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第二話-異常の中の日常

 フェルとまったり過ごした後、時間もいい頃合いになりグラキールのところまで行く。グラキールは仕事中だろうとそれ以外だろうと「大門」にいる。そもそもあの門が一番大きいのもグラキールが無断で門に住み着き、家を作ってしまったからに他ならない。…あのおっさんは公共物に無断で何やってんだよ。そのせいで一つ大きくなった門を訪問者は正門だと思い込んで、わざわざ選び取るのだから街への影響もそこそこ出ている。例えば商業施設は大門の近くに、多くの場所を利用する畑や実験場はそれ以外の空いた場所に移動してしまった。こんなにも何も考えずに行動してしまう性格、「慣れ」ですべてを解決してしまう思考…それでグラキールの修行がいたって感覚的なものであると断じてしまえば、それも違う。むしろ相当理論的だ。


「コトハ、そうじゃない。精霊の出力をあと12%落とせ。…落としすぎだ、4%上げろ。」

 

 細かな精霊の出力量を感じ取り、いたって正確な答えが返ってくる。フェルの魔術があれば簡単なことなのだろうが、それなしでここまで正確な値を出してくる。魔術に関しては繊細であることこの上ない。


「ん…いったん中止だ。」

「…はぁっ…はぁ。」

「こんなんで疲れてんじゃねーよ。…使役式をチョイ弄るか…?いや、それならいっそ…。」


 何やらつぶやきだしたおっさんは、地に手をつき息を上げる僕に、目線を合わせ語りだす。


「そもそもお前は、魔術の何たるかをまだ理解してねえ。魔術には発動するのに適した精霊量ってのがあんだよ。ち〇こと同じだ。力任せでしごかれるのといい塩梅でしごかれるのとじゃ全然違うだろ。」

「その…例えは…よくわかるけどもっ…。」

「ってこんで、この修行は止めるぞ。」

「っ!…いや、まだできるから!」


 急に修行終了を告げられ焦る僕、を宥める様におっさんは続ける。


「そうじゃねーよ。お前に使役術式は向いてねえ。…物を動かすには二種類の方法があんだよ。一つは俺がやってるやつみたいに、物質にお願いして動いてもらうもん。もう一つは物質に力ずくで命令を聞かせるもんだな。SかMかで考えればいい。で、お前はMの素質が全くねえ。お前はドSだよ。」

「まあ…わからなくはない…。」

「でだ、もう一個のほう、支配術式にやり方を変えるぞ?」

「ああ…おっさんそんなのも使えたの?」

「まあ昔はいろんなもんに手ぇ出したもんだ。それ、早く立て。始めんぞ。」


 言って、僕が動かしていた人型の紙切れを拾い、僕に渡す。と、いきなり魔術式を描き出す。

 精霊のみ、媒体なしで魔術式を構築するエレメンタルキャストと呼ばれる技法。僕には一切できないそれも序列持ちの人間には至って当たり前のものようで、フェルもおっさんも、魔術を使用する瞬間に輝く魔法陣のようなものが現れる。それは精霊の種類、属性区分の色に輝くようだ。おっさんであれば茶色に、フェルであれば緑に。


「この術式、教科書にも載ってるような基本形だ。まずはこれ、紙に書いてみろ。」


 言われ、僕が懐からボールペンを出そうとすると、制止の声が入る。


「初心者は支配には血ぃ使え。そっちのが手っ取り早い。」

「なんで?」

「精霊は似たもんに強く作用するんだよ。だからお前の精霊の影響を強く受けた体の一部を使えば効率が上がる。こんぐらい自分で考えろ。ち〇こついてんだろーが。」

「ち〇こはものを考える器官じゃねーよ…いや、悪い、ありがと。」


 そう言われ、僕はボールペンの先で指を刺す。ボールペンは名前の通り、先がとがっていない。力任せに思いっきり振りかざすと、「…次から安全ピン持ち歩け…」というつぶやきが聞こえた。おっさんを見れば、ドン引きしているようだ。…まあ確かに絵面はよくなかったな…。反省。

