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08 アルヴェナの出立

 盛り上がるアルヴェナとアイノを見やったナツキは二人から離れた。

 魔術に関して、様々な応用を試すためである。

 どれだけの威力になるかわからないため、アルヴェナはともかくアイノに危険が及ばないよう距離をとった。


 この世界において、魔術とは戦闘、生活と切り離せない技術となっている。

 術者がイメージすることによって、自身が持つ魔力を消費して世界に存在する魔素に働きかけ、術者が欲する現象を引き起こすのが魔術だ。

 詠唱はイメージングの補助、杖などの魔道具が魔素への働きかけを助けるものとして使われている。

 ただ、魔素の性質など詳しいことはわかっていない。

 現代地球においても、わからないことが数多くあるように。


 二千年の歴史において、魔術は発展と衰退を繰り返してきた。

 一人の天才が画期的な魔術を創造したとしても、それが後代に伝わるとは限らない。

 強大な魔術はかけがえのない財産だ。

 おいそれと他者に伝えるものではなかった。


 自分のみで抱えて天才が死ぬ、あるいは弟子や子孫が途絶えて秘伝の魔術が失われる。

 こういったことが繰り返されたため、魔術の発展は阻害されてきた。


 しかし、約二百年前から、魔術は大幅に進歩した。

 理由はグラスウッド王国を建国した勇者アキラにある。


 彼は地球における科学理論を魔術に応用した。

 分子、原子論などを魔術におけるイメージングに利用したのだ。


 水は水素原子二個と酸素原子一個で構成される。

 炎の色と温度の関係。

 電圧、電流の関係などといったことだ。


 彼が用いた強大な魔術は、魔王打倒のために大いに役立った。

 しかし、彼と敵対した魔王もまた召喚されし者だ。

 手をこまねいていたわけではない。


 勇者アキラと敵対していた魔王の名前はゲンリュウ。

 彼もまた、現代地球における科学論を応用した魔術を駆使した。


 勇者と魔王による最終決戦。

 その戦いは魔大陸で行われたが、決戦地は約二百年後の今も荒地である。

 勇者と魔王が駆使した魔術の強大さがゆえに。

 草木もほとんど生えず、地表面の多くは黒ずみガラス化している。


 敗死した魔王ゲンリュウは塵一つ残さず、世界から存在を消した。


 その後、勇者アキラはグラスウッド王国を建国し、王立魔術学院を創設。

 国に忠誠を誓った者だけに、彼は魔術理論を教示した。

 グラスウッド王国の魔術士隊は世界最強となり、世界第一の国となるのに極めて貢献した。


 魔王ゲンリュウもまた、配下に魔術理論を教えていた。

 敗戦後も生き残った魔族は、それらの魔術を受け継いだ。


 そして、約二百年の時を経た今、少なくとも分子、原子論などは魔術を用いる者では常識となっている。

 というのが、ナツキが知った魔術の歴史であった。


(実に王道だな。イメージング、科学論の応用。いくつもの物語で見てきた流れだ。しかし、科学知識のごくわずかな断片しか応用されていない。核分裂や核融合などを用いれば、もっと大きな破壊力が得られるはずだ)

 ナツキはそこまで思案して、三つの推測に至る。


 一つ目は、召喚されたアキラもゲンリュウもそれほど科学知識には詳しくなかったという推測だ。それも無理はない。事典を抱えて召喚されたのならともかく、記憶だけなら限界があるだろう。

 二つ目は、アキラやゲンリュウが昔の人間だということだ。まるまる二百年前ということはないだろう。そうなると、明治時代に生まれたことになる。それにしては、この時代にもたらされた知識が新しすぎた。


 メートル、グラムなどの単位、千倍をキロ、百万倍をメガといった接頭辞の呼称も勇者アキラによってもたらされたものだ。

 グラスウッド王国で採用されたこれらの単位や呼称は世界中に広まっていく。


 第一の強国で用いられている単位や呼称であり、王国で作られた製品の質は群を抜いていた。

 世界各地の商人や職人が急速に取り入れていったのだ。

 グラスウッドをライバル視するキトリニアは「メートル、グラム禁止令」といったあからさまな対策を行うが、ウェズラミア教国がメートル、キロなどの単位を採用すると、何の効果もなかった。

