固茹で、もといハードボイルド
「何だ!?どうした!?」
クロフさんが俺の叫び声が聞こえたのか、門の外から駆け寄ってくるのが視界の端に見えた。
ヤバい。オプションさんが消えると言う余りの衝撃に思わず叫んでしまった。いやそれどころじゃない。
俺の心と命の拠り所、オプションさんが消えてしまった。ヤバいこれはヤバい。
オプションさんがいなかったらこの弱肉強食の世界を生きていける気がしない。
と言うかゴブリン(仮)とか角ウサギに普通に殺される。
ヤバい。再度召喚だ。オプションさんを召喚だ。呼び戻せ我が心と命の拠り所を。
オプションさん召喚。オプションさんカムヒア。オプションさんカモン。オプションさん出てこい。オプションさんオプションさんオプションさん。出ろぉおぉぉおぉ!オップションさあぁぁぁん!!指パッチンもつけちゃうからぁぁぁ!!
するとどれが切っ掛けなのかわからないが、ヌルリと体から何かが抜けるような感覚が体にほどばしると、何も無いはずの空間からぽよん、とオプションさんがこんにちわ。
流線形なフォルムと柔らかなオレンジ色の光をそのままに、オプションさんが、我が心と命の拠り所が再臨なされた。
「うおぉぉぉ、良かったあぁぁぁ…」
石畳に思わず崩れ落ちる。orzだ。リアルorzだ。
危なかった。オプションさんがいなくなるとかマジで命の危機だ。はぁ、びっくりした。寿命が5年は縮まったぜ。
「何だ?おい、マオ、どうしたんだ?」
頭の上からクロフさんの声がする。
心配して見に来てくれたのか?良い人、じゃない、良い狼男だ。
「いや、何でもありません。ちょっと心と命の拠り所を失いかけただけです」
「何でもないような悲鳴じゃなかったし、心と命の拠り所って相当な物だと思うけどな…」
「いや、ほんと、大丈夫です。問題ありません」
「なら良いが…、道の真ん中であんまり騒ぐなよ?巡回してる兵士に見付かったらしょっぴかれるぞ」
立ち上がり、ふと周りを見れば、荷物を担いだ熊っぽいおじさまや買い物途中らしきおばさま方がこちらを見ながらひそひそ話を敢行中。
いかん、奇行で目立ってしまっているようだ。撤退、撤退するべきだ。本能が告げている。この場に留まるのは大変によろしくない。
「じゃ!宿に向かいますね!ありがとうございました!」
「あぁ、もう変な真似するなよ!」
クロフさんの声を背中に聞きながらダッシュで壁沿いの道へ駆け込む。逃げるのだ。何あれ…って視線から逃げるのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
はい、こちら天幹真雄です。壁沿いの道から3本目の道を曲がってすぐの、建物の隙間の狭い路地からお伝えします。路地に置いてあった樽の影にスニスニ中であります。
ふう、やれやれだ。異世界でも奇異の視線というのはいたたまれなくなるな。
あぁいう場面は早々に退散する所存にござります。
奇行をしなきゃ良いんじゃないの?なんてお小言は聞こえな~い。
それにしてもオプションさんの出し入れが出来るとは。オプションさんが未確認飛行物体から、確認済み不思議飛行物体に進化したな。
しかし、いきなり消えられるとは焦った。
出会ってまだ数時間なのに、思ったよりもオプションさんは俺の心と命の支えになっていたのだな。
オプションさんいなきゃ死ぬからな、俺。仕方ないね。
うむむ、そうするとどうするかな。出しっぱなしでいると変な誤解を生むことになりそうだし、オプションさんを消すと俺の心と命が危険だ。
