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目覚める竜  作者: 半導体
20/62

17話 『その日』 朝

 驚くほどに晴れ渡っていた。昨夜からこうならよかったのに、とフィストは溜息をついた。

 朝の冷え込みの中では日差しの暖かみが熟睡を誘う。連日の疲労も手伝い、フィストも深い眠りの中に身を委ねている。椅子の横に寄りかかっているという不安定な姿勢だが、フィストの眠りはとても深いものだ。

 誰かがフィストの体を揺すっている。夢の中から引きずり出されて重々しく体を支えた。瞼が重くなかなか目が開かないが、少しこすってなんとかこじ開けるとそこにはアーミルの顔が映った。

「おはよう、フィスト。…朝からなにやってんだ?」

「…何が?」

 寝起きのフィストはアーミルの言う意味が分からなかったが、立ち上がろうとしたときの腕の強い抵抗で昨晩の記憶が目覚めた。

 腕を羽交い絞めにしているユリス。椅子の手すりから若干身を乗り出し、半ばフィストに寄りかかったような体制になっている。

 フィストの二の腕にユリスの握りしめる感覚が伝わり恥ずかしさで振りほどこうとするが、逆に握りしめる力が増して離れなくなってしまった。

「ちょっと…起きてよ、ユリス…」

 フィストが参りきった様子で腕を引っ張ると、ようやくユリスに反応が現れた。

「…うー…んー…」

 嫌がる顔をし、握る手に更なる力がこもる。負けじと引っ張りかえすと、腕が少しずつ拘束から解放され始める。

 更に引っ張る。ユリスの手が掴み直そうと伸びてくるが、フィストは再び掴まらせることを許さない。次第にフィストの腕が自由に動くようになってきた。

「…ん…」

 フィストから完全に引き離されると同時にユリスが目を覚ました。何かを求めるように伸びていた腕もそこで活動を停止し、何事もなかったかのように手すりの上で静かになった。

 まだ眠いのか、ユリスは目をこすっている。手すりに片手をついて体を支え、手で隠しながら小さな欠伸をした。その手が顔から離れた時には、ユリスはもう普段通りの顔をしていた。

「おはよう、フィスト」

 立ちあがったユリスは挨拶をしたが、フィストが苦笑いをしているのに気づいたようだ。

「どうしたの?」

「覚えてないのか…いや、まあ大したことじゃないから」

「…そう」

 寝ている間のことでいろいろ言われるのは恥ずかしいだろう。そう思い、フィストは話をはぐらかすことにした。もう少ししつこく聞かれることを予想していたが、ユリスはあまりにも素直にフィストの言葉をそのまま受け入れていた。

「…あれ、おはようございます、アーミルさん」

 奥の部屋から、寝起きにもかかわらず喝舌の良い声が聞こえてきた。よく通るその声は、フィストもユリスもよく印象に残っているものだ。

「おう、おはようリメール」

 アーミルが返事とともにに右手を挙げた。リメールはにっこり微笑んだ後、出てきた所とは別の部屋に入っていった。リメールは毎朝紅茶を淹れてくれるんだ、というその時のアーミルの言葉から察するに、そこは給湯室のようだ。直後、紅茶の深い香りが三人の鼻に漂ってきた。変に興奮していたフィストもその香りがリラックスさせた。


 ユリスがフィストの横に歩み寄ってきた。

「…ねえ、フィスト」

「うっ!」

 近くに来ると、名前を呼びながらフィストの脇腹をつついた。身長差からそこはちょうどつつきやすい高さらしい。やはりくすぐったかったフィストは体をのけぞらせてしまいアーミルに変な目で見られた。

「な、なに?」

 顔を赤らめながらユリスの方を向くと、今のフィストがおかしかったのか含み笑いを必死に手で隠そうとしていた。

「ユリス…」

「ん、ごめん。…笑ったら何言いたかったか忘れちゃった」

「あ、そう…」

 何が言いたかったのかフィストは気になったが、ユリスはすぐに椅子に戻ってしまったので早々にあきらめた。


「お茶淹れましたよー」

 三人が椅子に座って暫くすると、奥の部屋からリメールが戻ってきた。昨夜使用したものと同一のカップが五つと、それに合わせたデザインのティーポットをお盆に乗せて持っている。そのポットの注ぎ口からは盛んに湯気が上り、淹れたてであるのがよくわかった。