 言われたとおり、魔法陣を描きこむ。そんなに難しい術式でもない、すぐに終わると


「よし、思いっきり精霊流し込んでみろ。」


 それを合図に、僕は全力で流し込む。と、式を描いた紙が白く光りだす。…属性区分された術式が使えない証だ。白か黒の色は無属性だと以前フェルに聞いたことがあるが、黒の方がかっこよくない?という持論の為、あまりこの色は気に入っていない。


「そのまま命令してみろ。できるだけ高圧的に、ドSな感じで。」


 僕はS、僕はS…

 おい、ただのぺらっぺらの紙切れ、お前なんかに命令してやることを喜べ。お前なんかに、ぺらっぺらのお前なんかに、人類様が命令してやるんだよ。ありがたく思え。その場に浮いてみろ。

 僕がそう念じると、紙は、使役術式の使用時とは打って変わった機敏な動きで浮く。さらに命令を加える。

 その程度はできるのか。糞紙切れが。僕の思う通りに動け。お前はそれだけが存在価値なんだよ。

 念じたままに、紙は縦横無尽に動き回る。使役術式を使っていた時とは違う、明らかな手ごたえ。それに達成感と嬉しさがこみあげ、おっさんの方を向くと…いや、ドン引きしてんじゃねーよ…。


「いや、俺がそれを諦めたんは、ドSな命令に向いてなかったからなんだが…お前、真性のドSだったか…。俺の使役でもちょい面倒なレベルだぞ…。」

「まじで?つーかこれ全然疲れないんだけど…なんか理由でもあるの?」

「…お前はほんとに理解が足りてねーな…精霊は心の負担にも反応してそれを宥めようと動いてくれんの。お前のテレパスの疲労が酷いのもそのせいじゃねーか?ってことは、今までみたいに下手に出てお願いすることにお前の心は相当ストレス感じてたってことだが…マジモンのドSだってことだ。」

「知りたくなかった…そんな理由なんて。」


 理論的に僕のドSが証明されてしまった。反論のしようがない。

 おっさんはだが、面白いおもちゃを見つけたような笑顔に変わると僕に次の修行を命じる。


「次、紙の量10枚に増やすぞ。しかもそれぞれに別々の攻撃魔術を描いとけ。」

「いや、僕の限界三枚なんですけど…」

「それは使役での話だろうが。支配であればそんぐらい行けそうだぞ?」


 いや、それにしても今の修行の10倍か…できれば相当な戦力になるだろう。10の魔術を好きな位置から好きなタイミングで打ち込めるのだから。

 いざ、用意していた別の紙切れを用意すると、おっさんからの指導が入る。


「それぞれの紙切れに名前つけてやれば支配力が上がるぞ?…ああ、そう意味合いで、対人戦で名乗るのは止めとけ。名前知られてるってだけで不利になるからな。あとはお前のテレパスを軽く入れてやれ。紙に心がなくてもお前とのつながりが強固になるから支配力は上がるはずだ。」

「…おっさん…師匠って呼んでもいいか?」

「やだよ気持ちわりーな。せめてナイスミドルぐらいにしてくれ…」

「ナイスミドル!」

「いや、いつもみたいに突っ込めよ。お前にはち〇こがぴったりだよって突っ込んでくれよ!」

「そんな突っ込みはしたことねーよ。…ナイスミドル…。」


 おっさ…ナイスミドルの抗議を流し、早速術式構築に取り組む。まあ、10枚をそれぞれ別々に動かすにはまだ相当の時間がかかるだろう。ざっくり一週間ほどを目標にしよう。



 …そんなこんなで5分後…


「おい…マジかよ…。」


 ナイスミドルの驚愕の声が聞こえる。が、一番驚いているのは僕だ。極少ない負担で構築された支配術式。その影響で僕の周りに20近い紙切れが浮かんでいる。流し込む精霊の量も相当手を抜いてこれだ。全力であればこの倍は支配下に置けるだろう。

 そして、それら一つ一つに命令を飛ばし、攻撃魔術を展開することもできる。

 三号、ナイスミドルの足元に基礎攻撃術式の二番を、六号は八番を打ち込め。九号から一三号まではナイスミドルを包囲しろ。それくらいできるだろ?

