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第一話-更なる異常への扉

 あの夜、僕は目についた死体を適当に埋め、「何妙法蓮華…この後なんだっけ?」と適当に成仏を祈り、自室に戻った。もうあの街に、いや、あの場所に、戻ることはないだろう。たとえ誰であれ、僕の部屋に誰かが転移してくる可能性はしっかりと潰しておきたい。だから、鍵の設定も解く。設定を解いたからと言って他の場所に設定しなおせるわけでもない。これで、僕は簡単にはあの地へ近づくことはできなくなった。


 時間はもう早朝と言ってもいいであろう時間帯。もちろん睡眠に移れるわけもなく、ノートを広げ、今後の予定でも考える。


 受信用テレパスのせいなのか、それ抜きにしてもなんだか何も感じなくなってきた。正直、つらいという感情はあっても、心が乱されるというほど揺れ動くわけでもなく、なんだか自分で自分が心配になってくる。まあ、だから心配しようとそういう気分になるだけで心は動かないのだが…


 とはいえ、今の僕の心の中で最も大きい感情は、犯人への恨みだ。だからそれを目標に設定する。

 次にプロセス。今の僕に目が使えるといっても、まだそれを生かし切れていないのがネックになっている。まだ、序列三桁を倒すなんて夢物語に過ぎない。だからこそ、僕の異常性を強化していくしかないのだが…まあ考えを深めるまでもない。手っ取り早く強くなる方法も存在し、それは容易にできることなのだから。


 ノートに書き込む。

 

 「グリモワールの使用」と。


 問題はグリモワールの種類なのだが、これは今まで通り、搦め手メイン、つまり呪いの術式を考えている。手っ取り早く力を手に入れたとしても、強大な破壊力は油断につながる。頭をフルで使いながら行使しなければいけない搦め手は、使いながら相手の行動を逐一捕捉し、次の行動を予測し続けなければいけない。油断の隙もないのだから、油断のしようがない。

 もちろんグリモワールを使用できる前提の話ではあるのだ。グリモワールに手が届かない、ということは決してない。なぜなら、グリモワールはある一点に集められているからだ。


 「天界博物館」


 便宜上、普通に博物館と呼ばれることの多い場所ではあるが、そこのオーナーはグリモワールを熱心に蒐集している。なんでもグリモワールの研究者なのだとか。危険なものを一手に集めている以上、だれも文句は言わない。というより言えないのだ。序列二桁台であるオーナーに逆らえるものは多くない。

 そして、オーナーは「グリモワールの使用者に対する防衛機構」という研究をしているらしい。


 つまり、グリモワール使用者の観察を主としている。誰も使わないこのご時世に難儀なテーマを選択したものだ、とも思うが自殺志願者御用達のグリモワールの使用者には安定した需要があるらしく、博物館の入館料さえ払えばだれにでも使用ができるようになっているらしい。約三万円の入館料は決して安くないが、死体処理などの経費などを考えれば、これ以上の値下げは厳しいのだろう。とにかく、博物館へ行く、とノートに書きだす。


 ここからは分岐だ。死ぬか、生きるかが一つ目。そして、生きていたとしても、まだ力が不足している場合が二つ目。はじめの分岐は考えてもどうしようもないことなのだが、二つ目の分岐は深刻な問題だといえる。まだ、序列三桁に達さなかった場合。その場合に取るべき手段も、いくつかある。


 しかし、一度簡単に力を手に入れてしまった場合、二度目の力を努力して取得しようなんて考えられないのが人間である。もしそうなった場合…二冊目のグリモワールに手を出すだろう。二冊目のグリモワールの種類まで考えておくか…どーしよっかなー…


 二冊目、五つ目の異常性について、思うところはある。僕の場合あの街で暮らしていたのだから、使えそうな魔術を思い浮かべようとするとおっさんと爺さんの顔が出てくる。別に形見を持つ気分で、彼らの術式を真似するわけではないのだが、そういうことを差し引いても錬金は使い勝手のいい魔術だと思える。物質の等価交換だったか。陽子の個数さえ合わせれば錬金可能なのだから、あまりそのイメージはないが。