 今ではキトリニアを含めたほとんどの地域で、メートル、グラムなどの単位が用いられている。


 そして三つ目は、ゲンリュウはともかくアキラは全てを魔術学院で広めたわけではないという可能性だ。ゲンリュウがもたらした知識全てはナツキの頭にも入っていた。なので、これに偽りはないだろう。しかし、勇者アキラが全てを開示したかはかなり疑問だ。より貴重な知識は開示する範囲を狭めた。その可能性は高い。何しろ、勇者アキラは魔王ゲンリュウに勝ったのだ。ゲンリュウより知識量が多くても不思議ではない。


(今、真実を追究する必要はないだろう。グラスウッド王国と敵対するまでは。それよりも重要なのは、アキラやゲンリュウがもたらした知識とは異なる知識に基づいた魔術を試すことだ。成功すれば、大きな武器となるのは間違いない)


 炎の色は温度が高くなると、赤から青へと変わる。

 ここまではこの世界においても既存の知識だ。


 しかし、その先は無色となる。

 また、温度が高くなるということは分子運動が激しくなるということだ。

 これらの知識はレナーツァからインプットされず、勇者アキラはともかくゲンリュウは持ち合わせてなかったことを示す。

 なので、これらの知識をナツキは活用してみる。


 ナツキは右腕を突き出し、手のひらを立て、無色の炎と分子そのものを動かすのをイメージする。

 イメージングを補助するために、太陽の炎、コロナの画像を思い出す。

 また、気体の分子モデルをイメージし、分子そのものに力を注ぎ込むイメージを頭に描き出していく。


 手のひらにナツキの魔力と周辺の魔素が徐々に集まる。

 やがては、これまで試してきた魔術とは比較にならないほど、魔力と魔素が膨れ上がっていった。

 体内にある魔力が急減していくのを、ナツキは体感する。


(これ以上は貯めるとやばそうだ。やってみるか!)


 ナツキは手のひらに集まっていた魔力と魔素を炎の魔術として発動させる。

 手のひらから白く発光するボール状の炎が放たれた。

 その瞬間、ナツキは火傷するかのような熱さを感じ、慌てて後ろへ退避する。


 白い炎は約百メートル先の壁へと衝突し、辺りを莫大な熱で覆いつくした。

 ナツキは離れた地でも熱を感じると共に、身体が少しだるい。

 保持する魔力の四割はもっていかれたように思える。


 ナツキは壁の様子を見てみたいが、冷えないと近づけない。

 しばらく待ってみたが、よくよく考えたら、次は氷の魔術を使えばいいんじゃないか、とナツキは思う。


 そこで、アルヴェナとアイノがナツキの下へ慌ててやってきた。


「二人ともどうした? 走ってきたが、何かあったのか?」

「膨大な魔力を感じましたから」

 アルヴェナは真顔になって、熱源の方向に視線を向ける。


「わたしでもわかりましたよ!」

 アイノはすっかり興奮していた。


「けっこう離れていたが、アルヴェナはともかくアイノでもわかったのか」

「ええ、あれだけ大きな魔力ならさすがに私でもわかります。それにここまで暑いなんてすごいですね」

 アイノがナツキを見る目には畏敬の色が宿っていた。


「炎の魔術を試したからな。威力だけならそれなりになったが」

「威力だけですか。ならば、欠点があるのでしょうか?」

 アルヴェナがナツキに問う。


「発動に時間がかかりすぎる。それまでに攻撃されたらどうしようもないし、敵に避けられたら意味がない。もっと早く発動させたいな。それには鍛錬を続けるしかないか」

「大規模な魔術でしたら、どうしてもそうなるでしょう。そのために前衛である戦士の補助が魔術士には必要なはずです」

「それは承知しているがな。少しでも欠点は減らしておきたいものだ。さて、次は氷の魔術を使って、熱された壁を冷やそうと思うから、離れていてくれ。危ないかもしれないからな」