 僕の命令に従い、理想と寸分の狂いなく紙切れは行動する。やべぇ、これ超楽しい。もともと無属性位置する使役術式と支配術式だが、こうも効果が違うのは僕の本質によるものだろう。僕の本質はドS…それは確かなようだ。

 僕の攻撃魔術が当たらない、あるいは当たっても大した問題はないことを見抜いてか、ナイスミドルは一歩も動かない。


「いや、調子に乗ってるであろうお前に一回壁を見せようとしたんだが…お前…やればできる子だったのか…。こんなん俺の使役でも少し疲れるぞ?そりゃあ…ち〇こも無くならないわな…。」

「なんだよそのち〇こ基準は…ってかできない前提で言ってたのかよ…。」


 そういう僕もできるとは思っていなかった。魔術には相当の精神負荷がかかるものだが、こんなにも短時間で、低負担でできるとは。今後はこの術式にもっと磨きをかけて大量の攻撃をいっせいに打てるようにすれば戦力的に申し分ないだろう。であれば、ナイスミドルにもっといろいろ教えてもらおう。

 僕がそんなことを考えていると、


「よしコトハ、免許皆伝だ。もう俺から教えることは何もない。」


 いきなり出鼻を挫かれた。にしても何故だ?僕の考えはなかなかのものだと思うのだが…

 その不満が顔に出ていたらしい。ナイスミドルは続ける。


「おおかたこれを数倍に増やせば強いだの思ってるんだろうが…それは間違いだ。俺の使役も使役単体じゃあ強くはねえだろ?攻撃力として申し分ない岩のゴーレムの硬さとそれに施した強化魔術が強ぇんだよ。だからお前は支配力を上げるより強い攻撃魔術の一つでも覚えてこい。…あとな、今見たところお前の精霊保有量は決して少なくねえ。そりゃあ、即序列入りができるほど多くはねえが、いままで相当のストレスを抱えてたろ。そのせいで無駄に精霊を使っちまってただけみたいだ。こりゃ、序列入りも狙えるラインだぞ?」

 

 そして、僕の夢にも一歩近づいたようだ。テレパスはそれなりに単純な術式である。それの使用にあんなにも疲れていたせいでてっきり精霊が足りていないのかとも思ったが、そうでもないらしい。なんだろう…宝くじ当たったらこんな気分になるのだろうか…一気に求めていたものが手に入ってしまった。それがちょっと怖くもある。が、彼のアドバイスは適当なものだった。そのおかげでこれからの指針も決まったわけだし…頑張ろ。具体的に何をすればいいのかわからんけど。


「あー…なんか今までありがとうございました。ナイスミドル。」

「おう、まあ、それも教科書通りの優等生ちゃん用の術式だから、改造したくなったら相談乗るからまた来いよ?」

「はーい。ほんとにありがと、ありがとついでに聞くけど…無属性攻撃で僕に向いてそうなものってある?」

「俺は無属性攻撃あんまし使わんからな…その辺はフェル嬢の得意分野だろ。聞いてみろよ。」

「そりゃそうか。」


 フェルは、無属性、風属性の攻撃魔術に精通している。確かに、あいつなら相談にも乗ってくれるだろう…ただし、少し気恥しいのだ。自分の守りたい女の子に守り方を教えてもらうというのは。とりあえず、切羽詰まったらその案を採用するとしよう。僕の冒険はこれからだ!っと、これじゃあ打ち切り臭がすごいな…