 とりあえず、ノートに考えをまとめたところで、どうやら日が昇っていることに気が付く。時計はもう七時を指している。

 ともかく、一介の高校生に過ぎない僕にとって六万円というのは大金だ。まずはそれを稼ぐところから始めよう。


 「おはようございます。」


 そういって、リビングに向かうと、もう両親も起床していたようで、コーヒーの香りがこの空間に広がっている。


 今だったらわかる。僕のこういう感情が両親は気に食わなかったのだろう。


 日曜日ののんきな朝に、殺意すら抱く。


*******


 朝早く、朝食も食べないままに、お金を稼ぎに天界まで行く。


 正式なルートで、具体的には東京都内のある神社から、境界区に移動し天界に。電車賃1000円弱というのも懐にいたいものではあったが、金を稼ぐための必要経費なのだから仕方がない。

 そして、境界区へ。天界へのゲートは日本国内ではここにしかないが、このルートを使う人間もそうそういない。神社の中には人一人いなかった。

 しかし、境界区に入ってみると、結構な数の人がいた。人界から追い出され、天界にも受け入れられなかった人類の吹き溜まり、控えめに言うとスラム街と呼ぶべき場所であった。


「へへっ兄ちゃん。死にに来たのか?だったらいい薬があるぜ。今だったら安くしておくぞ?」


 境界区に入ったとたんこれだ。人にも見捨てられ、天使にも見捨てられ、天査連ですら放置している区間。無法地帯となっているため、どんな犯罪でも簡単にできてしまう。

 まあ、今の僕には目的もある。目の前の薄汚いおやじには悪いが、丁重にお断りするとしよう。


「うるせぇよ、どけ、殺すぞ?」


 あらあら、つい本音が。


「…ずいぶん威勢がいいじゃねぇか。」


 薄汚いおやじ、汚やじはそう言って腕を上げる。何らかのサインだったのだろう。ぞろぞろとゴキブリのように汚い奴らが集まってきた。一匹見つけたら三十匹、といったところか。もっとも、全員で七人しかいないのだが。


「今だったら許してやる。土下座して謝れよ。」


 汚やじどもはニタニタ笑っている。僕の招いた種だ、これは僕が謝るべきことだろう。今は時間も惜しいことだし。


「何度も言わせるな、どけ、殺すぞ?」


 あれあれ、またも本音が。まったく、僕も困ったものだ。キレやすい若者だなぁ。

 そして、汚やじどもの逆鱗に触れたらしい。キレやすい中年だ。目の前の一人がこちらに腕を伸ばす。手のひらには魔法陣が描かれているが、火属性攻撃魔術、といったところか。


 まあ、目の実験も含めて、少し遊んでいこう。


 僕が目を発動させるのと、彼の魔法陣にも精霊がいきわたったようだ。発動される術式の軌道はテレパスで読めている。だから容易く避ける。


 僕が体を少し捻るだけ、最小の行動で魔術を回避したことが苛立ちを増したのだろう。汚やじどもは表情を変え、僕を取り囲んだ。


 ステップ1、目の機能を理解しよう。目の術式を発動するとともに、世界の放つ光が変化する。普段眼球でとらえてている光とは異なる精霊の色で世界が彩られる。目の前の男は赤、他にも青や緑といった色が目立つ。これは精霊の属性区分を示しているのかな。そして、光の強さにも個人差がある。これは精霊の保有量だろう。僕自身の体を見てみても光は放っていないところを見ると、僕の精霊保有量を基準として光の量が定められていると考えられる。


 ステップ2、自分の強さと相手の強さを比べてみよう。どうやら、自分が発動した魔術の精霊はしっかりと視認できるらしい。だから、あらかじめ用意していた支配術式を起動する。たかが紙切れ10枚、しかし、汚やじども一人一人の精霊保有量は紙切れ八枚にも満たないようだ。がっかり。こいつらが弱いのは初めの術式にかけた時間が遅かったことからもわかっていたが。


 ステップ3、フェルみたいに術式のキャンセルができるかどうか、確認してみよう。丁度、真後ろの水属性と思わしき術式が発動しようとしている。なるほど、普通の目ではただの魔法陣にしか見えなかったが、そこに流れている精霊を見ると、汚いものだ。精霊が均等に魔術式に行渡っていない。所々途切れかけている。そこに、米粒程度の無属性魔術を打ち込んでみる。すると案の定、術式がキャンセルされた。精霊の流れが見える僕には、しっかりと精霊が散ったことが確認できたが、彼らには何が起こったのかわからないのだろう。あからさまに戸惑っている。


 ステップー4。

 殺せ。


 真横にいた人間、術式を組み上げることに集中しているようだ。属性は風かな?何でもいいや。懐から、ナイフを取り出す。ちなみに100均で買ったものだ。組んでいる術式の破壊、次いで支配した紙きれで囲んでやる。テレパスをつないでいる僕には、相手の動揺がしっかりと伝わってくる。目線も支配術式にくぎ付けのようだ。だから首筋を、しっかりと裂いてやる。うわぉ、めっちゃ血飛んできた…服汚れちまったじゃねぇか、くそ。