なるべく目立たないように連れ歩くには、どうしたら良いだろうか。
うーん。オプションさん、小さくなったり出来ないかな?そしたらポーチの中とかに隠れててもらって、いざって時に飛び出しうおぅ、オプションさん小さくなれるんかい。ピンポン球くらいになられたぜ。
ちょっと高性能すぎません?ほんとに俺、親機?俺の能力ならもっとダメダメじゃないの?親子間の性能格差が半端ねぇ。いやありがたいけども。
僕っ娘系神様に感謝だ。南無~。
えーと、じゃあ出来るだけ明るさを控えめで、ポーチの中に隠れててもらって、いざって時には先生!よろしくお願いしやす!という感じで。
とポーチを開こうとした所で腰にぶら下がっていたとある物が目についた。
その瞬間、頭の上に電球がぺかー!と輝いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
カランカランカラン♪
“岩壁の止まり木亭”という看板が掲げられた木造の建物。
その木製のおしゃれなドアを開けると、ドアに取り付けられていたカウベルのような鈴が小気味良い音をたてた。
足を踏み入れた岩壁の止まり木亭の中には、いくつかの丸いテーブルとイスが並び、壁に飾られたおしゃれな小物や絵画、年期の入った梁や壁やカウンター席、厨房から漂う良い香り等、全てが合わさってとても落ち着いた雰囲気に包まれていた。
おぉ、何か雰囲気良いね。凄く、何?何て言うの?こう、ね、良い感じ。うん、良い感じ。
「すいませ~ん」
人の気配がある、良い香り漂う厨房の方に声をかけてみる。
「あっ!はーい!」
俺の声に答えるように厨房から女の子の声で返事が帰ってきた。
パタパタという足音と共に現れたのは、栗毛の髪を後ろで束ねた可愛らしい顔をした女の子だった。
整った目鼻立ち。健康的な肌。細身だが魅力的な体型。
どこからどう見ても可愛らしい女の子だ。
しかし、一点普通の女の子とは違う部分がある。
耳だ。
耳が、頭の上についている。
しかも、ぴんと立った犬の耳だ。
毛の色は髪の毛と同じ栗色だが、シベリアンハスキーっぽい形をしている。髪とは毛の質が違うのか見ただけでわかるもふもふ感だ。犬耳娘だ。ワンコ娘だ。ファンタジーだ。耳がもふもふだ。
繰り返す。耳がもふもふだ。いかにも中世の町娘といったワンピース風の服にエプロンをしている。可愛らしい服装だ。耳がもふもふだ。
体の陰からちらちら覗く尻尾ももふもふだ。これまた栗毛の尻尾がワンコの習性からか嬉しそうに左右に揺れて、体の陰から右、左、右、左と交互に見えている。可愛らしい。尻尾をもふもふしたい。
尻尾の付け根がどうなってるのか見たい。どこからどうはえてるのか見たい。
いやまて、落ち着け。そういうのはもう少し仲良くなってからだ。
いや仲良くなっても見せてもらえるとは限らん。
妄想の翼を広げるしかない。
「いらっしゃいませ!お食事ですか?」
ワンコ娘は愛嬌のある顔を更に愛嬌満載の笑顔にして言う。
うん、可愛らしいぞ。頭をぐりぐり撫でまわしたい。
「いえ、宿を探していまして。ウォルグのクロフさんからここがおすすめだと言われたので来てみたんです」
「まぁ!お兄ちゃんから?まぁまぁ、珍しいこと!」
おぉ?お兄ちゃん?ワンコ娘はクロフさんの妹さんか?マジで?ということはこの娘もウォルグ族?
あの狼男さんと似ても似つかないんだが?
男女で狼と人の比率が違うのか?
ウォルグ族の神秘?