 ナツキは落ち着いた態度で、二人にそう述べた。


 二人は急いでナツキから離れていく。


 低温になるということは、分子運動が減少していくことだ。

 この知識もまた、レナーツァからはインプットされていない。

 つまり、試す価値がある魔術だった。


 絶対零度に限りなく近づけるべく、ナツキは分子運動の停止をイメージして、手のひらを壁へ向ける。

 ただそれだけを思う。

 研ぎ澄まされた彼のイメージが、手のひらへ魔力と魔素を集めていく。

 魔力と魔素が十分に集まったとみるや、ナツキは魔術を起動する。


 魔力と魔素の青白い奔流が壁めがけて走り出し、あっという間に壁へ激突した。

 激突した瞬間、熱されていた壁が一気に氷結する。

 猛烈な冷気が発され、先ほどまでの暑さがかき消された。


(魔力の三割くらい持っていかれたか。その分、威力は先ほどよりも低いが、発動するまでの時間は早い、と。こちらも鍛錬していくか)


「すごいですね……」

 離れたところから、ナツキと壁を交互に見るアイノは呆然としていた。


「そうだな。マスターとしてふさわしい力をナツキ様は有している」

 アルヴェナの口調は事務的だった。

 二人はもう危険はないと判断し、ナツキの下へ歩き始める。


(残り魔力は三割。魔力が回復するまで、武術の鍛錬でもするか。その後は他の魔術も試すとするが、核分裂と核融合に手を出すかどうかだな。威力と消費魔力が比例するとしたら、この二つは魔力ぎれを起こすかもしれない。それに、自分へダメージをもたらす可能性もある。必要性が出てくるまで、テストは避けておくとしよう)


 戻ってきたアルヴェナとアイノはナツキを褒め称えるが、ナツキはあまりうれしそうにはしない。

 壁には特に傷らしきものはついてなかった。


 ◇  ◇


 二日が過ぎて、ナツキはアルヴェナをテストする。

 魔術、武術よりも、気配察知、気配操作を重点的にチェックした。

 これなら問題ないだろう、と思ったナツキはついにアルヴェナへ外出許可を出す。


 地下五層と地下一層に、登録者二名のみが転移可能な転移陣を設置する。

 また、入り口の部分は塞がれていたが、登録者のみが開けられる扉を設置し、外部からは扉と気づかれないよう神力を用いて隠蔽する。

 ダンジョンを外部に開放するときは隠蔽を解くだろうが、まだその時ではなかった。


 三人は台所のテーブルに座り、言葉を交わす。


「アルヴェナ様、がんばって下さい!」

 アイノの瞳は燃えていた。

 ようやく、まともな環境と食事が手に入るかもしれないのだ。

 彼女の心には希望が満ち溢れていた。


「ああ、任せておけ」

 軽い笑みを浮かべたアルヴェナ。

 彼女もまた、待ちに待った日であった。


「外へ出る前に任務を伝える」

 ナツキがアルヴェナに粛々と話す。


「はい、ナツキ様」

「外部ではBクラスの冒険者として振る舞い、決してそれ以上は突出せず、自分の本当の強さを見せるな」

「つまり、目立つなということですね?」

「完全に目立たないというのは無理だろう。何しろ、お前は美しい。どうしても、視線を集めるのは避けられないだろう」

 ナツキの声に抑揚がなく、アルヴェナは本心から美しいと思っているのか疑う。


「本当に私を美しい、と?」

 だから、アルヴェナは率直に問う。


「ああ、お世辞ではない。厳然たる事実だ。私もまた男だと実感させられるよ」

 ナツキの目が細まった。


「……光栄です」

 アルヴェナは小声でそうこたえた。


「話が脱線したな。だから、目立たないというのは無理だ。しかし、目立ちすぎないほどの実力ある人間として振舞うのは十分可能だろう。お前にはそれだけの能力があるのは確かめたのだからな」

