挿入話 王城内
机の上の写真。そこには、仲の良さそうな兄妹が映っている。二人とも笑顔でこちらを向き、妹の方は兄の腕にしっかりと掴まっている。
妹の映っている写真はこの一枚きりだ。彼が知り合いに頼んでこっそりと撮ったもので、両親には内緒にしていた。
日は沈み、すでに辺りは暗闇に包れている。部屋の明かりをつけていないので、その写真を見るのも窓から差し込む月光に頼っている。
幸せそうな笑顔。ずっと一緒にいられると信じていたあのころ。
彼―――現オルディア国王ハーゲンティは、過ぎ去った思い出を懐かしみ溜息をついた。
「なに、一緒に写真を?」
フェラートはいつになく怪訝そうな顔をした。
「はい、考えてみたらまだあいつと一緒に撮った写真が一枚も無かったので」
父親とはいえ、敬語を欠かすことは無い。それが両親の教育方針であり、一国の王になるという重大な未来に向けての準備だった。
フェラートは顎に手を当てて考え込んでいる。たかだか一枚の写真にそこまで悩む必要があるのかハーゲンティは疑問に思ったが、あまりせかすことはせずに返答を待った。
当然構わないだろうと、そう信じていたからだ。
「駄目だ」
なので、その却下はまさしく予想外だった。
「…え…」
「写真は駄目だ。一緒などもってのほか」
「な…なぜです、お父さん!写真を撮ることに、そんなに重大な意味があるとは…」
「くどいぞ、ハーゲンティ」
「…!」
それ以上は何も聞くことができず、ハーゲンティはただ黙ってそこに立ち尽くしていた。
だが、彼は諦めなかった。
たった一枚の写真。彼はどうしてもそれが欲しかった。
多くの財産も、美麗な芸術品もいらない。
彼はただ、妹との思い出を残したかったのだ。
一国の王としてではなく、一人の兄として。
「…え、カメラを?」
王宮に時折訪れる男。彼は王宮の近くにある研究所の管理を任せている、という説明を以前フェラートから受けていたハーゲンティは、彼に写真を撮ってもらえるよう頼むことにした。
彼との仲はそれなりに良かった。いずれは何度も顔を合わせることになるだろうという、これも父親の提案から仲よくしていた。
「はい、それで僕と妹を撮っていただきたいのですが」
「妹…?はあ、分かりました。では王に話を…」
「父には、内密にお願いします」
歩いて行こうとする男をハーゲンティは慌てて止めた。男は一瞬訳のわからなそうな顔をしたが、ハーゲンティのすがるような表情を見て「分かりました。では、来週の火曜日にまたここに来ますのでその時に」と笑った。
兄妹で中庭の芝生に並んで立つ。その少し離れた所に、カメラが構えられている。
「ほら、すぐ終わるって」
「…えっと…私、写真って初めてで…」
「…そうなのか?」
自分と一緒に限らず、彼女は写真を撮られたことがないらしい。ハーゲンティも初めて知る事実だった。そのせいだろう、彼女は妙に緊張していた。
「大丈夫、怖くないよ」
「あ、いえ…そうではなくて…」
彼女もまた、ハーゲンティと同じように敬語を駆使した。王族たる自覚の表れなのかもしれないが、それだけではないようだ。
「嬉しいんです、お兄ちゃんと映れるのが」
「…恥ずかしいこと言うな」
「はい、撮りますよー。お二人とも笑って」
男がカメラを構え、二人は向き直って笑顔になる。
フラッシュの光る直前、彼女はハーゲンティの腕をしっかりと握りしめていた。
「…もう何年会っていないか…でも、もうすぐ…もうすぐなんだ…」
研究の完成が近い。それはすなわち、妹との再会が間近ということ。
写真の中の成長していない妹を見つめ、一人の兄はぐっと表情を引き締めた。