15話 竜とは
「おーい、起きろ。さすがに疲れたか?」
いつの間に寝ていたのだろうか、フィストはアーミルの呼ぶ声とゆさぶりでようやく意識が戻った。隣のユリスも座った姿勢のまま寝息を聞かせている。
「…ん…?僕、寝てた…おわわわわわわ!」
ふいに、フィストの肩を掴んでいたアーミルの腕が思い切り前後に振るわれた。寝起きのフィストの体はそれに伴って振り回され、頭がそれに引っ張られる形で前後に大きく揺さぶられた。
「フィスト、ちょっと話をしたいんだが…屋上に行かないか?きっと星もよく見えるぞ」
「…話?」
安定しない頭を支えながらフィストは窓の外に目をやった。
窓の外にはすでに太陽の光は無かった。立ち並ぶ建築物のせいだろうか、その痕跡すら隠されてしまい足跡を発見できない。話をするのは構わないのだが、如何せん気温が低いように見受けられる。
「別にここでもいいんじゃないかな…外は寒そうだし」
言葉は柔らかく表情は露骨に嫌そうにしてそれを断ったが、アーミルはやや真剣な顔になってそれを却下した。
「いや、あんまり他の人には聞かれたくないんだ…特にユリスには」
ユリスはまだ夢の中にいる。少し考えたが、ここで自分の意見ばかり主張してもそれはわがままとしかとられないだろう。第一、アーミルがこれを断らせるつもりはないのは明らかだ。諦めも含め、まだ薄い意識のままフィストはゆっくりと立ち上がった。
真っ暗闇だ。蛍のように街灯やイルミネーションが見えるが、形をなさないままぼんやりとその存在を示している。天と地の境目はなく、その闇はすぐそこまで迫ってくる。横にアーミルがいなければ、フィストは何も言わず駆け出していたかもしれない。迫りくる闇は、どうしてもフィストを落ち着かなくさせた。
それでも、横にアーミルがいる。その安心感を確かめつつ、フィストは天を仰ぐ。
空ともつかぬ空に満天の星が…
なかった。
「…曇って見えないな」
アーミルがうっかりしたといったように頭を掻いた。その息が白い濁りとなって闇の中に広がる。いつから曇っていたのか眠りこけていたフィストには分かりかねるが、日光のもたらすはずの暖かみがあまりないことから、だいぶ前から曇っているらしい。そのため、体に裂傷ができていると思えるほど寒さで体が痛む。加えて、予想をはるかに超えた威力の寒風も二人の体に何度も切りかかってくる。
「やっぱり…中に入ろうよ」
フィストが身を縮ませる。
「大丈夫、すぐ済むから…寒いけど」
二人の体は震えていたが、アーミルもまた硬直した体の具合を気にしているようだ。だがなお、中に入る気は無いらしい。
しばらく沈黙が続いた。
強風の音が屋上のタイルを叩く。
アーミルが懐に手を入れ、一枚の紙をフィストに手渡した。風に持って行かれそうになったが、フィストは何とかそれを握りしめる。
「見るのは後でいい、まずは俺の話を聞いてくれ」
今までにない真剣な態度を向けられ、特に反抗もせずフィストはアーミルと顔を合わせた。
「あの子…ユリスのことだが、初めて会ったときから俺の中で何かが引っ掛かっていたんだ。はっきりしなかったからその場はすぐに忘れたんだが、昼にその紙を俺の机から見つけて確信した。俺は以前にユリスのことを知っていた…正確には、その名前を知っていた」
フィストにはまだ言っている意味が分からない。その直後にアーミルが目で合図を送ってきたので、手元の紙に視線を落とした。
「辛いかもしれないけど、見ておいたほうがいい。もしかするとユリスのそれと関係があるかもしれない」
題は「生物錬成」だった。
おぞましい記憶が、そのたった一語で翻ってきた。見ることすらフィストには辛いのだが、アーミルに促されるままその文面を凝視してみた。
盗んできたものとは少し違う…実験のレポートのようだ。文字は雑でうまく読み取れないが、横の挿絵が目にとまった。
実験器具らしい巨大なガラス管の中に人が浮いている。数字と記号の羅列がその人に挿入され、そこから導かれた矢印の先にはこの実験の結末であろう挿絵が載っていた。
魂の抜けたような人。その背中にはうっすらと影のように翼が描き加えられている。彼の腕も、硬いウロコと隆起した表面が影となって重なり描かれている。それはもう人ではなく、犬猫のような一般的な動物でも熊やライオンのような猛獣でもなかった。
「俺の知る限りのことを教えよう」
反応を待たずアーミルが言った。
「俺がユリスの名前を聞いたのは半年前だ。暇つぶしに知り合いの情報屋に会いに行った時、セントヘイム近郊の研究所で妙な取引があったと聞かされた。わざわざ国王が直々に、それも秘密裏にそこの所長と会って何かの契約を結んだらしいとのことだった。他の仕事の資料と合わせて、その契約と関連していそうなレポートのコピーを俺は一応もらったんだが、軽く目を通しただけですぐ机の上に放り出してそれきりだったから、殆ど記憶には残らなかったんだな」
今フィストに渡されたのはそのレポートの内の一枚だそうだ。聞けば聞くだけ、たった今まで華奢で可憐と感じていたユリスの後ろに黒い影が伸びて見えた。
取引、契約、国王…このレポートは、オルディアの触れてはいけない裏側の存在を静かに示唆している。
「あ、生物錬成の説明をしとこうか」
