挿入話 出発前
「おはようございます、ユリスさん」
仕事に出かける準備をしていたユリスに、リメールが話しかけてきていた。にこやかに、そして子供のように丸い瞳でユリスのことを見つめている。
「あ…おはよう」
ユリスはまだリメールに慣れていないのか、言葉がしどろもどろだ。それでもあまり他人行儀な様子はなく、リメールのことは立派な仲間としてとらえているようだ。
「これからお出かけですか?」
「うん」
見た目が二十ほどのリメールはあきらかにユリスよりも年上だが、リメールが年下のユリス相手に敬語を使っているのは見ている側に違和感を感じさせる。常に敬語を使うのはリメールのこだわりらしく、アーミルやティリアがそれを気にした時も断じてやめなかったという。
「フィストさんはどこですか?一緒だと思ったんですけど」
「…隣の部屋で準備してるよ」
ユリスが奥の扉を指さす。納得したようでリメールも頷く。
「お二人って兄妹なんですか?」
フィストがアーミルにされた質問。ユリスも隠れてこそいたがそのことはよく覚えていた。
「ううん。いろいろあって、私フィストの連れ添いになったの」
ユリスは自分の中で最も適切な語句を選択したつもりなのだが、その言葉はかなり面倒な方向で誤解を招く言い回しになってしまっている。ユリスはそれを全く分かっていないが。
「…連れ添い、ですか?」
リメールが訝しげな表情をして、ユリスはそれに「うん、連れ添い」と肯定する。普通なら誤った方向に思われそうなものだが、常人以上に鋭いのか逆に鈍いのか、リメールは「なにか特別な事情があるんでしょうね」と都合よく納得した。
「じゃあ、ユリスさんはフィストさんのことが好きなんですか?」
「…ふぁっ?」
意表を突かれた質問にユリスはたじろいだ。自分の言ったことが原因なのだが、細かい意味を知らないユリスには分かるわけがない。まずはなぜそんなことを聞いたのか聞こうともしたが、自分はどう思っているのかのほうがユリスは気になってしまった。
「えーっと…その…」
どう答えようか迷っていると、急にリメールは可笑しそうに笑いだした。
「うふふ、やっぱりまだまだ若いですね。よくわかりました」
何も答えてない、とユリスが言うよりも早くリメールは給湯室に入っていってしまった。そしてそれと入れ替わるように奥の部屋からフィストが出てくる。
「ユリス、おまたせ」
「ひゃっ!」
声をかけてきたフィストにユリスは悲鳴を上げる。
「なっ何!」
「……ううん、気にしないで。早く行こう」
はぐらかすようにユリスは急かしたが、フィストが腑に落ちないでいるのは明らかだった。