段は礼儀もわきまえる奴なんだが、それの話になった時にはな…それなりに覚悟決めといた方がいいぞ」
「…それ、なんの覚悟?」
その質問にダルタは答えず、不安を誘うような妙な笑顔をあげながら歩いて行く。
あたりに枝ばかりの樹木が増え始めていた。
視界いっぱいに枝ばかりの木々が溢れている。葉の付いていない木のシルエットが地面で重なり、どこまでも日影が続く。道としてはやや幅広な土のものが申し訳程度に続いているが、それ以外の大地は多量の落ち葉が積もっていて歩くには適さない。
人間が住んでいるにもかかわらず、そこの自然はまさに手つかずといった雰囲気だ。
いくら森の中とはいえ、舗装された道くらいあるだろうとフィストは考えていた。しかし、舗装はおろか真っ直ぐな道すらあまりない。
「ずいぶん曲がりくねった道が続くね」
百メートルと直線が続かず、フィストが道の先を確認しようとしてもその先は木々の裏に回り込んで見えなくなってしまう。
「枯れた川を利用した道だからな、おかげで自然への負荷が少ないって話だ」
「へぇ…」
この地域の人間は金に物を言わせるだけの成金ばかりではないようだ。富裕層の住む地域というだけでフィストはある種の嫌悪感を持っていたのだが、その気持ちもどうやら見当違いだったらしい。
未だに家らしいものは見えてこないのだが、もう街まであまり遠くないとダルタはフィストに教えた。
進行方向から人が歩いてきた。茶色っぽい顎鬚を蓄えた初老あたりの男だ。
テッドフォースですれ違う人々とは明らかに服の質が違う。露店で見かけたようなアクセサリーをいくつか身につけているが、それは決して見せつけているわけではない。
派手すぎず地味すぎず、宝石が服を、服が宝石を引き立てている。よく洗練された組み合わせだ。
「…おや、ダルタさんじゃないか」
男はダルタの姿を確認するとすぐにお辞儀をした。ダルタも返礼し、つられてフィストも頭を下げる。
「ずいぶん久しぶりだね」
「お久しぶりです、ラックヤードさん。相変わらずお元気そうで」
「いやいや、とうとう四十を超えてしまってね。最後に会ってから二年経つのかな」
ラックヤードと呼ばれた男が謙遜とともに朗らかな笑みを浮かべる。それは優しそうで、かつおおらかなものだ。ダルタとは顔なじみらしく、そのおかげでフィストも必要以上の距離感を感じずにいられた。
「今日はファルさんのお宅へ?」
「はい。折角近くに来たので、会っておこうと思いましてね。新しいナイフも必要になりましたし」
「そうかい」
その返答は予想出来ていたのだろうか、ラックヤードは特に驚く様子もなく納得して見せた。そして、これが本題だと言わんばかりにフィストに顔を向けた。
正面から見るとその輪郭線はまるみが無く、堅そうな凹凸が顔に深い影を塗り込んでいる。髭の量は顔とバランスが取れていて、しかもそれはしっかり手入れされているらしく、僅かな日光を受けて鈍い輝きを放っている。
肖像画を描くと上手くまとまりそうな顔をしていた。
「そちらの子は?まさか、君の息子だったりするのかい?」
「あ…フィストです。初めまして」
フィストはとっさに挨拶をし、もう一度頭を下げた。まだ初見の人間相手の礼節に慣れておらず、それはしどろもどろになっている。
「まさか、俺はまだ独身ですよ。知り合いの子で、ファルに銃の特訓してもらいたいらしいので」
ラックヤードの表情が緩む。一瞬吹き出しそうになってしまったらしく、フィストに見えないように口元を押さえた。
「ああ、そうかい…フィスト君、ファルさんの特訓はいろんな意味で大変だから、くれぐれも気をつけるんだよ」
凄みを利かせてラックヤードがフィストに苦笑いを見せた。冗談などではなく、本心からフィストを心配している。
『ファル』とはどんな人なのか。フィストの頭では『変わった人』以外の的確な言葉が見つけられない。聞けば聞くほど、その人物像は常人を逸していると言う他なくなってくるのだ。
「では、私はこれで。ダルタさん、お気をつけて。フィスト君、頑張るんだよ」
「はい、お元気で」
ラックヤードは軽くお辞儀をすると、二人のやってきた道を歩いて行った。その姿は湾曲する道にすぐに隠されてしまう。
暫く会話が弾んだためか、急に森の中が静まり返ったように感じられた。不気味さはないが、一人だったり夜だったりする時にここを通過するのは危険が伴うだろう。
「気をつけるって…どういう意味?」
フィストはラックヤードの消えた道の先を見つめてかたまっている。
「あー、具体的に言うのはやめておくが…もう少し多感な時期にあの特訓されると、俺らと同趣味になる可能性が高い。で、時期を外したお前見たいな奴には単なる苦痛になる。そんな感じか」
あえてなのか、それは的をはずしているような返答だ。その特訓の内容は向こうに着くまで教えるつもりはないのだろう、おそらくこれ以上質問しても満足のいく答えは得られない。
「分かったような分からないような」
「そんなもんだろうな。俺も詳しく覚えてないし」
ダルタもその特訓を受けたのか、という質問はあえて伏せた。聞いたところで先ほどのような返答が返ってくるだけなのはフィストにも分かっている。
「じゃ、行こうか。もうすぐ街が見えてくると思う」
「うん」
ダルタは再び上機嫌になり、軽快な様子で歩きだした。