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目覚める竜  作者: 半導体
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23話 『その日』 夕方

 痛みは引いていた。記憶をはっきりと探し出せず、半分ほど開いた眼でただ天井を見ていた。

 しばらく時間を消費した後、体を起こした。朝とは違い、弾力のある布に寝かされている。どうやら、また事務所に寝かされているようだ。

 腹部に手を当ててみると、撃たれた箇所は包帯で隙間なく巻かれていた。それを手がかりに慎重に記憶を掘り出していく。

「ユリスは!?」

 思い切り立ち上がると腹部に刺すような痛みが走った。急にやってきたのでそこを抱えてうずくまってしまう。その声を聞いてか、リメールが慌ててフィストに駆け寄ってきた。

「ああ、まだ動いちゃダメですよ!傷が開いちゃいます!」

 そして押さえつけるように、フィストを無理矢理横にさせた。

「リメール…ユリスは無事だった?」

 心配そうなフィストに、リメールは「大丈夫、隣で寝てるじゃないですか」と笑顔で答えた。

 反対側を見ると、少し間を置いて自分のそれと同じような布があった。そこからブロンドの髪の毛が覗いている。平和そうな寝息も同時に聞こえてくる。

「お。気がついたみたいだな」

 ティリアがリメールの横にやってきて座った。気がついたフィストを見て静かに笑う。完全に目が覚めたことにより、フィストの頭はようやく現状を理解し始めた。

「…一体、何が起こったんだろう」

 独り言のようにフィストが呟く。

「こっちが聞きたいくらいだよ。外から銃声が聞こえたんで行ってみたら二人が倒れてた…ってアーミルが言ってたんだ。その様子じゃだいぶやられたみたいだね」

 そう言うとティリアは後ろを向いた。アーミルとダルタが部屋の入口に立っていた。心配そうな顔をしたままアーミルが口を開く。

「確かに…何があったのか話してほしいな。場合によっては、俺たちの思っている以上に二人に危機が迫っていることになる」

 冷静な声だが、追い詰めている様子ではない。フィストが隠し事をしていることに気づきつつあるようで、それでも責める様子は見せていない。

「まさかあの後にまた襲われるなんてな…俺も読みが甘かったってわけか」

 ダルタが真剣な様子で頭を抱えていた。途中で別れたことを後悔している、といった感じだ。

「…コートが」

「え?」

 ユリスが起きていた。体を起こし、遠くを見たまま言葉を紡ぎ始めている。

「帽子をかぶったコートが、たくさん…フィストがけがをして、それで私…」

 そこで言葉が止まる。無表情のまま、その目から涙がにじみ出ていた。

「私、どうしちゃったのかな…」

 涙の量が増え、とうとう本格的に泣き出してしまった。ティリアとリメールが立ち上がってすぐなだめに入る。

 アーミルもユリスの事を気にしているようだが、その場に立ったままフィストから視線を外さない。

「…思い出してきた…僕が撃たれたあと、ユリスが、助けてくれたんだ」

 慎重に言葉を選んでいく。横で泣き崩れるユリスに気を遣いつつも、記憶にさかのぼってくる理解できない恐怖を的確に伝えようと試みる。

「すごく、強かった…僕もびっくりしたよ。何があったのかは分からないけど、それは多分…」

 多分『翼竜』錬成の名残、と言うのはさすがに出来なかった。横のユリスのことを考えると、なおさら教えて刺激を与えるわけにはいかない。他の四人の追及を恐れ、フィストはとっさに別の方へ話をそらした。

「コート…あいつら、コートがひとりでに動き出したみたいだった。コートに穴が空いた途端、空気が抜けるみたいに跡形もなく消えたんだ。少なくとも人間の類ではないよ」

「…本屋にいたあのコートと同じ奴だったか?」

 ダルタがその話に興味を持ったようで、顔をあげてフィストと目線を合わせてきた。

「いや…最初は、同じ奴がまた襲ってきたのかと思った。けど、同じようなコートがたくさん出てきたから違うって分かったんだ。見た目の変わらないやつらがたくさんいるって考えるべきかもしれない」

「…そうか」

 アーミルが小さく頷き、それからフィストを呼ぼうとしたが、傷のことを気にしたのかすぐにやめた。そして代わりに「まずは早く怪我を治しな。言いたいことも言えやしない」とだけ言い、ダルタとともに部屋から出ていった。

「ごめんなさいね、フィストさん。あれでも、お二人のことすごく心配していたんですよ」

 フォローするようにリメールがすぐに付け加える。

「あ、そうそう」

 アーミルだ。

「本、ありがとうな。おかげで助かったよ」

 明るめの声だった。リメールも嬉しそうに笑い、フィストは自分にかけてあった布に深く潜り込んだ。

 顔まで隠していると、リメールも「じゃあ、ゆっくり休んでくださいね」と言い残し離れていった。ティリアも「次の仕事だってあるからね」と離れていく。ユリスはまた眠ってしまったのか、時折鼻をすする音しか聞こえてこない。

 フィストの周りだけ、妙に静かになる。眠気を感じることができずにかぶった布の柄を目で追っていた。




 コートたちを薙ぎ払ったユリスの背中…

 フィストもまた、あの威圧感に恐怖していた。あれほど殺気だったユリスは初めてだった。普段の彼女の人格とはあまりにかけ離れていて、到底彼女本来の人格とは思えない。

 それこそ、あのコートたちと変わらないような。

(これが…『翼竜』の錬成?)

 確信は無い。だが、思い当たる節が多すぎる。

 やはり実験の名残は彼女の中に残っていたのだ。

 ユリスは竜だ。今更ながらフィストは、その現実に打ちひしがれていた。




「フィスト」

 アーミルの呼ぶ声がした。この部屋の中にはいないようだが、その声は誰にも聞かれたくないかのように小さく、それなのにフィストにまでよく届いている。

「お前の体調にもよるが…もうすぐ日が暮れる、また屋上で話がしたいんだが」

 フィストは、どこかで覚悟をしていた。

 自分たちが追われている身だと打ち明ける瞬間を。

 なぜ襲われるのか、襲われる覚えはないのか、そう聞かれるだろう。

 フィストは、その時になって嘘をつけるような人間ではない。おそらく、何もかも包み隠さず話すだろう。彼自身のしたことも、ここまでにあったことも、全て。

「……分かった、僕は大丈夫」

 逃げてはいけない。逃げても話は進まない。

 フィストは布から顔を出し、体を起こした。


 いつの間にか、外はすっかり暗闇に包まれて闇色に染まっていた。

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