「承知しました。冒険者の一人として活動すればいいのですね」

「ああ、その活動で金を手に入れて、内装や食材やらを買ってきてくれ。アイノの希望する品物も買ってやれよ」

「もう、ばっちりです。希望する品物はアルヴェナ様に全部伝えてあります!」

 アイノの声は明るく大きい。


「……早いな。まぁ、それはいいことだ。それで注意事項を伝える。極めて重要なことだ」

「ご命令の通りにいたします」

「人間を絶対に見くびるな。一対一でお前に勝てる人間など、ほとんどいないだろう。しかし、熟練した冒険者を複数相手にしたら、負ける可能性がある」

「…………」

 アルヴェナは眉をひそめる。


「事実だ。現実を受け止めろ。ここは敵地の真っ只中だ。一対一の戦いなどありえない。何のために気配操作などの能力をテストしたのか、自分自身でも考えてみるんだ」

「……かしこまりました」

「できる限り、正体をばらさないようにしても失敗する可能性はゼロじゃない。もし正体がばれたら、口封じができるならためらわずやれ。確実に殺せ」

「はい」

 ナツキとアルヴェナの話を聞いていたアイノは深刻な顔つきとなる。


「殺せそうにないなら脱出しろ。ただし、敵を引き連れてこの入り口まで来るな。その時はこの扉が開かないと思え」

「……承知しました」

「いいか、そんな状況にならないよう動くんだ。この時点でお前を失いたくはない。最悪といっていいからな」

「しかと心に刻みます」

「よし、冒険者としての活動に余裕が出てきたら、焦らず目立たないよう情報を集めてくれ。街の様子、貴族、有力者、実力ある冒険者、人間関係など様々な情報をだ。これがもっとも重要な任務といっていい」

「敵の様子を探るわけですね」

「ああ、最初にダンジョンにやってくるのは近くの街からだからな。お前がもたらした情報によって、ダンジョンをどうするか検討する。何をするにも情報を手に入れてからだ」

 アルヴェナはうなずく。


「そして、できる限り人間を助けてやれ」

「……どういうことでしょう?」

「簡単だ。お前という人間がその街で評価されるようになれば、情報が集まりやすくなる。最高なのはお前に依存させることだ。まぁ、そこまでいかなくてもいい。信用ではなく信頼されるようになればいいんだ。信じられ頼られるようにしろ」

「意味はわかりました。ですが……」

 アルヴェナは少し口ごもった。


「人間相手に面倒、嫌だと思っているのだろう」

 ナツキは口角を上げる。


「心配するな。そんなに難しいことじゃない。困っている人間がいたら困っている原因をとりのぞいてやれ。魔物にやられそうな人間がいたら、魔物を倒して助けてやれ」

「魔物より人間を優先する、と?」

「レナーツァ様を信仰するだけの知性がある魔物など、そうそういまい。だから、安心して殺せ」

「はっ……」

「苦境に陥っていればいるほど、助けてくれたお前に恩義を感じるだろう。ただ、それだけの話だ」

「恩知らずの人間もいるのでは?」

「そりゃ、いるさ。でも、そうでない人間もいる。お前の目の前にいるだろう。レナーツァ様に助けられて忠誠を誓った俺が」

 アルヴェナは、はっとする。


「弱っている人間を慈しんでやれ。心を抱きしめてやれ。それで、お前という人間は相手に信頼されるだろう。お前を信頼する人間の数を増やして、静かに深く街へ浸透しろ。その美貌なら難しくはない。人間はどうしても外面に惑わされるものだ。かつての俺のように」


 ナツキはいつしかアルヴェナから視線をはずして、どこか遠くを見ているようだった。











獲得神力:

ナツキ二日滞在:400

アルヴェナ二日滞在:30


消費神力:

転移陣二個の作成:300

隠蔽された扉の作成:500


収支:

-370


残り神力:

94,544

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