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目覚める竜  作者: 半導体
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12話 『悲しい・楽しい』

 定刻を過ぎても、青い鷹はホームに着くことは無かった。数十分ほどの遅れはたまにあるのだが、朝に到着するはずの列車が昼を過ぎてもやってこなければ当然何かあったと思うだろう。誰が言い出すでもなく、テッドフォース警察が捜索に乗り出していた。


 列車は、殆どがそこで見つかった。もう街並みが目の前に迫る砂漠、砂漠の出口あたりで、死んだように停車していた。

 乗っていたのは運転士が一つ―――その胸部に羽根が突き立てられていなければ「一人」と数えたはずだが―――だけだった。

 それ以外は何もなかった。乗客リストのうちの誰一人、そこにはいなかった。

 彼らが見つかるのは更に時が過ぎ去ったあとになる。怪鳥の死骸や血を飲み干した食堂車と一緒に。



 少し高くなっているそこは眺望がよく、砂漠が近いにもかかわらず湧き出す水のおかげで緑が育っている。穏やかな時間が、街とそこの間に大きな壁を作っていた。

 緑の中に、哀しい色をした石が置かれていた。


 砂漠の中で列車が停止したため、二人はそこで下車していた。

 遅かれ早かれ、あの惨状は公のもとにさらされるだろう。その中での生還者ともなれば、どれだけ目立ち、奴らに居所を知られてしまうか分かったものではない。

 飛び降りて問題ないほどの速度になると、最後尾―――切り離された連結部―――から降りた。

 勿論、三人で。

 埋葬はフィスト一人で済ませた。あの部屋でなのがあったのかは分からないが、分からないなりに出来るせめてもの心遣いだった。

 少女が石をのせた小さな土の山になったとき、そっとユリスを呼んだ。ユリスはふらついた足取りで石の前まで来ると、ペタンと膝をついた。後ろから見ていたフィストには確認が取れなかったが、また泣いていたのかもしれない。ともかく彼女は、膝をついた姿勢のまま動かなかった。

 彼女にとってそれがどれだけ辛く悲しいものかは、勿論すべては無いがフィストにも分かっていた。

 その姿はフィストの心の姿でもあるのだ。

「あんたら、そこでなにしてんの?」

 後ろから声がした。一瞬研究服かと疑いはっとして振り返ると、研究服ではなく、灰色の作業着のようなものを着た女性が立っていた。瞳は銀、髪は濃いブラウン。そしてその髪はストレートに腰まで伸びている。邪悪な雰囲気は見て取れず、心の底から二人を心配しているようだ。だが彼女はこちらの返答を待たないまますたすたと歩いてきて、全く反応をしないユリスの横で足を止めた。

「これ…誰かの墓だよね…」

 やっと答えを見つけたように、哀しそうな声で言った。

「うん…えっと、僕らに何か用?」

 フィストが突き放すように尋ねた。確かに邪悪さは無いが、急に話しかけてきた点を含めてまだ気を許せないことも多い。

「いや、なんか二人の後ろ姿が知り合いに似ててさ…あ、二人とも今、ヒマ?ちょっと手伝ってほしいことがあるんだけど、一緒に来てくれないかな?」

「…はあ?」

 あまりに突発的な頼みに、フィストは隠しきれないほど驚いた。

 これほど珍妙なものもそうないだろうが、何かがフィストに彼女を信用させた。別の意見を求めてユリスの方を見たが、ユリスの様子は相変わらずだ。また、その女性もユリスを気にかけているようだ。

「君たち、名前は?」

「僕はフィスト、彼女はユリス。あなたは?」

「私はティリア。で、手伝ってくれる?」

 今のフィストに断る理由は無い。…もちろん、受ける理由もないが。逃げるためにここまで来たが、これ以降の目的地は全くないのでこの上なく暇だと言えるだろう。フィストは小さく「まあ、ユリスがそれでいいのなら」と答えた。ティリアは、ふーん、と小さく頷いてユリスの方を見た。ユリスはまだ動きがない。

「じゃあフィスト。ここの先に私の車があると思うから先に行って待ってて」

「…ユリスは?」

「私が話をつけておくから。すぐ済むよ」

 今のフィストは普段よりも疑り深くなっているのだが、それでもフィストはティリアを疑おうとは思わなかった。ユリスを奪取する罠の可能性もあったが、そう言った時のティリアの顔に疑う理由を見いだせなかったからだ。承知の意思を込め、ゆっくりと頷く。


 フィストは墓を離れた。振り返って見ると、膝をつくユリスと、その頭に手をのせて何かを話しているティリアの姿が確認できる。改めて彼女が敵でない確信がフィストに湧いてきていた。

 そして同時に、ユリスの元気がこれで戻ってくれないだろうかという期待も持っていた。

 あまり過剰にユリスを心配する義理は無いはずなのだが、彼女の元気がないのはフィストの心を不安定にさせた。

 歩いているフィストの頭でそんな考えがひとまとまりしたほどで、フィストの前に赤い乗用車が姿を現した。薄い緑の中で、それはあまりにも目立つ。他の車が見当たらないのでこの車で間違いはなさそうだ。