「待ってくださいね、いまテーブルに置きますから―――きゃっ!」

「うわ!?」

 特に落ちているものもなかったのだが、リメールが突然つまずいた。持っていたお盆は持ち主の行動に合わせ落下運動を始める。

「―――っと、危ない」

 それらと一緒に床に倒れるかどうかのところでアーミルがお盆を拾いあげていた。カップが多少倒れたりはしているが、大惨事は免れたようだ。…床に顔から倒れたリメール以外は。

「…大丈夫か?すまん、お盆で手いっぱいだった」

「あはは…大丈夫です、毎朝のことですから」

 恥ずかしそうにするリメールにアーミルも笑って返している。まさか毎朝こんなことが起きているのか、とフィストは素直に驚いていた。初めて会った時もその雰囲気を漂わせていたが、彼女はフィストの感じていた以上におっちょこちょい、もとい慌て者のようだ。

 立ち上がると彼女はすぐアーミルからお盆を受け取り、テーブルの上にそれを置いた。そしてポットを手に取ると、一つ一つに紅茶を注ぎ始めた。

「…なんか悪いよ」

「気になさらないでください。いつもしていることなんで、気が向いたときに飲んでくだされば結構ですよ」

 次々とカップに紅茶が注がれていく。その時のリメールも、終始人当たりの良さそうな笑顔だ。ユリスの時もそうだったが、フィストは他人の笑顔を見るとその人をすぐに信用してしまいがちのようだ。

「リメール、分かりきったことを聞くが…ティリアは?」

 渡された紅茶を口に含みながらアーミルが聞く。

「あの、いつも通りです。そろそろ起きるころだと思うんですけど」

 苦笑いしながらもその手は正確に紅茶を注いでいく。今注ぎ終わった紅茶をフィストが受け取り、そっと口に運んだ。

 かなり熱く、舌を火傷しそうだ。フィストのすぐ後に受け取ったユリスも何とか冷まそうと悪戦苦闘している。

 カップを置く音がした。アーミルがカップを置き、袖で口を拭いている。カップはすでに空になっていた。

「フィスト、ユリス」

「?」

 二人はそろって名を呼んだアーミルを見る。

「二人はもううちの所員な訳だし、そろそろなんか仕事もしてもらおうと思う。もう少ししたら詳しく説明するから、いいか?」

 二人は一度顔を見合せ、それから向き直ってうんうんと頷いた。

 追われているという事実はあるが、それはまだアーミルには話していないし、ただ居候するわけにもいかない。フィスト自身も、そろそろ何かしたほうがいいと考えていたので、ちょうどいい機会にも思えた。

「ふーん、二人の初仕事ってことか」

 今朝はまだ聞いていない声と同時に、フィストの横から手が伸びてきてまだ飲まれていないカップを持っていく。見ると、椅子の上からティリアがフィストを見下ろしていた。

「ティリア、おはよう」

 フィストが微笑む。

「ああ、おはよう」

 ティリアも微笑む。

 ティリアのカップはいつの間にか空になっていた。





「…ご協力ありがとうございました」

 制服の男が会釈をした。それを受けているもう一人の男は、笑顔を保ちつつも明らかに怒りを表している。

「いやあ、結局夜が明けちまったなぁ!どんどんその制服が嫌いになっていくみたいだ」

「それはすでに承知しています」

 制服は笑顔を崩さずにもう一度会釈し、さらなる男の反感を買った。だが男も笑顔を崩すことなく、黙ってその場を去った。

「…ったく、会う約束してるってーのに融通の利かない連中だ。お気に入りのナイフも証拠品とか言って取られちまったしな」

 彼の独り言は早朝の街角に静かに染み込んでいった。

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