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第四話-異変の前兆

 僕がピグミランドに戻る方法は、やはり鍵を使うしかない。靴をもって、あらかじめ開けておいた自室の窓から侵入する。ご近所さんに見られると困るから、細心の注意を払って。


 鍵は正常に働き、僕の部屋(in東京)と僕の部屋(in天界)を繋ぐ。


「ただいま…っと。」


 声をかけるが、どうやらフェルは外出中らしい。

 であれば、都合がいい。僕に新たな異常性を身につける必要があるのはナイスミドルの言う通りなのだから、早いうちに方向性は決めておこう。

 僕の手数は支配術式により、とてつもなく多い。であっても攻撃の一つ一つを大きくすると僕の思考がそっちにとらわれてしまうので隙ができてしまい手数が活かせない。属性も使えないので、簡単な術式では有効打になりえない。

 …詰んでね?


 というか、もともとムリゲーが過ぎる。才能のない人間が一人で有効打をとる方法なんかあるのだろうか。まあ、某格闘ゲーではハメ技なんてものもあるんだし、搦め手をメインに据える方向性しかないのだろう。男の子なら、ちゅどーん、はい死んだっていう威力を出したいところだが…無理なものは無理だ。


 かっこ悪い上に、大体搦め手をメインに据える奴は主人公にはなれないのが定番だが、仕方ない。搦め手王に俺はなる!


 一口に搦め手と言ってもその方法は多岐にわたり、そのすべてに対策がなされているんじゃないかというほどに現代の異常者は進化している。小一時間、無属性でもできる最強への道を考え、そして一つの方法が思い浮かぶ。



 搦め手の手法のほぼすべてを網羅する魔術系統。呪術。過去には呪術を極め、第一位の座に君臨したものもいると、どこかで聞いた覚えがある。名前は…いや、思い出せないが。だが、やはりこれも本音を言えばやりたくない方法だ。呪いが単純に難しいということもあるが、それ以上に、代償が大きいということだ。代償と言っても、グリモワールや受信テレパスとはベクトルが異なる。こちらが精神への負荷ならば、呪いは肉体への負荷である。よく聞く話、藁人形には髪の毛が、巷で噂のコトリバコには子供の肉体が、と体の一部を差し出すことがままあるらしい。あと血とかな。ちなみに、呪いの対策方法はない、ということも付け加えておこう。一度発動すれば、呪いは解くことができない。…できないわけではないらしいが、本当に困難を極める。発動には細心の注意を払う必要があるだろう。

 

 …何の知識もない僕にはわからないが、普通に怖い。

 

 とはいえ、やるしかないか。JK風に言えば「勉強ってマジだるいじゃん?でも将来のためにやっとかないとねー」「まじそれなー」というやつだ。なんでああいった輩に限って意識が高いのだろうか。どうでもいいが。


 方針は決まった、次は方法だ。どうすれば呪術を習得することができるのか。呪術は、もはや使われていないといっても過言でないくらい使用者が少ない。悪魔と天使は搦め手を好まないことが原因だろう。あいつらはそんなことする必要がないからな。だが、人類には昔からまじないの文化がある。人類の文献でもあさってみよう。


 そう考えをまとめ、図書館にでも行こう(この街には存在しないため少し移動が厄介だが)と考えたところで、なにやら家の外から大きな声が聞こえる。どうやら多くの人間が街を練り歩いているようだ。


 お祭り騒ぎ、その中心ではわが街の長、ウェンダー=ピグミリアが誇らしげに笑っている。いったい何の騒ぎなのか、気になった僕は家を出てウェンダーに話しかける。


「爺さん?これは何の騒ぎなの?」

「ん?おお、コトハか。いや、これを見てみぃ。」


 爺さんは自分の後ろを指さす。が、なにぶん人だかりが多い。それをかき分け、人だかりの中心になっているものを見る。


「…」


 絶句、とはこのことだ。まさに、声も出なかった。そこにあったのはドラゴンの親戚、亜竜サラマンダーの死骸だ。ドラゴンには一つ及ばない亜竜という括り、だが、サラマンダーはレートAの魔獣である。赤い鱗に包まれたトカゲのような外見、全長5メートルという大きさの割にとても素早く、そして前足に空いた噴射口から炎を出すその魔獣は、単体で街一つを潰せるだけの能力を持っている。


「いやなぁ。迷子なのかは知らないがサラマンダーがこの街の北に出現していたらしくてのぉ。弱っていたからそのまま倒してきた儂、そしてそれを称える民衆という図じゃな。愉快愉快。」