 それに動揺を示したのはその真横にいた汚っさん。このまんま殺しちまえばいいか。テレパスで思考を読み取ってる僕のナイフを避けられるわけもない。あっさり、二人目が死んだ。つーか、二連続で首を狙うと、さすがに自分の首まで痛くなってくる。テレパスの弊害だ。次は脳にするか。

 僕の真後ろにいる人間の術式が組みあがったようだ。どう見ても、防御のできない人を殺すのに足りる威力を持っている。だから、今の僕から見て右手にいる奴の術式をキャンセルし、魔術の軌道上に無理やり引きずり込む。魔術の軌道には、発動前にうっすら精霊が流れるようだ。目をもってみて分かったが、こういう戦いにこの目は向いている。魔術が発動され、綺麗に同士打ちが済んだ。しかし火属性の魔術であったため、僕もとっても熱い。イラっと来た。だからそのまま、同士打ちに唖然としている「汚とこ」の脳天をナイフで突いてやる。頭痛い。脳天はさすがにやめよう…

 残り三人。おっと、いつの間にか槍を持ち出してるやつがいるな…槍を持った人間を相手どったことはない。楽しめそうだ。

 槍が心臓を狙った軌道で突き出される。が、当然当たるわけもない。こっちの狙いも心臓。しっかり突き刺してやる。


 残り二人だ!さーて、どっちから殺ってやろうか!


 と、僕がうきうきし始めたところで、というか今気が付いたが僕は笑顔を浮かべているようだ。血まみれの笑顔、怖い。

 その怖さに相手も戦意を失ったらしい。初めに僕に喧嘩を売った、いや、僕が喧嘩を売った汚やじが声を上げる。


「お、おい!俺らが悪かった!降参だ!」


 …


「金なら出す!何でもやる!だから、見逃してくれ!」


 …


「いくらでも!出す!だから…」

「なんで?金なんか、殺してから奪えばいいじゃん。弱い奴に、何ができるって話だし。」


 僕の目的にこいつらが役に立つとも思えないし、こいつらが今出せる金は持っている分だけだろう。いやいや、正当防衛ですし、何やってもいいよね?あ、過剰防衛とかいう言葉もあるんだっけ?


 そう考えると、いくら無法地帯とはいえ、悪いことをしている気分になった。僕の気分を害したのだ。あと二人もやっぱり…


「わかったよ、何でもやるんだな?」

「あ、ああ!何でもやる。」


 もう一人の生き残りは口を開かない。というか、怯えすぎて腰を抜かしている。一応確認の意味を込めて、視線を送ると、頭を激しく上下させている。ヘッドバンキング…ではなく頷いているのだろう。よし。


「二人とも、名前は?」


 命令には名前があった方が楽、というのは支配術式の話だったか。当然のように人に命令するときにも有効だ。


「コークル=オーチ、と呼ばれているが…本名ではありません。本名は知りません。」


 ふむ、火属性汚やじは名無しか…まあ捨て子、なのかな?モラルと性が乱れまくっているこの土地では捨て子の類も多いのだろう。急に敬語を使ってきたあたり、最低限の教育はされている…訳ないか。教育されている奴が薬の売買なんかしないもんな。あと、その名前を付けたであろう人類、グッジョブ。


 もう一人はまだ声が出ないようだ。ふむ、心も乱れすぎていて読みづらい。少しナイフを向けてやると、頑張って声を出そうとして、しかし過呼吸になったようでピクピクしている。面白い。

 僕がこいつを殺そうとしたと思ったゴキブリさん、いやコークルは慌てて代わりに答える。


「こいつの名前は!ヒレンです。これもこの辺の人間が付けたと思います。」


 うん、知ってる。心がいくら乱れていようとも、質問をした時点で心の表層にはその答えが浮かぶ。それを読めない僕ではない。ちょっと遊んでみただけだ。そしてこのネーミングセンス、日本人グッジョブ!