 ふうと溜息をついて足を止め、二人が来るのを待つことにした。



 ティリアがユリスに何を言ったのかは分からない。女同士でしか理解し得ないこともあるだろう。それにしても、あれほど落ち込んでいたユリスが、元気そうに―――と言っても、まだ影の残る部分もあるが―――ティリアの後を歩いてきたことにフィストは驚かされた。

「おまたせ。じゃ、行こうか」

 ティリアはそれだけ言うと、素早い身のこなしで運転席に乗り込んだ。フィストはまだ驚いたまま動き出せていないが、エンジンの起動音で我に帰って慌てて後部座席に入った。足取りの軽いユリスもそれに続く。

 その黒い椅子も少しは柔らかかったが、使い込まれたような多くの傷が付いている。使う分には全く問題は無いのだが、少なくとも一、二年でここまで傷がつくことは無い。それでも外見が新車のように感じられたのは、それだけ大切にされているということだろう。

 目に見えないこの車の長い年月を全身で感じたフィストは、椅子の端をそっと撫でた。


 うっすらとした緑も、砂漠の赤茶も、窓からはすぐに消えていった。代わりに出てきたのはシックなデザインの民家。初めは申し訳なさそうに、そして次第に数を増やしていき、もうそこらじゅうが建物で埋め尽くされた。更にそれだけでは飽き足らず、今度は建物がその高度をみるみる増やしていった。シックなデザインも、どちらかというと機械的な灰色とガラスの組み合わせた単調なものに変わっていく。その変化はものの数分で起こった。州都・テッドフォースがどれだけ巨大な街か、どのようなところかはそれだけでだいたい察しがついた。

 外の景色は川のように流れていくが、ブルーイーグルで慣れた目には遅いようにも感じられる。ただ、今のフィストは外を見てぼんやりしたりはせず、ユリスのことを気にしていた。

 急に元気になり、むしろ以前よりも明るくなったように思える。その表情も笑顔が少しのぞいている。瞳に生まれた輝きが彼女を華麗に照らしていた。

「…あのさ、ユリス。ひとつ聞いていい?」

 そう聞くとユリスは、それはなにか、と問いかける顔でフィストを見てきた。何も言わないが、確かな明るさがある。

「さっきティリアと何話してたの?」

「それは内緒だよ。ね、ユリス」

 そう答えたのはティリアだ。バックミラー越しに二人を覗いている。ユリスもそれに同調するようにこっくりと頷いて見せた。

 内容は気になったが、ユリスが元気になっただけでフィストは十分だった。それから、また外に視線を移した。

 今は停車していて、外の景色は流れていかない。少し前に道を横切る歩行者が見える。寒そうに身を縮込ませたり、二人ほどで話をしたりしながら歩いて行く。数え切れないほどの人間がそうやってどこかへ向かっていく。

 それによって気づいたが、辺りはすっかり大都会になっていた。セントヘイムも決して小さな街ではないのだが、それとは比べ物にならない。座った姿勢のまま外を見ても、立ち並ぶ巨大な建築物の足元に阻まれて遠くは見えない。

 詰め込んだように人の数が増し、その代わりに街路樹のような間に合わせの緑さえどこにも見当たらない。石畳の上に乗っているのは、感情を忘れたような歩行者だけだ。

 緑がない。たったそれだけのことでこの街はどうにも暗く、地味な印象を持っていた。フィストは身を低くして空を見ようと試みたが、摩天楼の先に見える空も排気ガスのせいだろうか、薄い灰色が溶かしこまれていた。

「そんなに外ばっかり見て、フィストはまだまだ子供だなあ」

 車の発進と同時にティリアが言ってきた。少しムッとして低くしていた姿勢を元に戻したが、ティリアは可笑しそうに小さく笑った。

 笑われることでフィストの顔も少し赤くなったが、横でユリスも僅かに笑っていることに気づいた。ティリアほどではないが、その表情はにこやかになっていた。

「ユリス…笑った?」

「あ…ごめん。なんだか、つい」

 ユリスは気に障ったと思ったようだが、そうではない。むしろ、ユリスが笑顔を見せたことでフィストの気分もずいぶん良くなっていた。ユリスの顔を見つめると、フィストも思わず笑みをこぼした。フィストは、自身の心にずっとのしかかっていた重い枷が急になくなったのを感じていた。

 二人揃って微笑む様子を見たティリアが「二人とも言いねえ、楽しそうで」と嬉しそうに言った。二人の顔がそれで真っ赤になる。そのまま暫く三人で笑っていたが、ユリスが一瞬驚いたような表情を見せた。

「……そっか…これが楽しい、か…」

 それだけ言った。ティリアは聞こえなかったようだが、ユリスが「楽しい」と思っているのは分かっているはずだ。ユリスはもう一度、ニッコリ笑った。

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