「え?一人で?」

「うむ、一人で、じゃ。どうだコトハ、おぬしも儂を褒め称えんかい。」

「いや…すげーな爺さん。」

「ふぉっふぉっふぉ。そうじゃろ?儂、すごいじゃろ?」


 褒めると機嫌を良くする、爺さんの姿。威厳のかけらもないその姿は、見慣れたものである。背丈は小さく、禿げ頭に白いひげは、これぞ魔術を使うおじいさんといった、テンプレートの貼り付け爺さんだが、その異常性はテンプレートから逸している。物質の生成、錬金術というやつである。核融合、核分裂によってどんな原子でも作り出し、またその配列を整え、最後にγ線などの放射線の類を打ち消すというプロセスからもわかるように、並々ではないエネルギーを用いるそれを実践レベルで用いる異常性の高さはさすが序列保持者といったところだろう。フェルの方が序列は上なのだが、それでもこの街一番の実力者だといえる。

 そして、サラマンダーを荷台に乗せ街を練り歩いているということは、サラマンダーの部位をオークションにでもかけるつもりなのだろう。鍛冶屋にも、道具屋にも、肉屋にもサラマンダーは最高級品として並ぶ。経済効果の為であって、決して自分の手柄を見せびらかしたいわけではない…と、信じたい。


 というか、お祭り騒ぎが好きなフェルの姿が見えないことに違和感を感じる。


「爺さん、フェルがどこにいるかわかる?」

「ん?ああ…うむ…」


 不自然に言いよどむ爺さん。まさか、フェルに何かあったのか?


「ああ、そんなに怖い顔にならんでもいい。フェルは無事じゃ。そもそもサラマンダーは一人で狩ったといったじゃろうが。今はグラキールのところに行っておる。」


 言いよどんだ割に、普通の回答が返ってくる。なんだったのだろう今の間は。老人特有のボケでフェルの場所が思い出せなかったのだろうか?

 若干の疑問を残しながらも、フェルのところを目的地とする。微妙な不安があるからな。


 門にたどり着くと、何やらフェルとグラキールが話し合いをしているようだ。珍しいことに、フェルの顔に若干苛立ちのようなものがうかがえる。


「だから!サラマンダーだよ?そんなのこの付近まで来れるわけないじゃん!」

「そんなこと言っても、現に不審点が見つからねぇんだからしょうがねぇだろうが。一応北の区域には調査用の術式を放ったが何にも引っかからねぇんだよ。」


 どうやらサラマンダーの出所に不審点があるらしい。苛立っているフェルとは対照的にグラキールはいたっていつも通りに見える。片方が憤りをあらわにしていて、もう片方は冷静という構図は、結論が出ない原因の一つだといえるだろう。フェルの気を落ち着けるためにも、一度話の腰を折った方がよさそうだ。


「二人とも、どうしたんだ?」

「え?…ああ、コトハか…。」


 僕に話しかけられ、若干落ち着きを取り戻したのか、フェルの表情から苛立ちが消える。というかふてくされたような表情になった。マジかわいい。


「…ウェンダーさんがサラマンダーを倒したって話、聞いた?」

「うん、さっきね。それがどうかした?」

「…コトハはさ、サラマンダーがどこに生息してるかわかる?」

「いや…知らないけど、火山的な場所?」

「そうなんだよ。で、ここから最寄りの火山は王国を挟んで向こう側なの。」


 天界は構造上面白いことになっている。人界では考えられないが、大きな島が空中に浮いている。具体的には、半球状に五つの大陸が浮いている形だ。海はないが雲はあり、雨も普通に降ることと、大陸以外に小さな島は一つもないことも興味深いだろう。どうやって出来上がったかはいまだに謎に包まれている。ちなみに魔界は、地球平面説みたいな感じ。世界の端には山脈があり、その先には宇宙空間?のようなものが広がっている。でたらめな世界だが、どうやらニュートン物理学が通用するというのが謎だ。


 少し思考がずれたが、とにかく、ここは天界の中でも端に位置する大陸「エシェル」だ。天界はどの大陸でもそうなのだが、大陸一つが国家として扱われている。その国家の王が住まう都市のことを便宜上、王国という。そして、王国は天翼査問連合に属している。天翼査問連合、通称「天査連」は、すべての世界における警察機関のようなものだ。レートの設定も、序列の設定も、この団体の上層部である天翼査問連合執行部によって定められている。