「じゃあ、とりあえず死んでるやつから金品をとって?あ、お前らも金品は出せ。」


 その命令に、コークルはすぐに反応する。ヒレンはまだ使い物にならないようだが、結果が同じならどうでもいい。金品、というか天界通貨とアメリカドルがそれなりに手に入った。6,000リアあればそれでいい。が、10,000リア近くも手に入ってしまった。アメリカドルの換金も面倒なので、それらは全額返し、3,000リアも返す。まあ。こいつらが懐に金を残さなかった誠意への対応だ。テレパスで心が読まれているとは思いもしないだろうから、本当に恐怖が頭に刻まれているんだろう。


「次、この近くに風呂はあるか?」

「いえ!うちに風呂はありません!この近くには、浴場の類もソープランド以外にはないです!」


 ソープに入るのは少し気分が悪い。それに無駄な出費も避けるべきだ。この返り血は仕方がない、ということにしておこう。つーか…どんな集落だよ…

 着替えもしたいところだが、ここで買うよりも天界に入ってから見繕うべきだろう。血まみれでも天界には入れてもらえるかな?


「じゃあ、次。僕の二つ名を考えてくれ。適当でいいから。」


 天界に入るにあたって、また僕の目的も目的なのだし、偽名は考えておくべきだろう。偽名だとはっきりわかるような、二つ名のようなものの方がいい。要らない詮索はされたくないからな。しかし、自分で考えるのは予想以上に難しかった。ちょうどいいところにこいつらが現れたのだから丸投げだ。

 だが、どちらも口を開かない。まあ、この状況から見て、ダメな名前を口に出したら殺されるとでも思っているのだろう。というか、思っている。頑張ってほしいものだ。


 体感2分ほどで、ようやくヒレンが口を開く。


「『赤の天使』というのはどうでしょう…か?」


 これは、思いのほか人名っぽくはない。それに中二病チックすぎる気もするが…

 ちなみにこいつは僕を観察し、「赤い悪魔」を思い浮かべていた。やんわりといったところを評価して、採用するとしよう。


「ああ、それでいい。じゃあ、最後に…死体を片付けておけ。これじゃあ伝染病の原因になっちまう。」

「わかりました。」


 そういって、僕は歩き出す。魔獣駆除で金を稼ごうかと思っていたが、いささか変な形で目標額が手に入ってしまった。汚い金とか、そういったことを気にしている暇もない。これで良しとしよう。

 ここで、ふと、一つの疑問が出てきた。まあ確かめる必要もないのだが、すぐに確かめられることはやっておくか。

 僕は振り向き、コークルに声をかける。


「そういえば、取り扱ってる薬って何なの?」


 彼はその回答に困っているようだ。だが、テレパスで扱っている薬は大体把握した。


「ああ、やっぱいいや。じゃあね。」


 そういって、歩みを再開する。…ヘブンズドア、やっぱり結構な数出回ってるようだな。


 少しのイレギュラーはあったものの、その後は問題なく天界へと続く門までたどり着くことが出来た。やはり全身の返り血が効いたのか、近づいてくるものすらいなかったのだ。


 何はともあれ、門までたどり着くと、衛兵さんのような天使に出合った。


「おい、止まれ。」


 なんだか警戒されている…のも当たり前の話か…

 話が拗れない様に、細心の注意を払う。


「名乗れ。」

「『赤の天使』で活動させてもらってます。」

「本名は?」


 本名を名乗るつもりはない。視線を斜め下に移すと、向こうは僕が名無しだと思いこんだ。

 質問はまだ続く。


「種は人類か?」

「はい、そうです。」

「何の目的でここに来た?」

「博物館に少し用がありまして。」


 通常、博物館に用があると言えばグリモワール関連に他ならない。それを言ってしまえば、不審は強くなるのかと思い、失敗したかと思ったが…


「そうか…よし、いいだろう。ただし血痕だけは拭きおとしておけ。」


 どうやら衛兵さんもグリモワールに関わろうという狂人とはあまり話を続けたくないらしく、丁寧におしぼりまで出してから、門を開いてくれた。


 門には魔術的な感知器がついていて、おそらくドラッグの類を取り締まっているのだろう。その感知器の反応を見る衛兵さんの目はとても真剣で、鬼気迫るものが感じられた。


 衛兵さんの胸には天査連のマークが刺繍されている。天査連として、ヘブンズドアの対策をしている、ということなのだろう。この行動で、僕は境界区が本当に見捨てられていることを再確認させられた。


 が、まあ今の僕には関係ないことか…

 

 どうでもいい思考は置いておいて、門の内側に入る。


 その瞬間、門が赤く光り、衛兵さんが顔色を変えて何か叫んだ。その瞬間、衛兵さんと同じ制服を着た天使が何人も出てきて…


 僕の意識はそこで途絶えた。

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