急にアーミルの話すテンポが変わった一度この話は忘れろとでも言いたげな、あまりに急な路線変更だ。
「もともと生物錬成ってのは、錬金術である『人工の人』から派出したものだ。そのホムンクルスの実験ってのは、先代の国王フェラートの妃・ホムリが亡くなった翌年から王の勅命で始まった。王は大勢の科学者、錬金術師を集めて、死者を蘇らせる秘術を探し始めた。って言っても、もともとホムンクルスは人を創りだす術であって死者の蘇生は意味が違ったんだが」
ユリスのそれほどではないが、フィストにはなかなかショッキングな話だ。幻想の話としか思えないが、嘘だとしても真になりそうなくらいのリアリティを感じる。
死者の蘇生。魔法の存在する世界なら神父がロザリオに祈って起こしそうなその奇跡とは、現実でいえばすなわちこういうことだ。
「…アンデッド」
「聞こえは悪いがそういうことだな。フェラート王の愛妻家は結構有名で、無論生物錬成の研究もホムリを蘇らせるためのものだった。…王は、狂っていたのかもしれない」
切なそうに遠くを見て、溜息混じりに呟いた。
今の二人は夜の深淵に包まれ、何も遮るものがない。二人が出している嫌悪感、憤慨感、虚無感はどこに行きつくでもなくその闇のどこかへ消えていく。
しばらくの無言がどうしても耐えきれず、アーミルの話を待たずにフィストが口を開いた。
「でも、死んだ人を生き返らせるなんて…僕は、自然の摂理に反していると思う」
語尾の弱々しい言葉が流れ込み、ようやくアーミルも続きを話す気になったようだ。
「そうだよな、そんなこと…みんな分かってたはずなのに…。まあどっちにしろ、もともとそんなことは不可能だったんだ。いろいろやったらしいが、とうとうその努力が実を結ぶことは無かった。王は諦めなかったらしいが、そのうちに死んだ。世間一般には単なる病死と発表されたが、事実はどうなのか…知る術は無いな。それでまだ若かったフェラートの一人息子が王に即位したんだ。勿論それは形上だけで実際の政権は『側近』が牛耳ってたけどな。ただ王としての自覚はあったみたいで彼はその名目上の『王』の勅命として再び生物錬成の研究がすすめられた」
「それってまさか、王と王妃の蘇生…?」
「いや、彼はお前と同じように死者を蘇らせることには反対していた。彼が興味を持ったのは研究過程だ。人体蘇生を探す途中で見つかった幾つかの資料…彼の眼にはどう映ったんだろうな…」
再びアーミルが黙り込んだ。考え込んでいるというのか、とにかく不可解な表情をしている。小難しい話を聞いているフィストの方も不可解な表情を取りそうだったが、話の末恐ろしさに体を震わせるにとどまった。動きを見せないまま、次の言葉が出るのをフィストはじっと待った。
「物質の変換、記憶操作、超エネルギー…錬金術に不可能は無かった。あらゆる物事を錬金術は可能にした。そして、ついにたどりついたのが…人間離れした、戦力」
「…!」
「ただの歩兵に始まり、狙撃兵、特攻兵、操縦士まで、錬金術は化け物に変え得た」
震えるアーミルの言葉に、フィストは耳を塞ぎたくて仕方がなかった。だが、聞かねばならない。このことは嫌でも知らなければならない。自分のためにも、ユリスのためにも。
「それにより、フェラートの息子ハーゲンティは飛躍的に国家戦力を上昇させた」
「…ハーゲンティって、まさか…」
「ああ。現在のこの国の王、ハーゲンティ・エノクのことだ。つまり、今の話は決して大昔の話じゃない。現在もなお進行している、人間の黒い進化ということだ」
フィストの予想は正しかったようだ。あの報告書のサインもハーゲンティの名をしっかりと語っていた。
髪を乱した風が、氷のように冷たく感じれられた。
「風が冷たいな…そろそろ戻ろうか」
アーミルが切り出し、扉へと歩き始めた。話のスケールのあまりの大きさに、フィストはその誘いに反応できずただそこで固まっていた。
扉の前でアーミルの足が止まり、振り返った。思い出したこと―――言いそびれたことを言いたそうにしているが、固まった様子を見てまた少し悩んでいる。全てを教えていいのか、そんな重々しい悩み方だ。だがだいぶ時間をおき、意を決したように顔をあげた。
「えーっと、最後にひとつ…さっき見せたあのレポートだがな、あれは生物錬成の中で最高位に匹敵するものだ。それも、戦闘向けの」
「…戦闘…」
「汚れ無き人の体を寄り代に、絶対的破壊力を持つ生物兵器を作り出す。その前に立って無事でいられる者は一人としていないとまで言われている」
今のフィストはそれに対し何か言う元気がない。それはアーミルも分かっているようで、黙っていることを確認するとさらに追い詰めるように真実を突きつけた。
「テロ・ダクティル…コードネームだ。古来からの呼び名は『翼竜』。人知を超えた破壊の力、つまりは竜の力ってことになるんだろうな。たぶんユリスは…その被験体だ」
扉が開き、そして閉じた。
冷たい風はフィストの心をも串刺しにしていた。
読んでくださっている方、ありがとうございます。
やっと題名の理由を出すことができました。はい、無理矢理です。反則的に強いといったらなんだろう、と考えた時に竜の名前が浮かんだので使うことにしました。
これで夏休みの作業を終了したいと思います。また更新がゆっくりになってしまうと思いますがよろしくお願いします。