 つまり、火山が王国を挟んで向こうにあるということは、サラマンダーは天査連の支配下を抜け、ここまでたどり着いたということになる。

 天査連は危険な生物を、無視するような団体ではない。


 地形を考慮すると当たり前のことであったが、通常はこの街にサラマンダーが現れるなど、あり得ないのだ。


 なるほど、フェルの言いたいことがわかってきた。今回のサラマンダーの出現は人為的なものではないかという危惧。


「なるほど、大体わかった。でも、そんなことがあり得るのか?サラマンダーはレートAだぞ?」

「それは、なくはねぇ可能性だ。最も、序列三桁台の支配術式に限るんだが。弱らせておけば不可能ではない。」


 可能性はゼロではないが、とても低い、ということらしい。言い方からしても、まだ迷い込んだ可能性の方が高いといいたいのだろう。序列三桁台であり、かつ支配術式に長けたものという条件はなかなかに厳しいものである。


「ゼロではないし、それにこういうことができる奴が100人ぐらいはいるってことなんだけど…」


 フェルの言い分は、その100人の中の誰かが仕組んだ可能性がある、ということだろう。しかし…


「序列三桁台とかいう化け物どもがこの街を襲う必要性、ある?」


 天査連は確かに警察機関である。しかし、人間に対してはそこまで厳しく取り締まっているわけではない。異常性をもって一般人を殺傷した場合は、死刑となるらしいが、異常者同士の諍いには積極的に取り締まらない、が彼らのスタンスだ。だから、この街を滅ぼしたところで天査連は動かないだろう。

 しかし、こんな小さな街一つ潰して、そいつらにメリットがあるとも思えない。序列も上がらないだろうし、金品が多くあるわけでもないこんな街に何の用があるのだろうか?


「何の理由もなく殺して奪うやつもいるんだよ。強い奴らは特にね。力試しとか、新しい魔術の試運用とかね。」

「なるほど、で、どうするの?」

「まあ狙ってくるとしたら今日の夜だとは思うけど…私は監視しとくかな。」

「俺もとりあえずゴーレムは強化して今日は気ぃいれておくか。まったく、おねぇちゃんたちと遊ぶ約束してんのにな。爺さんも今日は見回りに出るっつってたしな。」


 こいつがおねぇちゃんと遊んでるのはほぼ毎日のことだから置いとくとしても…爺さんとフェルが、つまり序列保持者が総出になるわけか。であれば、相手が人なのだから僕も力にはなれるだろう。だから、僕も…


「僕も今日は…」

「「コトハは(お前は)来ないように。」」


 二人の声が重なった。


「いや、相手が人ならそれなりに力にはなれると思ったんだけど…」

「ならないよ。」


 今度ははっきりと、フェルから告げられてしまう。力にならないと。


「つーかなぁ。もし三桁台がきてるとすれば、俺らでも何の役にも立たねぇんだよ。三桁以内は格が違うし、二桁ともなればそれはただの化け物だ。」

「じゃあお前らも…」

「でもなあ。この街を捨てて全員で逃げるとしたらそっちのほうが危険度が高いんだよ。だから、全滅か、何事もないかの二パターンしか存在しねぇ。」

「後者の方が可能性は高いわけだし、コトハはそんなに心配しなくていいよ。だから夜は、むしろ来ないでほしいかな。」


 二人は微笑みながらそう言う。心を読み取るまでもなく、それは僕を安心させるための作り笑いだとわかる。

 

 この街が襲われた場合、非戦闘員から順に、とある森の中の建物まで鍵を使って避難させることになっている。その時に、一人でも早く非難をさせるには僕はいないほうがいいのだろう。僕が力になれることはないのだから。だから、彼らは引かない。

 僕が何を言っても、二人の決意は固いようなので、この後のことはとりあえず頷いた後で考えるとしよう。


 僕が頷くと二人は苦笑しながら、まるで、お前の考えはお見通しだと言っているような表情で「とりあえず今日は早く帰るように。」といった。街の防衛について、まだ方法を詰めていく必要があるのだろう。そこに僕は、必要ない。


「フェル、お前の熊鍋、楽しみにしとくから。」

「おおー。フェルちゃんの手料理を楽しみにしておくがいいさー。明日の晩御飯になるかな?」

「じゃあ、明日はずっといるようにするよ。」


 そういって、別れた。


 晴天であるにもかかわらず、僕の視界は曇っていく。

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