しかし、人の男の犬耳とかフジョシな方々にしか需要はないだろうから、狼男はクロフさん的風貌で良いと思う。うん。
そして狼娘はこれで良いと思います。イエス犬耳。イエスもふもふ尻尾。撫でまわしたい。うん。
「はい、門のところでちょっとお話をしまして」
「そうなんですか!うちのお兄ちゃんがお世話になりました!」
元気いっぱいにペコリと深々お辞儀するワンコ娘。やだ可愛らしい。
わぁ、耳の付け根が見えた。がっつり根付いてるな。
付け耳とかじゃなくて完全に一体型だ。凄いファンタジー。凄いもふもふ。
「では改めて、岩壁の止まり木亭にようこそ!しっかりおもてなしさせていただきます。お泊まりはお一人様ですか?」
「はい、何泊かしたいんですが、宿賃はおいくらほどですか?」
「宿賃は1泊、小銀貨1枚です。10日間お泊まりで宿賃を前払いしていただける場合は銅貨25枚サービスですよ。更に長期の滞在ならそれに応じてサービスさせていただきます!」
1泊小銀貨1枚で10日分前払いで銅貨25枚サービス?
いくら払ったらサービスしてくれんねん。小銀貨があるってことは銀貨とか大銀貨とかあるってことか?
ゲーム知識的に考えると、銅貨より小銀貨の方が高いとして。小銀貨は銅貨何枚分?
あ、そういや、硬貨は2種類ずつあったな。大きいのとちょっと小さいのと。
ちょっと小さいのが小銀貨とすると、大きいのは銀貨か大銀貨って感じか。
クロフさんに払った大きさのが銅貨だったから、同じ大きさの大きい方の銀貨は普通に銀貨か。そうだな。
俺の所持金を考えてみると、銀貨3枚と小銀貨5枚、銅貨2枚と小銅貨4枚って感じだから、銀貨と小銀貨で、えーと?あれ?小銀貨は何枚で銀貨?
とりあえず、小銀貨であるだけ払っとくか?5日分だな。大きい銀貨を使うのはこれが小銀貨何枚分なのかを調べてからにしよう。
いや、待て無難に行こう。いきなりがっつり使うのは不味いな。
ポッケの魔石の収入がどれだけになるかもわからんからな。
とりあえず3泊くらいにしておいて、様子を見ながら追加しよう。よし、そうしよう。
「じゃあとりあえず3泊で」
小袋から小銀貨と思われる硬貨を取り出してワンコ娘に手渡す。
硬貨を受けとるワンコ娘の手は完全に人間の女性と同じだった。
綺麗な手だね。ツルッツルだね。ぜんぜん毛むくじゃらじゃないね。
クロフさんの手とは似ても似つかないよ?ほんとに兄妹?
血が繋がってないとか…。複雑な事情が垣間見えなくもないぜ…。
固茹で、もといハードボイルドやで…。違うか。
「ありがとうございます。ひーふーみー、はい、小銀貨3枚、確かにいただきました!じゃあお部屋にご案内です!2階へどうぞ!」
硬貨を数えたワンコ娘はニッコリ微笑んで硬貨をエプロンのポケットにしまうと、店の奥の階段へ向けて歩き出した。
自然と向けられたワンコ娘の背中を眺めると、可愛らしいお尻からはえた尻尾がふさふさと揺れている。可愛い。もふもふしたい。
やだ、尻尾の付け根が見えたわ。腰の部分に穴が開いているわ。
セクシー。セクシャル。セクシャルシャル。
いや、穴じゃないな?切れ込みか?
腰のところに切れ込みがあって、その切れ込みから尻尾が出ている。
その周りをボタンでとめられるようになってるんだな。
その切れ込みの隙間から、ちらちらと素敵な肌色が、素敵な布地が見え隠れしている。
あらやだ、セクシー。
これは見ようによってはエロチックな可能性がびんびんだ。
いや、見た目が既にセクシャルなバイオレンスだ。
異世界はこれが普通なの?異世界ばんざーい!
いやまて、混乱している。落ち着け。素数を数えるんだ。
1、2、3、ダーーッ!
「お客さ~ん?ご案内しますよ~?」
ふさふさ尻尾に見とれて思考が異次元に旅立っていたら、階段に足をかけたワンコ娘に呼ばれた。
闘魂が降臨しかかっていた思考が現実異世界に帰ってくる。
おぉ、見とれている場合じゃないね。
そうだね、ついていかないとね。
すいません、と謝りつつ、俺は階段を上り始めたワンコ娘の後を追って階段へ足をかけた。