 時計に目をやると10時少し前…まあ4時起きだったからまだ時間はそんなにたってないな。いったん人界に戻るとしよう。

 僕はそうして、ナイスミドルと別れ、帰路についた。一応感覚を体にしみこませるために5枚の紙切れを支配下に置きながら。


 さて、人界への戻り方だが、これには大きく三通りの方法がある。一番人気でないのは天界と人界を繋ぐ門をくぐること。これにはそれなりのデメリットがある。一つは天界の門まで移動しなければいけないこと。二つ目に人界の門以外には移動できないこと。最後に、人界と天界の狭間、境界区と呼ばれる場所を歩かなければいけないこと。最初の二つは単純に面倒なだけだが、三つめは命に関わる。三つの世界があるのだから、境界区も三つある。が、その中で最も治安の悪い場所が人界と天界の狭間、境界区Aである。人界で生活能力を失った人類が薬と快楽を求めとどまる傾向にあるその区域は殺人などの犯罪も絶えない。噂では三大禁止劇薬の一つでもある「ヘブンズドア」が大量に出回っているのだとか。…正直僕もヘブンズドアの効能をここに来る前に知っていれば、その場に訪れ、薬物中毒になっていただろう。それだけ魅力的な薬物なのだ。一度使えば廃人コース確定と呼ばれてはいるが、それでも需要が絶えないほどに。

 まあ、そんなこんなでこの案は却下。

 一番人気なのは市販の「鍵」を購入し、起動させること。これはテレポート効果を持つ道具であり、一度設定した地点を変更することはできないが、設定した二か所を自由に行き来するものである。もちろん魔術であるためそれを起動できるほどの精霊を保持していることが条件ではあるが、容易に疑似テレポートが行えるため人気だ。ちなみに鍵は日本円にしておよそ15万円。熊一匹分である。こちらの世界では僕でも稼げない金額ではない。だから、僕もこの方法を使っている。

 ちなみに、最後一つはテレポート術式を自分で組むことであるが、難易度が高すぎるためあまり一般的ではない。なんでも暗算で11次元の空間把握能力を要求されるのだとか。スパコンかよ…


 とりあえず、フェルが待っているであろう家に帰り、鍵の起動をするとしよう。


 家に戻ると、フェルは驚愕といった表情で、


「驚愕!」

 

 と。いや、驚愕!って言葉に出す奴初めて見たんだけど…


「いやいや、あのコトハが…使役?いや、支配?で五体も操りながら帰ってきたんだよ?え?支配?コトハってそっちだったの?ドS?」

「いや、まあ、誤解だとは言いにくいけれど…。うん、支配術式。こっちの方が僕に合ってるみたい。今は五体だけど全部で二十はいけた。」

「絶句!」

「声出てんじゃねーか…」


 いつものノリのフェルに安心しつつ、だが、どこか表情に陰りが出ていたことも見逃さない。魔術の使用はそれがどんなものであろうと、精霊を使う以上常に命の危険があるといっていい。特に急激に力をつけた者が調子に乗って精霊を放出しすぎてしまい死に至る、といったニュースは定期的に流れてくる。そういった心配からの表情だったのだろうが、フェルはすぐにいつもの微笑みに戻る。


「で、じゃあ今日はまだいろいろ試す感じかな?」

「ん、そのつもり。とりあえず一回家帰るけど。」

「いつ戻ってくる?」

「今から行って一時間くらいで戻ってくるつもり。」

「そ、気を付けてね?」

「寝起きで熊倒しに行くよりは断然安全だけどな…まあ行ってくるわ。」


 そういって自室に戻る。鍵は自室のクローゼットだ。そこに向かおうとすると、肩越しに「行ってらっしゃい。」と声をかけられる。

 ああ、すぐに戻ってくるよ…


「行ってきます。」


 そういって実家の部屋へと。

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