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目覚める竜  作者: 半導体
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挿入話 数年前

 父も母もなく、物心ついた時には白い服を着た無表情な人間たちに育てられていた。


 しかし、彼女はそれを当たり前のことだと感じていたため特に悲しむこともなかった。




 彼女…ルフィーネの記憶の中は、大半が物静かな研究所で占められている。





 機械の起動音が絶えず耳に入る。薄暗く、誰一人言葉を発しないそこは不気味なまでに静まり返っている。数人の研究服たちが、その静寂の中で動き回って『何か』をしている。

 大がかりな機械に向かい合う彼らは、まるで一切の無駄を省いたロボットのようにその機械たちと向かい合って作業を進めていた。

 まるで生き物がいるとは思えない空間。だがそこに、その空気にまったく馴染まない元気な声が響いた。

「おにーさん、あそんで?」

 一人の研究服のズボンの裾を、その半分もない身長の小さな影が引っ張っている。首に雪の結晶の首飾りを下げた少女だ。殆ど機械と変わらなかったその研究服が、初めて人間らしい笑顔を見せた。

「ごめんね、今ちょっと手が離せないんだ」

 その少女とかがんで話をしている研究服を、他の研究服も微笑ましそうに見ている。

「むー…ちぇ」

 少女は頬を膨らませると、すぐに振り返って部屋全体を見回した。他の研究服を見ると、それぞれが申し訳なさそうに苦笑いをして見せている。つまりは自分たちも暇ではないということを言いたいらしい。

「…じゃあ、ここでみててもいい?ほかにいくところないし」

「…ああ、いいよ。でもルフィーネちゃんが気に入るかはわからないけど」

 振り返って笑顔で聞いてくる彼女に、研究服は再び笑みを見せた。

「あ…そうだ、ルフィーネちゃん。今日の実験はうまくいきそうか見てくれる?」

 思い出したように研究服が聞くと、彼女はこっくり頷いてから目を閉じた。

 意識を集中させる。すると次第に、真っ暗だった視界に脳からの映像が映り始める。

 今いる場所と同じ部屋―――目の前には巨大なスクリーンがあり、黒い中に三重の赤い輪が映っている。

 一人の研究服が近くの機械をいじる。すると、三重の輪が乱れ始めた。乱れは一瞬で巨大になり、一本の縦線になってしまった。

 映像はそこで消えた。

「…あかいわっかがみっつ…いっぽんのせんになった」

 目を開けてそう言うと、研究服はやや残念そうな顔をした。

「…と言うことは、三次接触に問題があるのか…難しいところだな」

 研究服は少し考え込んだが、目の前の少女の存在を思い出して再び笑顔になった。

「ありがとうね、ルフィーネちゃん。いつも助かるよ」

「うん」

 頭をなでられ、ルフィーネは嬉しそうに笑った。


「実験は順調かい?」

 いつの間に来たのだろうか、眼鏡をかけた研究服がルフィーネの後ろに立っている。その存在を確認するなり、ルフィーネと話していた研究服が表情を引き締めた。

「はい。ただ、今日の三次接触の部分で過触する可能性があります」

「…なるほど…」

 唸るように言うと、その研究服は眼鏡を中指でかけ直した。

 二人は真剣な表情でルフィーネの分からないことを話し合っている。いろいろと気に入らなかったのか、彼女はつまらなそうにして部屋を出ていった。



 それなりに歩き、目にとまった扉に入った。扉に何か書いてあったが無視した。

 壁に繋がれている人ではない何か。人型は取っているが、全身に生えた緑の羽根が人でないことを強調している。

 それぞれが部屋に入ってきたルフィーネを睨みつけたが、すぐに顔を伏せてしまった。

「…こわいなぁ」

 そう言いつつもルフィーネは部屋の中に歩みを進める。『人もどき』達はもう顔もあげず、ルフィーネを睨みつけることもしない。

 その部屋の妙な感覚。恐怖をはるかに上回る魅力のようなものがルフィーネを引き付ける。部屋の奥…いちばん奥。そこに行かなければならない気がしていた。


「……?」

 部屋の奥の壁にも、『人もどき』と同じように何かが繋がれている。ただし、左右の壁とは明らかに区別された一人がそこにいた。

 少女。ルフィーネよりも少し年齢の低い女の子。モミジのように赤い髪の毛を肩ほどまで伸ばし、新緑の瞳で正面を見据えている。

 まるで感情がない。見ている、ただそれだけなのだ。

 ルフィーネに気づいているのか分からないが、お構いなしと言ったようにルフィーネは彼女に近づいた。

「……」

 瞳が僅かに動いてルフィーネを見る。感情不明のその子とは対照的に、ルフィーネは満面の笑顔をしていた。

「んー…あなた、なまえは?」

「……」

 少女からの返事がない。表情も一切変化しないので何を考えているのか想像がつかない。

「ねえなまえは?」

「まだない」

「…ふーん?」

 特に詳しく聞かず、ルフィーネはその少女に名前がないことで納得していた。

「なにしてるの?」

「分からない」

 返答がこの上なく事務的だ。ルフィーネはそんなことは気にしていないのだが。

 ふいに、後ろの扉の開く音がした。大きな男の声が同時に響く。

「あ!ルフィーネ、ここは駄目だよ!」

 さっきの眼鏡だった。早足で近づくと、ルフィーネと少女をすぐに引き離してしまった。

「ここは入っちゃいけないよ。さあ、早く戻ろう」

「…むー…ちょっとまって」

 まだ話足りなさそうなルフィーネは、眼鏡の腕をするりとすり抜けて再び少女に向き合った。

「わたし、ルフィーネ!」

「……」

「おぼえててもらえる?」

「…多分」

 眼鏡がものすごく焦っているが、ルフィーネは少女を放ってはおけなかった。自分を覚えてもらおうとしているのだ。

「じゃあ…これあげる」

 首にかけていた雪の首飾り。それを外すと、少女の首にかけてあげた。

「わたしのたからもの。それでわたしのことおもいだしてね」

「……」

 少女は何も言わない。ただ、その首飾りを大事そうに握りしめた。

「首飾り…?うーん…」

 眼鏡が何かを考え込んでいる。しかし、大事そうに持っている少女を見て溜息をついた。

「まあ、実験に支障は出ないだろう。大事にしなさい」

 少女の頭をなで、眼鏡はルフィーネを連れて部屋を後にした。

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